地上波テレビで愛され続ける『となりのトトロ』、追いやられる『火垂るの墓』『はだしのゲン』

10

2024年08月23日 20:01  日刊サイゾー

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

日刊サイゾー

宮崎駿監督(写真/Getty Imagesより)

 みんな大好き!宮崎駿監督の人気アニメ映画『となりのトトロ』(1988年)が、8月23日の「金曜ロードショー」(日本テレビ系)で放映されます。これまでの放送回数は18回、最高視聴率は23.2%(1990年3月)を記録しています。しかも、翌週8月30日には宮崎監督の最高傑作と称される『天空の城ラピュタ』(86年)が放映されます。

 今さらあらすじを語る必要もない『となりのトトロ』ですが、簡単に設定だけおさらいしましょう。舞台となるのは、美しい田園が広がる昭和30年代の農村です。ボロボロの一軒家に引っ越してきたサツキとメイが、近くの森に棲む不思議な生き物「トトロ」と交流するという、とてもファンタジックな物語です。

 幼いメイがトトロの暮らす大木のウロに迷い込むシーン、雨の日にバス停にいるサツキの横にトトロが現れるシーン、真夜中の庭でサツキとメイがトトロと一緒に踊るシーンなど、アニメーションならではの名シーンの数々に、小さな子どもから大人まで幅広い世代が魅了されてきました。

 宮崎監督のオリジナルストーリーである『となりのトトロ』は、なぜこんなにも人の心に残る物語になったのでしょうか。森に棲むトトロやネコバスは、子どもにしか見えません。トトロやネコバスは、母親が入院中で寂しい思いをしているサツキとメイの心の隙間を埋めてくれる大切な存在となっていきます。純真な少女たちと人間ならざるものたちとの触れ合いが、明るくコミカルに描かれています。

鮮やかに描かれる生と死のコントラスト

 物語の後半、楽しみにしていた母親の一時退院が延期されると聞き、サツキとメイは心のバランスを失いかけます。とりわけ姉のサツキは、気丈に母親代わりを務めてきただけにショックでした。サツキが泣き出す様子を見て、幼いメイも不安になります。もしも、お母さんが死んじゃったらどうしよう。明るい姉妹の心が、どんよりと反転していきます。少女たちのピカピカに輝く生命力と入院中の母親に忍び寄る不吉な影という生と死のコントラストを、宮崎監督は巧みに演出しています。

 公開当時から言われていたことですが、『となりのトトロ』のモチーフになった作品として、日本昔話の『笠地蔵』が挙げられます。雪の降る日に野ざらしとなっているお地蔵さまに、貧しい笠売りのおじいさんが売れ残った笠を被せてあげるというお話です。夜中になり、自宅で寝ていたおじいさんとおばあさんのところに、笠を被ったお地蔵さまたちがお礼を届けに現れます。『呪怨』(03年)の清水崇監督あたりが実写化すると、かなり不気味な映画になりそうです。

 もうひとつ、『となりのトトロ』のモチーフになっていると言われているのが、ビクトル・エリセ監督のデビュー作となったスペイン映画『ミツバチのささやき』(73年)です。田舎で暮らす幼い少女・アナが、郊外の廃屋に潜む怪物(実は脱走兵)と交流するという幻想性とシビアな現実が交差する物語です。時代背景として、スペイン内戦があることが知られています。『となりのトトロ』と同様に、生と死のコントラストがくっきりと描かれた名作になっています。

 生と死のコントラストという点でさらに深掘りすると、実在の事件が『となりのトトロ』のモチーフになっていることが都市伝説的に囁かれています。「トトロは死神」「メイとサツキは死んでいる」という噂が、短編映画『めいとこねこバス』(02年)が三鷹の森ジブリ美術館での上映が始まった2000年代から広がり始め、2007年5月にスタジオジブリが公式ブログで噂をわざわざ否定するに至っています。公式ブログでは触れていませんでしたが、『となりのトトロ』は「狭山事件」がモチーフになっているという説も囁かれています。

 狭山事件とは、1963年(昭和38年)5月に狭山市に暮らす女子高校生が誘拐された事件です。『となりのトトロ』の舞台設定が所沢市周辺のため、隣接する狭山市で起きたこの事件との関連性が、まことしやかに流れました。身代金を受け取りに来た犯人を警察は取り逃してしまい、その翌々日に誘拐された少女の死体が見つかったことから、警察への非難が殺到。汚名返上を焦った警察は、事件現場に近い被差別部落を集中して見込み捜査し、容疑者を別件逮捕しています。

 冤罪の可能性が極めて高く、今なお未解決事件とされています。メイやサツキが、トトロやネコバスと交流していた昭和30年代、そのすぐ近くで不条理な事件が起きていたことに恐怖を覚えます。

 おそらく宮崎監督本人にこのことを尋ねても、「そうだ」とは答えないでしょう。『となりのトトロ』は、宮崎監督の完全な創作世界です。宮崎監督自身の母親が結核で長く苦しんだこと、子どもの頃に多くの児童書を読んだこと、鎮守の森への郷愁、東映動画に入社した1963年当時の左翼運動の高まり、宮崎家の子どもたちを喜ばせるために『パンダコパンダ』(72年)をつくった記憶、『ミツバチのささやき』に主演した少女アナ・トレントの可愛らしさ……。宮崎監督が体験したあらゆることとイマジネーションが渾然一体化して、『となりのトトロ』は誕生したからです。

かつては夏休みの定番だった『火垂るの墓』

 宮崎監督の代表作『となりのトトロ』を語る上で、決して忘れられないのが高畑勲監督による『火垂るの墓』(88年)です。『となりのトトロ』と『火垂るの墓』はどちらもスタジオジブリ制作で、同時上映された双子のような作品です。一方は戦争の悲惨さを克明に描き、もう一方は少女の明るい生命力と想像力を伸びやかに描いたところに、高畑監督と宮崎監督らしさが現れています。アニメ界の二大巨匠が、同時期に競作し、二本立て上映されたという奇跡のような2作品です。

 今週で19回目のオンエアとなる『となりのトトロ』に対し、『火垂るの墓』は高畑監督が亡くなった2019年4月に追悼放映されたのを最後に、地上波テレビでは見なくなりました。1989年にテレビ初放映された際は20.9%という高視聴率を記録し、90年代からゼロ年代にかけては1〜2年おきに夏休みシーズンになると『火垂るの墓』が放映されたものです。

 これまで地上波テレビで13回放映されたものの、『火垂るの墓』が近年放映されなくなった理由に、視聴率が取れなくなったことに加え、残酷なシーンを子どもたちに見せたくないという親たちの考えも少なからずあるようです。子どもたちには美しいもの、楽しいものだけを与えたいと考える世代が、ずいぶんと多くなったのでしょう。

 広島市出身の漫画家・中沢啓治氏が自身の被爆体験をもとに描いた『はだしのゲン』(中央公論新社ほか)が、学校教材や学校の図書室から姿を消したのも同じような理由だと思われます。2023年、広島市教育委員会は平和教育の小学3年生向け教材から『はだしのゲン』を削除することを決め、話題になりました。『はだしのゲン』では病気の母親に栄養をつけさせるために主人公の元と弟の進次が一緒になって、他人の家の鯉を盗もうとするシーンがあるのですが、こうしたエピソードは子どもたちが読むのに不適切だと判断されたのです。『火垂るの墓』にも、栄養失調になった妹・節子を救うため、兄の清太が空襲中の街で火事場泥棒に励むシーンがあります。『はだしのゲン』を問題視する人たちは、そうしたシーンも許さないでしょう。

 現実の戦争の恐ろしさを描いた『火垂るの墓』や『はだしのゲン』は、子どもたちの目の届かないところに追いやられ、『となりのトトロ』のような大人も子どもも楽しめるファンタジー作品のみが地上波テレビに生き残ったというのが今の日本社会です。

 トトロは子どもにしか見えない存在です。大人になるとその姿は見えなくなってしまいます。『火垂るの墓』の清太と節子の兄妹、『はだしのゲン』の中岡元とその家族は、日本の子どもたちの目にすらその姿が映らなくなりつつあります。みんなみんな、ネコバスに乗って遠い遠いトトロの森へと向かっているのかもしれません。

このニュースに関するつぶやき

  • 戦争の悲惨さを尚も伝えたいとか宣っている割に、アニメの名作を見せたがらないこの矛盾たるや。特にジブリなんて、他の人気作のお陰で半永久的に次世代に伝えられる唯一無二のツールなのに。
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(8件)

ランキングゲーム・アニメ

前日のランキングへ

ニュース設定