“時は来た”のか?高市総理“悲願”の改憲発議へ これまでの改憲論議の変遷 自民党結党70年で“党是”の行方は【サンデーモーニング・風をよむ】

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2026年05月03日 18:08  TBS NEWS DIG

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5月3日は憲法記念日。憲法をめぐっては4月、自民党大会での高市総理の踏み込んだ発言が注目されています。「時が来た」とはどういうことなのでしょうか。

【写真で見る】改憲議論の変遷 改憲を断念した歴代政権を振り返る

改憲の「時は来た」? 自民党“党是”のこれまで

高市早苗総理大臣(4月12日)
「時は来ました。憲法改正とっても大切。私たちの党是、何とか進めましょう」

ついに憲法改正の時が来たと訴えた高市総理。改憲を巡っては、これまでもいくつもの政権が紆余曲折を重ねてきました

1947年に施行された日本国憲法。当時、日本はGHQの占領下にあり、その草案をもとに制定されました。

この憲法を“押しつけ”だとして、自主憲法制定を「党是」に掲げたのが、1955年に結党した自民党です。

鳩山一郎総理大臣(1956年当時)
「独立が完全でなく、占領時代に押しつけられた憲法は、日本の総意によってできあがった憲法と言うことはできません」

最大の焦点となったのが、「戦力を持たない」とする9条の見直し。これに反対してきたのが社会党などの「護憲派」です。

社会党 浅沼稲次郎委員長(1957年当時)
「『陸海空、および一切の戦力はこれを保有しない』。これを守るのが岸総理の任務じゃないか」

続く「改憲派」と「護憲派」のせめぎ合い…議論はやがて下火に

自民党と社会党による、いわゆる55年体制下、「改憲派」と「護憲派」のせめぎ合いが続きます。

こうした中、日米安保条約改定に反対する安保闘争が激化。

国会前に群衆が殺到するなどのデモが起き、改憲に積極的だった岸内閣は退陣に追い込まれます。

そして、後を継いだ池田内閣は路線を一変。

池田勇人総理大臣(1964年当時)
「所得倍増計画は、国民に力強い希望と目標を与える」

憲法改正は事実上棚上げ、「経済成長」を最優先に掲げたのです。

以後、歴代の内閣は経済優先の姿勢を示し、改憲論議は長く下火となりました。

“時”を待ち続けるも…改憲を断念した歴代政権

そうした中、改憲の時を待ち続けた政治家がいます。自ら「憲法改正の歌」を作詞した中曽根康弘氏。

憲法改正の歌
「この憲法のある限り 無条件権降伏続くなり マック(マッカーサー)憲法守れとは マ元帥の下僕なり」

とりわけ「9条改正」に意欲を示し、「自衛軍の保持」などを訴えます。

総理就任直前には…

中曽根康弘 自民党総裁(1982年当時)
「憲法を見直して、さらにより良き憲法に努力していくことは正しい態度である」

しかし、就任直後「国民的合意を考えなければ、できない」として、改憲を事実上、封印します。背景にあったのが当時の政治状況。

社会党 土井たか子委員長(1987年当時)
「人間として生きていく権利を保障している憲法を、歓迎しない時の政府があるということは誠に不幸」

与野党の議席数が伯仲する中、野党の反対で実現に至りません。

その後、政権を失った自民党は、再び権力を取り戻すため「護憲派」の社会党を取り込んだ村山内閣を誕生させたことで、「改憲」は表舞台から遠ざかります。

再び改憲が注目されたのは、2005年、自民党結党50年の節目。

当時の小泉内閣は、9条に「自衛軍の保持」などを明記した自民党「新憲法草案」をまとめます。しかし…

小泉純一郎総理大臣(2001年当時)
「私の内閣の方針に反対する勢力、これはすべて抵抗勢力だ」

郵政民営化を巡って党内に亀裂が入る中、憲法改正は後回しに。

安倍政権は「解釈改憲」も…高市政権で「改憲」どうなる?

そして、民主党政権を経て、次に改憲派が「時が来た」と期待したのが…

安倍晋三総理大臣(2013年当時)
「仕事始めにしっかりと『君が代』を歌う政党に政権が移った。まさに日本を取り戻す」

憲法9条改正を公約に掲げ、総選挙に大勝し発足した第二次安倍政権。悲願の改憲に向けて動き出します。

ところが、最初に取り組んだのは9条ではなく、改正手続きを定めた96条。

発議に必要な「衆参両院で3分の2以上の賛成」を、過半数に引き下げることを目指します。しかし…

公明党 山口那津男代表(2013年当時)
「議論が成熟しない中で“96条だけを変えてしまおう”というのは、いささか国民にはなじまないと思う」

連立する与党・公明党からも異論が出るなどしたため、結局見送り。

代わって踏み切ったのが「解釈改憲」ともいえる、「集団的自衛権」の行使容認。

日本が直接攻撃を受けなくても、他国のために武力を使えるようにするというもので、これまでの9条の解釈を転換させたのです。

そして、2016年の参院選で自民党が大勝すると、改憲勢力が衆参で3分の2以上の議席を獲得。安倍総理はその時期にまで言及します。

安倍総理大臣(2017年当時)
「“2020年を新しい憲法が施行される年にしたい”と強く願っています」

しかし、“森友・加計学園”や“桜を見る会”などのスキャンダルが相次ぐ中、改憲に踏み切れないまま、政権は終わりを迎えます。

そして、自民党結党から70年、衆議院で単独で3分の2を獲得した高市総理は…

高市総理大臣(4月12日)
「立党から70年。時は来ました。『改正の発議について、なんとかメドが立った』と言える状態で、皆様とともに来年の党大会を迎えたい」

“改憲の時”は本当に今、訪れたのでしょうか。

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