「リテールに関しては、正直周回遅れどころか、2周3周遅れている」。9月8日、三菱UFJ銀行が高輪ゲートウェイシティで開いた新店舗の記者会見で、記者から痛烈な指摘が飛んだ。
みずほフィナンシャルグループが今年3月に「みずほのアトリエ」を、三井住友フィナンシャルグループが2023年10月に次世代店舗「ストア」を展開する中、三菱UFJ銀行の出遅れは明白だった。記者は続けた。「今回のコンセプトも正直あまり目新しさもない。この出遅れが、リテール戦略に致命的なダメージを与えるのではないか」
山本忠司・取締役常務執行役員リテール・デジタル部門長は、この厳しい現状認識を否定しなかった。「おっしゃる通り、出足が遅れている」。率直にそう認めた上で、巻き返しへの決意を語り始めた。
この日オープンした「エムットスクエア高輪」は、三菱UFJ銀行にとって特別な意味を持つ。半沢淳一頭取は冒頭のあいさつで「約20年ぶりとなる新店舗」と強調し、「銀行としての大きな節目であり、店舗のあり方への新たな挑戦」と位置付けた。2005年の三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの経営統合以来、実に初めての新規出店である。
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●金利復活という転機
なぜ20年間も新店舗を出さなかったのか。山本常務は「(新店舗を出す前の)“フェーズ”があった」と説明した。「最初は統合直後だったので(2005年の三菱東京フィナンシャル・グループとUFJホールディングスの統合)、重複店舗の統廃合を進めて効率的な体制を作ることが優先だった。その後、マイナス金利政策の影響が大きくなった。預金量が圧倒的に多い当行にとって、金利が付かない世界では、この預金を管理・維持するコストばかりかかり、逆に経営の足かせになる状態だった」
三菱UFJ銀行の個人預金残高は90兆円を超える。ゼロ金利下では、この巨額の預金から運用益を得られない一方で、店舗維持費や人件費などのコストは変わらずかかる。預金が多ければ多いほど、収益性が悪化するという皮肉な構造だった。
山本常務は「リテール部門単独で見ると収益が上がりにくい。店舗数を大幅に削減し、経費と収益の比率を改善しないと、リテール事業の維持自体が難しい世界があった」と、20年にわたる苦境を振り返る。実際、メガバンク各行は2000年代以降、店舗の統廃合を加速させ、コスト削減に奔走してきた。
しかし、2024年3月の日銀によるマイナス金利解除で潮目が変わった。「金利が付く世界になって、ようやくこの90数兆円の預金が当行の強みになってきた」。山本常務の声に力がこもる。預金と貸出の金利差(利ざや)で収益を上げるという、銀行本来のビジネスモデルが復活したのだ。
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「金利のある世界になったことの影響は非常に大きい。収益化がしやすくなり、資産運用のニーズも高まっている。デジタル化が進む一方で、大切な資産の相談は対面でしたいというニーズもあらためて顕在化している」
「攻勢に打って出る」。山本常務は何度もこの言葉を繰り返した。20年間の守りから、一転して攻めへ。では、出遅れた三菱UFJ銀行はどのような戦略で巻き返しを図るのか。その答えが、この日オープンした「エムットスクエア高輪」に凝縮されている。
●巻き返しの具体策
エムットスクエア高輪は、従来の三菱UFJ銀行の店舗とは大きく異なる設計になっている。山本常務は4つの特徴を挙げた。「第1に、個人のお客さま専用店舗。あえて対象を個人に特化することで、暮らしや将来にまつわるお金のちょっとした困りごとを気軽に相談できる場を目指した」
法人顧客を扱わないことで、個人客の待ち時間短縮と相談時間の確保を狙う。向井理人リテール・デジタル部門副部門長は「窓口の混雑が緩和され、ゆっくりと相談いただける時間や場所を確保できる」と説明する。
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第2の特徴は営業時間の大幅拡大だ。「平日11時から20時、土日祝日も営業する」。「現役世代の方は9時から15時の平日には来店が難しい。そういった新しいお客さまがどれだけお越しいただけるか、どんな相談をいただけるかが一つのメルクマール(指標)」と山本常務は期待を込める。
第3が、店舗デザインの刷新だ。「銀行らしい堅苦しさを取り払い、ふらっと立ち寄れる空間にした」。カウンター中心の従来型から、ロビー空間を広げ、タブレットでの取引を中心とする。「従業員の服装や香りでも新しさを表現している」という細部へのこだわりも見せる。
そして第4に、金融以外のイベント開催だ。「お子さま向けの金融教育やビジネスパーソン向けの朝活セミナーなど、地域の皆さまの暮らし全体を豊かにする拠点にしたい」
この新店舗は単発の実験ではない。向井氏は「既存店舗の3分の1から4分の1をエムットスクエアに切り替えていく」と明かす。「来月には大阪の箕面萱野に第2号店を出店する。似たコンセプトで展開し、この2つがパイロット店舗となる」
出遅れを認識しているからこそ、展開スピードにもこだわる。だが、正直なところ、これらの施策も他行が既に実施しているものに近い。では、後発のMUFGは何を武器に、先行する競合に追い付き、追い越そうとしているのか。
●規模を武器にした統合戦略
山本常務の答えは規模の総合力だ。「私たちはもともと、非常に多くの金融機能を持っていた。カード、証券、ロボアドバイザーなどさまざまなサービスがある。ただ、これをバラバラに提供していたのが大きな課題だった」
MUFGの真の問題は、機能の不足ではなく統合の欠如だったという。「今回、エムットという名前のもとに大きく3つのプラットフォームを作る。共通ポイントのエムットポイント、使えば使うほどステージが上がるロイヤルティープログラム、そして共通ID。これらを通すことで、いろんなサービスを一貫したサービスとして統合的に提供できるようになる」
実際、エムットスクエア高輪では銀行サービスだけでなく、クレジットカードの即時発行や資産運用の相談も一体的に提供している。「エムットを始めてから、カードの申し込みが非常に増えている。今、実はウェルスナビのお任せの資産運用のところが、店頭でのお申し込みが非常に増えている。直接お話をうかがいながら、説明も聞きながら考えたいというお客さまが増えている」と山本常務は手応えを語る。
2026年度末に立ち上げ予定のデジタルバンクについても、山本常務は自信を見せる。「別エンティティ(独立した事業体)、別システムにする。非常に軽いシステムで柔軟に動けるデジタルバンクを作る。デジタルでは相当追い付ける、むしろ追い越せると思っている」
ただし、デジタルだけの勝負でもない。「デジタルだけでは足りない。リアルの活用が重要だ」。山本常務は、デジタルバンクで自己完結できない顧客を店舗に誘導し、「リアルとデジタルのいいとこどり」を実現すると説明する。
MUFGが描く最終的な青写真は壮大だ。「人生丸ごとMUFGで支え、ロイヤルティープログラムでたまったポイントやステージを、相続のプラットフォームでお子さまやお孫さまに引き継げるようにしていく」。山本常務は続ける。「マネタイズという意味では、その方の人生丸ごとだけでなく、世代を超えてしっかり取っていける。少し時間はかかるが、かなり壮大なプログラムで進めている」
90兆円超の預金、全国に張り巡らされた店舗網、そして膨大な顧客基盤。これらの資産を統合し、世代を超えて顧客を囲い込む。後発だからこそ、部分最適ではなく全体最適を狙える。これがMUFGの答えだ。
新規預金口座100万、カード100万枚という2026年度末の目標は野心的だ。果たして周回遅れからの大逆転は実現するのか。金利復活を追い風に、MUFGのリテール再生が本格的に動き出した。
筆者:斎藤健二
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