限定公開( 1 )

最近、近所の「ドン・キホーテ」に立ち寄ったら、客であふれかえっていた。今更ながら、手に入らないものはないと言ってもいいほどの品ぞろえだ。日用品から食品、家電、コスメ、菓子、旅行用品、キャラクター雑貨まで、あらゆる商品が天井近くまで積み上げられた棚に圧倒された。だが、それ以上に驚いたのが、外国人客の多さだった。
明らかにインバウンド客の存在感が大きい。通路のあちこちで異国語が飛び交う。もはや近所のディスカウントストアというより、観光地の一つと言ったほうがいいくらいだ。
実際、数字を見ても、それは明らかだ。ドンキを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(HD)の2026年6月期の免税売上高は2286億円で、過去最高を記録。前年比で31.2%増加している。同HDが算出した、訪日客のうち、ドンキを訪れた人の割合は29.1%に達した。
実はこの現象、日本のドンキに限った話ではない。海外の量販店やスーパーマーケットを観光目的で訪れる行動は、世界的なトレンドになりつつある。
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世界的なホテルチェーンのヒルトンが、14カ国の1万4000人以上の旅行者を対象に実施した調査をまとめた「2026年のトレンドレポート」によれば、世界の旅行者の77%が「グロサリーストア・ツーリズム(grocery store tourism)」を楽しんでいるという。旅先で現地のスーパーの棚を眺め、ローカルな食を試すことが、いまや旅行体験の中核の一つになっている。
●地元スーパーを観光地に 北欧企業の取り組み
今年、このトレンドを正面から捉えたフィンランド企業の取り組みが話題になった。
2026年5月、フィンランドの食品スーパーチェーン「K-Supermarket」が、ホテルや観光スポットなどの口コミを掲載する旅行プラットフォーム「トリップアドバイザー」に、自社の店舗を「観光地」として登録した。食品スーパーが複数の店舗を観光名所として登録するのは、世界初だという。
該当ページには、地元産品を豊富にそろえた旗艦店などが掲載されている。また、英BBCでは「屋上養蜂による自家製蜂蜜を売る店」「クラフトビールの品ぞろえのいい店」など、各店舗が地域の特色に合わせて運営されている点を紹介している。
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K-Supermarketは、旅行者がすでにしていた行動を公式に「観光」として位置付けたわけだ。日常的に利用される売り場を、博物館などと並ぶ「見どころ」として、堂々とマップに載せた。
実は筆者自身、数年前にフィンランドを訪れた際にこの店舗に足を運び、その独自性を楽しんだ経験がある。地元のライ麦パンやトナカイ肉の缶詰、ムーミン柄の筆記用具など、観光地の土産物店とは違い、フィンランドの日常を感じることができた(と思う)。
筆者は海外出張が少なくないが、お土産をこういう場所で買うと、贈った相手にも喜ばれる。海外ではできる限り現地のスーパーや量販店に行くようにしている。米国なら「ウォルマート」や「ターゲット」に加え、1人で食事をするときは、レストランよりも人気スーパー「ウェグマンズ」のホットフードバーで料理を買い、ホテルで済ませることが多い。棚と客層から現地の暮らしが見える。
●旅行者が“現地の暮らし”に魅了される理由
旅行者がこれほどまでに現地の暮らしにひかれるのはなぜか。名所旧跡を巡る普通の観光から、現地の人々と同じ目線でその土地の空気を感じる旅へと、旅の目的がシフトしているからにほかならない。
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豪華なホテルや高級レストランよりも、地元のスーパーの明るすぎる照明や、見慣れない食材などに、よりリアルな異文化体験があるということだ。スーパーの店内を巡ることは、現代の旅行者にとって“異国の日常”という未知の世界を冒険するアトラクションそのものなのだ。
こうして並べると、「小売の観光地化」戦略が見えてくる。これまでの店舗運営を大きく変えずに、旅行者の視点に合わせて、既存の商品や店舗の魅力を捉え直す戦略である。
K-Supermarketが変えたのは商品ではなく、店舗情報の掲載先だ。ドンキがやっているのも、免税カウンター整備、多言語対応、インバウンド向けの出店(「新宿東南口別館」など)だが、既存の圧縮陳列と豊富な品ぞろえそのものを、観光体験に変えた。
ヒルトンによる「グロサリーストア・ツーリズム」の公式化、そしてK-Supermarketのトリップアドバイザー登録は、ドンキのビジネスにも理論的な裏付けと、世界的な潮流としての正当性を与える動きだろう。
●訪日客が「体験したい日本」とは
百貨店の免税売上高が中国人客の減少で前年割れを続ける一方、ドンキは中国依存を抑え、国・地域別の売上構成比は、韓国23%、台湾18%、中国16%、ASEAN16%、米国9%などに分散している。安さと品ぞろえという日常的な武器が、そのまま観光体験になっている。
また、店舗そのものが目的地化している。ドンキは2035年6月期に免税売上高4000億円を目指しており、インバウンド特化型の店舗を拡大する方針だ。
そして、「日常品こそが最強の土産である」という意識が定着しつつある。高級ブランドではなく、日本の多種多様な菓子のほか、ニチバンの貼り薬「ロイヒつぼ膏」や石澤研究所のコスメブランド「毛穴撫子」といった生活雑貨などが人気商品の上位を占めているという。旅行者は現地の日常を持ち帰りたがっている。
この現象の背景には、SNSや個人ブログ、口コミサイトを通じて、日本人が実際に使って本当に良かったものに関する情報にアクセスしやすくなった事情もある。従来の広告で紹介されてきた定番のお土産ではなく、現地の人々が愛用しているアイテムや、普段食べているローカルな菓子の情報を見つけられれば、それ自体が「体験したい日本」の一つになる。
「小売の観光地化」は偶然の副産物ではない。K-Supermarketが戦略的に、世界初となる一歩を踏み出し、ヒルトンが77%という数字を提示し、ドンキが免税売上高で百貨店トップの三越伊勢丹を追い越した。
私たちが何げなくカゴに入れている、いつものお菓子や日用品。そういう商品こそ、海を越えてやってきた旅行者にとっては、“異国の暮らし”というアトラクションに潜り込むための重要な要素になっているようだ。
(山田敏弘)
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