『週刊少年ジャンプ』から大ヒット作が生まれる理由

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2024年10月19日 08:21  ITmedia ビジネスオンライン

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週刊少年ジャンプのスゴさは?

 マンガをつくる上で「組織や体制」は欠かせないわけですが、どのようなことを行っているのでしょうか。作品づくりに対応した組織づくりなどについて、お伝えしていきます。


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 さて、あらためてここで思い出していただきたいのが、『鬼滅の刃』をつくった週刊少年ジャンプは、1969年の創刊ということです(1968年の「少年ジャンプ」創刊の際は月2回刊で、翌1969年に「週刊少年ジャンプ」として週刊化がスタートした)。


 そして『鬼滅の刃』がアニメ化を経て社会現象ともいえる大ヒットとなったのは、2019年頃。ちょうど週刊少年ジャンプが50周年を迎えた前後の看板作品でもあります。


 しかし、ただ漫然と50年過ごせばこんなスゴい作品がつくれるというわけではありません。


 そもそも50年レーベルが続いたことも大変なことです。


 週刊少年ジャンプ編集部と、もちろん、あまたの漫画家たちのたゆまぬ努力や試行錯誤、それを取り巻くマンガ業界や周辺環境があって、週刊少年ジャンプという、ヒット作品を連発する巨大な仕組みが構築されたと筆者は考えます。


 1968年の少年ジャンプ創刊時には、先行するサンデー、マガジンに有力な作家とがっちり組まれてしまい、苦肉の策として、新人を一から育てるかたちで作品を作る体制づくりをとりました。すぐに結果を出したかったであろう、黎明期に雑誌を立ち上げたばかりの編集部にとっては、気持ち的にも焦る、大変な遠回りに感じただろうとも思います。


 ですがまさに「急がば回れ」の故事の通りで、既存の他社と同じでき上がった漫画家に声をかけて、目先の小さな成功を追いかけるのではなく、自分たちの編集部で一から一緒に頑張った作家と作品をつくる体制は、現在の新人を育て、その新人が大ヒット作品をつくるジャンプの地力をつくったと思います。


 その結果、本日現在ジャンプにはあまたの才能が集まっており、その新人作家の才能の巨大なプールが、今から数年後の大ヒット作品出現の根源になっています。


●週刊少年ジャンプのスゴさ


 私は、2010年から7年ほど、漫画家志望者に安価なシェアハウスを提供するトキワ荘プロジェクトという事業を通じて、数百人の漫画家志望者の挑戦する姿や、彼らの成果たる漫画原稿をたくさん見せてもらいました。また、その志望者が実際にプロになっていく過程や、夢破れ諦めていく姿を、かなり近いところでたくさん見ていました。その時に感じていたのが、やはりジャンプのとんでもない力です。


 典型的な漫画家志望者は、おおよそ学校のクラスや周囲の友達の中で一番絵のうまい人間です。


 特に地方出身者で、秋葉原や池袋、ビッグサイトの同人誌即売会など、東京の文化になかなか触れられない若者が見ているのは、ほとんどジャンプであったようです(電子書籍の発展前の話です)。


 当時のトキワ荘プロジェクトでは、最低限1本作品を描いているということを入居の条件にしていました。1作品をつくり切るというのは、言葉にすると簡単ですが、実は並大抵の努力ではできないことです。


 ある程度、漫画家を目指す経験を経た人の中では、ジャンプ志望ではなくなる人も増えていきます。ジャンプを目指す気持ちの強さは人それぞれでしたし、実際の入居者はいろいろなレーベルを掛け持ちで考えている人がほとんどでしたが、入居者の中でジャンプ一本に絞った志望者は4分の1もいないかなあという体感でした。


 その中で、実際に例えばジャンプで受賞したり、読切掲載するなど、実績を持って上京してくる漫画家志望者の実力は、段違いでした。『ドラゴンボール』で言うと、クリリンやヤムチャなどの普通の地球人に対して、ジャンプで戦っている層はサイヤ人クラスと言えるくらい「漫画力」の差を感じていました。


 当時の私の目線からは、ジャンプ編集部に実際に持ち込んだり、他誌と並行して目指している漫画家志望者は、志望者全体の2〜3割程度というイメージでしたが、その2〜3割の漫画家志望者の漫画戦闘力を数値化して合算すると、漫画家志望者・新人漫画家全体の漫画戦闘力の7割くらいがジャンプに集まっているように感じられました。


 それくらいの規模の才能のかたまりのようなものが、限られた掲載スペースに集まり切磋琢磨する様子は、特殊な立ち位置にいた私からはさながら蟲毒(こどく)のように見えました。


 ちなみに蠱毒というのは、古代中国の呪術で、小さな入れ物の中に大量の生き物を閉じ込めて共食いさせ、最後に残った1匹を呪詛の媒体に用いるというものです。つまり、激しい競争の中で、とてつもない化け物が生まれるわけです。


●一朝一夕にはできない裾野


 この才能が集まる仕組みこそ、何十年かけてジャンプが培ってきた「ヒット作品をつくる」主原料と言えると思います。大ヒットしている作品を、ジャンプに限らず、作家がデビューしていく過程から丁寧に追っていくと、そのレーベルの才能だまりから丹念に育てられた作家が描いているケースが多いのです。


 つまり、この才能だまりこそ特定の編集部からのみ、大ヒット作品が生まれる貴重な資産と言えるでしょう。


 裏を返せば、才能の原石たる漫画家志望者が「そのレーベルで描いてみたい」と思うブランドがあるということが、まずもっとも重要な成功の要素なのです。このブランドの中には「大好きな作品がある」「憧れる作家がいる」「大ヒットしている作品を連載している」という厳然たる実績があると思います。これは週刊少年ジャンプをはじめ、現在もヒット作品を作り続けている特定の編集部にしかありません。


 漫画の実力は、才能だけではなく、積み重ねてきたものや、体力、情熱、本人の置かれた環境、情報感度やあらゆることへの解像度など、本当にたくさんの要素があり、それらが大きく作用します。しかし、同時に長く培われてきた環境や、編集部側の組織・文化・ブランドなどが同じように強く作品に作用しています。


 これは一朝一夕にはできない時間が必要な裾野だとご理解いただけるかと思います。


(菊池健、一般社団法人MANGA総合研究所所長/マスケット合同会社代表)



このニュースに関するつぶやき

  • 小中と事実上漫画禁止の学校だったから(小ではアニメ柄文具も事実上禁止)、絵が上手くて漫画描いてる奴なんていなかったしジャンプが話題になることもなく、図書室ですら漫画伝記すらなくポプラ社の活字伝記だったな。
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