なぜ「ライス残し」で炎上したのか? 家系ラーメン店が抱える深いジレンマ

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2024年10月23日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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ラーメン店主によるSNSのコメントが炎上

「今、米残して帰った女子2人 見てたらdmください」


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 先日、埼玉県三郷市にある横浜家系ラーメン店がSNSに投稿した、この一文が炎上した。


 この店ではラーメンの注文を受けた際に、希望者に無料でライスを提供しているのだが、女性客2人がライスを希望したのにそのまま帰ってしまったことに対して、店主が投稿したものだ。


 無料ライスを注文した客は、残す場合は体調不良などちゃんと理由を申告する“ルール”があるそうだが、女性客2人はなんの断りもなく退店してしまったため、SNSに投稿したという。


 「お米一粒に7人の神様」「お米を残すと目が潰れる」と幼い頃からしつけられる日本人からすれば、食べ物を粗末にするのは「大罪」だ。多くの人が店主の言動を称賛・支持した……かと思いきや、意外にも多かったのは「怖すぎる」「残す時に一言言わなきゃいけない飲食店を初めて見た」など否定的な意見だった。


 実は横浜家系ラーメンが「ライス残し」で激怒したのは、これが初めてではないのだ。


 2023年12月、千葉県習志野市の横浜家系ラーメンの店主が、ほとんど食べ残したごはんと漬物が入った茶碗の写真とともに「死んでください本当に そそくさと逃げるように帰るなよ 自分でよそってんだぞ 二度と来るなゴミクズが」と書いた投稿が炎上。こちらも「怒るのは分かるけれど、言い方が悪すぎる」という否定的な声が多く寄せられたのである。


 さて、このような話を聞くと、「なぜ家系ラーメンの店主は無料ライスでそんなにキレるのか?」と首をかしげる人も多いのではないか。


●なぜ店側はここまで怒ったのか


 精魂込めてつくったラーメンがほんの少ししか手を付けられなかったのでキレた、という話ならば、「職人的なこだわりが強いのかな」とある程度は理解できるだろうが、こちらは「無料サービス」だ。


 あくまで店側が「客足を伸ばす」という販促目的でやっていることなので本来、来店に結び付いてラーメンを注文した時点で目的は終わっているはずだ。


 「食」にかかわる人間として、食べ物を粗末にする輩が許せないのもあるのかもしれない。だが、飲食店をやっていれば、客が体調、体質、体格、年齢、性別によって、食べる量が違うのは常識だ。特に女性客など「最初は食べられるかなと思ったけど、おなかいっぱいになった」と注文した食事を平らげられない人は山ほどいる。


 それがうかがえるのが、食品ロスだ。2022年度の推計は約472万トンで、その半分の約236万トンは外食での食べ残しや商品の売れ残りなど「事業系」となっている。全国で無料ライスを提供する飲食店の「客が食べずに余った米」もかなり含まれているはずなのだ。


 こういう「外食の食べ残し」が大量にあふれる現実の中で、なぜ「無料ライス」を残した人だけを問題視するのか。素直に不思議に思うことだろう。


 「家系ラーメン店が客の『ライス残し』に血眼で激怒する『切実な理由』…有料にしたくてもできない、という本音も」(現代ビジネス 2024年10月18日)によれば、この背景には「物価高騰」があるという。


●ライスを有料にできない事情


 チャーシュー、ホウレンソウ、のりに加えて、米も大幅に値上がりする中で、「無料ライス」の提供を続けることはかなり大変だ。そういう身を削る努力を必死にしている中で、ライスを残されてカチンときてしまったのではないかという。


 「いやいや、それならライスを有料にすればいいでしょ。食べたい人が注文するんだから、もったいないことをする客も少なくなるでしょ」


 そう思う人も多いだろう。確かに、家系ラーメンの総本山と呼ばれている「吉村屋」はライスが有料だ。公式Webサイトでは「130円」とある。そのように総本山に合わせる形にすれば、客側も金を払った分、「もったいない」という心理が働いて平らげる可能性も高いはずだ。


 ただ、前出の記事内に登場する家系ラーメンの店主によれば、それは難しいという。いわゆる家系の「直系店」と呼ばれる人気店ではない場合、「ライス無料」にしないと明らかに客足が落ちて、売り上げに響いてしまう。


 つまり、「ラーメンを食べてもらうためにタダでライスを提供し続けなくてはいけない」というラーメン職人としてのプライドを傷付けられるような「ジレンマ」があるというのだ。


 確かに、そんなストレスを抱えた店主ならば、客の「ライス残し」にあれほどまでキレてしまうのも無理はないかもしれない。


 ただ、神奈川県民として家系総本山の「吉村家」をはじめ、かれこれ30年近く家系を食べてきた客の立場で言わせていただくと、「無料ライス」に執着している家系ラーメンには、もう1つ別の理由があるのではいかと思っている。


●「無料ライス」に執着する理由


 それは客の「まくり」のためだ。


 ご存じの方も多いだろうが、ラーメン界ではスープを一滴残らず飲み干すことを「まくり」と言う。競馬の「まくり」(最後の直線で一気に順位を上げる脚質、戦法)という言葉からきているそうだが、諸説ある。


 そんな「まくり」をラーメン店側もかなり重要視している。それは自分が丹精込めてつくったスープを飲み干してほしいという「職人のプライド」もあるが、実は「コスト削減」の意味合いも強い。


 客が残したラーメンのスープを、そのまま下水にジャーとやるわけにはいかない。豚骨スープなどは冷えて固まると排水管の中で詰まってしまうし、自然環境への悪影響もあるからだ。


 グリストラップ(油脂分離阻集器)というものを設置して、そこを通して処理しなくてはいけない。機器なので当然、定期的に専門業者に清掃してもらわなくてはいけない。ただ、これは「義務」ではないので、設置していない店もある。そういう店の場合、スープを固めて産業廃棄物処理業者に引き取ってもらわなくてはいけない。


 つまり、いずれにせよ食べ残しのスープが余れば余るほどラーメン店の「コスト」として重くのしかかるのだ。


●「まくりのお供」として登場した無料ライス


 こういう事情があるのでラーメン店としては、客にとにかくスープを飲み干してもらいたい。しかし、家系ラーメンはややハードルが高い。店によってバラつきはあるが、基本的に「豚骨しょうゆベース」の濃厚なスープなので、人によっては「しょっぱい」「脂っぽい」と感じて「まくり」が難しい。


 そこで「まくりのお供」として登場をしたのが「ライス無料」だ。


 家系ラーメンに限らずだが、最近のラーメン店の中には「◯◯ラーメンのおいしい食べ方」のような案内が店の壁に貼られていたり、カウンターに置かれていたりすることが多い。それを見るとだいたい最初は「そのまま食べる」、次に「調味料」「ニンニク」「辛味噌(みそ)」などトッピングで味変。そしてなんやかんやとあって、最後はライスを入れて「雑炊」のようにして食べることを推奨していることが多い。


 筆者の地元の家系ラーメンも、「ライス無料」でセルフサービスのスタイルだ。炊飯器には「食べ残しが多い場合は料金を請求します」という警告文があるのだが、一方で店内には至る所に、「シメにライスとともにスープを最後の一滴まで楽しむ」なんて感じのアナウンスがなされている。


 このように「どうにかして客にスープを飲み干させよう」というのは、コスト削減を徹底している大手チェーンのほうがもっと露骨だ。


 例えば、家系ラーメンの中には「資本系」として区別されている「横浜家系ラーメン町田商店」がある。現在、全国で156店舗(2024年10月時点)を展開しており、店舗によってばらつきはあるが「ライス無料」を大きく打ち出している店が多い。


 しかも、それだけではない。「完まく」(完全まくり)と呼ばれる、スープを飲み干した客は「新完まくアプリ」というアプリでスタンプを集められる。これを10個貯めた客には、ラーメン1杯無料のクーポンを提供するほか、1年間トッピングを無料にしている。


 また同じく、全国で51店舗を運営している(公式Webサイトの店舗案内より)「横浜家系ラーメン 魂心家」も「ライス無料」を打ち出すとともに、「まくり証明書」というものを発行している。スープを飲みほした客に提供しているもので、22枚貯めた人にはTシャツやどんぶりなどオリジナルグッズをプレゼントしている。


●ライスは「一粒で二度おいしい施策」だった


 ここまで言えば、筆者が何を言わんとしているのか分かっていただけるのではないか。


 家系ラーメンの「ライス無料」は確かに客足を伸ばすための側面もあるが、「食べ残しスープ」をできるだけ減らして、処理費を削減する効果も期待できる「一粒で二度おいしい施策」だった。


 しかし、最近の物価高騰で米の価格が上がってしまう。しかも、中にはその米を残してしまう人もいる。これは筆者の想像だが、冒頭の家系ラーメンに訪れた女子2人組もライスを残すくらいなので、おそらく「まくり」もしていないのではないか。


 ラーメン店側からすると、これはたまらない。スープの処理コストはかかるわ、無料ライスは無駄になるわ、ダブルでイラついたことだろう。その怒りがあのような投稿につながったのではないか。


 さて、このような話を聞くと「最近は少食な人も多いんだから、ライスを付けてスープを飲ませようなんて逆効果だろ。それよりも、最後まで飲み干せるようなスープを開発したほうがいいんじゃないの?」と思う人も多いだろう。


 確かに理屈としてはそうなのだが、今の日本人に「まくり」をさせるのはかなり至難の技だ。実はこの20年、「ラーメンスープ離れ」がかなり進んでいるからだ。


 海外にも進出する人気ラーメンチェーン「博多一風堂」の創業者・河原成美氏が、九州在住のライターらが取材するローカルメディア『Qualities(クオリティーズ)』の記事で、一風堂ですら最後まで「まくり」をする客は約1割だと明かして、こんな興味深いことをおっしゃっている。


「1985年に一風堂を開いてしばらくはスープまで完食してくれる人は多かったけど、そうねぇ…2000年あたりから女性はあまり飲まなくなってきて、特にここ10年で男性も“スープだけは残す”のが大多数派になってきたかな。健康志向の波の中、ラーメンが表面だけで引き合いに出されることが多くなってきたことにも起因していると思う」(クオリティーズ 2023年8月3日)


●情報操作を受け続けている日本人


 ラーメンの歴史を現場で見てきた人だけあって、河原氏の認識は、この問題の核心を突いている。実は2000年を境に、われわれ日本人は「長生きしたければラーメンのスープは飲み干してはならぬ」という国家による“健康プロパガンダ”ともいうべき情報操作を受け続けているのだ。


 「健康日本21」だ。


 これは2000年より開始されたもので、専門家によって国民の健康増進に関する基本的な方向や、国民の健康増進の目標に関する事項などを定めたものだ。そんな「健康日本21」の中でこんな目標が掲げられた。


「食塩については、高血圧予防の観点からは、諸外国では6g以下が推奨され、日本では10g未満が推奨されている)。平成9年では成人1日あたり平均摂取量13.5gと依然過剰摂取の状況にあることから、平均摂取量10g未満を目標とする)(出典:厚生労働省「健康日本21」(栄養・食生活)


 この「国策」に基づいて、2000年代から官民一体で「塩分摂取制限キャンペーン」が推進されていく。


 しかし、あまり難しいことを言っても国民には伝わらない。身近で誰もがよく食べるようなもので、啓発しよう。そこで目を付けられたのが「ラーメン」だ。


 テレビ、新聞、雑誌、そしてネットで健康の専門家が登場して、「飲んだ後のラーメンは体に悪い」「スープを飲み干すのが良くない」などと解説。お上に「マスクをしろ」と言われたら、なんの疑いもなく全国民が守るほどピュアな日本人は、こういう話に対して羊のように従順だ。


 かくして、1997年には1日13.5gだった平均摂取量は順調に低下して、2019年には男性が10.9g、女性が9.3gにまで下がっている。


 つまり、日本人がラーメンのスープを飲み干さなくなったというと「健康志向」という話になりがちだが、実はそれよりも、政府が仕掛けたプロパガンダにまんまと操られているほうが実態に近いのだ。


 その証に、日本人同様に健康志向が強く、日本人よりも平均塩分摂取量の低い外国人は、海外の「RAMEN」の店でグビグビとスープを飲み干している。前出の河原氏も海外の「IPPUDO」についてこう述べる。


「海外でも日本とほぼ同じスープの量なんだけど、彼らは本当によく飲んでくれるね。理由としては、ラーメンはもちろん麺料理なんだけど、海外では“スープ料理”として捉えられている部分も大きいからなんだよね」(クオリティーズ 2023年8月3日)


●今後求められるのは


 外国人にとってラーメンは飲み干すべきスープ料理だが、日本人にとってラーメンのスープは、お上が注意喚起をする「健康を損なう毒」になりつつあるのだ。


 この嫌な流れは、零細のラーメン店をさらに苦しめることは言うまでもない。厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2020年版)によれば、健康的な1日当たりの塩分摂取量の目標値は男性が7.5g未満、女性は6.5g未満。国の基準に照らし合わせれば、日本人はまだまだ「塩分取りすぎ」なのだ。


 それはつまり、メディアを用いた「ラーメンのスープを飲み干すのは体に悪いですよ」キャンペーンがこれからさらに力強くなっていくということだ。


 「豚骨しょうゆベース」で「しょっぱい」と感じる人もいるあのスープを、ライスをお供に最後の一滴まで飲み干そう。そんな家系ラーメン店のビジネスモデルにとって大打撃であることは想像に難くない。


 タバコ、アルコールなど「健康日本21」によってビジネスモデルの変更を余儀なくされた業界は多い。その流れは今、ラーメンにもやってきている。これまでの歴史に学べば、残念ながら「ライス無料」でこれを跳ね返すことはできない。


 自然に飲み干したくなる、塩分と脂にも配慮した、新しい時代の「家系ラーメンスープ」が必要になってきているのかもしれない。


(窪田順生)



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  • なぜって…それすら分からなくなったか今の日本人は。もう「日本」ってガワがあるだけで中身は亡んでんな。
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