特に結論と同じくらい考え方の過程を大事にしていて、たとえ結論が同じでもそれぞれの人がどう考えたかに着目するのが哲学だ。
この記事では、哲学がどんな学問なのかを解説しながら哲学を学ぶと何に役立つか、大学の哲学科ではどんなことを学ぶのかについて、できるだけわかりやすく簡単に解説するよ!
今回教えてくれたのは
出典:スタディサプリ進路
佐藤 邦政先生
茨城大学教育学部社会科教育教室、講師。
中学生のころ、音楽室の窓際で「今ここから見えていない世界は本当に存在し続けているのだろか」と考えたことをきっかけに哲学に興味をもつ。
専門分野は認識的不正義と、変容的経験。
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哲学を簡単に言うと
出典:スタディサプリ進路
哲学という学問を簡単に言うと、“問いを立てて考えを深めていくこと”だといえる。
例えば、友達がなにげなく自分にかけた言葉が心にひっかかったとする。
そこですぐに「あの子は嫌な子なんだ」とすぐに断定してしまうのではなく、いろいろな視点から考えてみる。
「なぜ、あの子はあんな言葉を自分にかけてきたんだろう」
「なぜ、あんな嫌な言い方をしなきゃいけなかったんだろう」
「本当に悪口を言うつもりだったんだろうか」
こうして考えると、いろいろな状況が見えてきたり相手の気持ちがわかったりする。実は、このように多様な視点から理由や可能性を考えることはその後の人生での物の見方を変えてくれることが多い。
考えを深めた結果、社会をよりよくしたり自分の生き方に役立ったりするのが哲学なんだ。
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哲学とは
出典:スタディサプリ進路
哲学とは、ある物事の本質をつきつめるために自分で問いを立てて、考えを深めていく学問のこと。
仮に出した結論が同じだとしても人それぞれ理由や証拠が違うから、哲学では考え方の過程を大事にするんだ。
テーマはさまざま。実はわたしたちの身の回りにも、たくさんの哲学の種がある。
例えば、「この現実とは異なる可能世界は存在するのか」「このジーンズはなぜかっこいいのか」など。
すぐに答えが出せないことをテーマにすることが多く、
“なぜ”を付けた問いを立てて、考えを深めていくことを哲学的思考とよぶんだ。
ではもし、大学で哲学科に進学したとしたらどんなことを学んで、社会に出たらどのように役立つんだろう。
哲学を学ぶこと自体には、どんなおもしろさがあるんだろう。
ここからは、佐藤先生にお話を聞いてみよう!
哲学にはどんな種類がある?
哲学は、大きく分けるとさらに以下の5つの学問に分かれていきます。
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・認識論
・美学
・科学の哲学
・形而上学
それぞれについて、簡単に解説してみましょう。
・道徳・倫理学
簡単に言うと、「なぜ他人に対して悪いことをしてはいけないんだろう」ということを考えること。
社会には良いこと・悪いこと、してもいいこと・いけないこと、すべきこと・すべきでないこと、といった社会的な決まりやルールなどがあります。
その理由や背景を、考えていく分野の哲学を、道徳・倫理学とよびます。
・認識論
ほとんどの人は目の前にあるものを「見てるし、触れているんだから、存在する」と感じながら生活していますが、はたして本当に存在しているのでしょうか。「今は現実っぽい夢を見ているのではない」と、どうしてわかるのでしょうか。
そして、人間が見たり触れたりできない物事を認識するとはどういうことなんでしょうか。
こういった、人間の認識や知識について考えていくことを、認識論とよんでいます。
・美学
「なぜ人間が物を美しいと感じるのか」「美しさの根拠はなんだろう」
「美しさとは、人それぞれの主観によるものなんだろうか」
そういったことを考える領域を、美学といいます。
“アートの哲学”といったりもします。
・科学の哲学
例えば、科学では原子の中に電子があるといわれていますが、それを見たことがある人間は一人もいません。
なのに存在すると、どうして言い切れるんでしょうか。
現代では科学者が証明する多くのことを真実だと信じていますが、はたして世界のすべてを科学的に証明することができるのでしょうか。
科学に対して哲学的に考えていく分野を大きく科学の哲学、または科学哲学といいます。
・形而上学
物理学を英語で“フィジックス(Physics)”といいますが、形而上学は“メタフィジックス(Meta-physics)”といいます。
物理ではこの世界がどういう原則で何からできているのかということを追求しますが、それをメタ視点で本当に存在しているのか、実在しているのかなどを考えていきます。
メタ視点とは、主観に頼らず、物事を上から見下ろすように客観的に考える視点のことです。
上記の5つはあくまで哲学を大きく切り分けた場合で、これらの哲学がさらに細分化されて、無数の分野に枝分かれしていきます。
また、切り分けられたからといってまったく関係性がないわけではなく、思考のプロセスを大事にする哲学という学問の性質上、思考を追求するうえで分野を自在に行き来することもあります。(佐藤先生)
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哲学を学ぶおもしろさ・メリットは?
哲学者のなかには、哲学を通じて「世界を解き明かそう!」と考える人もたくさんいます。
ですが、私は哲学のおもしろさの一つは自分自身の考えを吟味できることだと思っています。
例えば、手作りの料理って最初はレシピを見て作るけど、だんだん調味料の分量、食材を入れるタイミングが変わっていって、自分なりにアレンジされていきますよね。
同じように、思考を積み重ねることで考えを吟味して自分なりの考え方や結論に達することができる。それこそが、哲学の醍醐味だと私は思います。
それはつまり、社会、組織のような大きな存在に左右されない自分の思考がみつけられるということです。
哲学を学んだり、ある物事をテーマに深く考えている時には、その過程でいくつもの疑問が出てきたり、自分の意見を批判的に考えたりと、さまざまな角度から思考します。
それを繰り返していると、だんだんと物事を深く考えたり、注意深く観察するクセがついていきます。
さらに思考が蓄積されてくると自分自身の考え方や物事の見方、つまり価値観が明確になっていきます。
例えるなら、自分の中にある価値観の原石を思考によって彫刻し、形を明確にしていくようなイメージです。
長い人生を生きるうえで自分なりの価値観を明確にするのは、哲学を学ぶ大きなメリットともいえますね。(佐藤先生)
哲学科の授業・ゼミではどんなことをするの?
出典:スタディサプリ進路
もちろん大学や教授によって方針や内容の違いはあるけど、一例として、佐藤先生が普段大学で行っている授業、ゼミの内容について教えてもらったよ!
哲学科の授業について
かつては「有名な哲学者が何を言い、どんなことを考えたのかを調べ、深く知る」というのが、大学で教えている哲学のイメージでした。
哲学ではそれも大事ですが、最近では学生自身が哲学的な思考をして、アウトプットを重ねていく、という体験的な授業が少しずつ増えていると思います。
特に1〜2年生のうちは、過去の思想家について学びつつ、それらをヒントに自分たちで考えてみる機会が多くあります。
3〜4年になると、自分自身で問いや疑問をもったテーマについて学生が発表します。
私の授業でも、ただ教授が延々と話していても学生の思考の活性化にはならないので、前半で概論を教えたうえで、後半は学生にグループを作ってもらい、そこで自分たちから出てきた疑問について共有してもらっています。
特に、“問いの立て方”は哲学にとってとても大事です。
見たもの、教えられたものを「そうなんだ」ではなく「何でそうなの?」「それってどういうことなの?」という視点をもってもらう練習を、授業でも積極的にやっています。
誰もが「どうして?」「何で?」と言っていた3〜4歳のころを思い出してもらって、素朴に浮かんだ疑問を投げかけてもらっています。自分の好奇心を解放してもらうためです。(佐藤先生)
ゼミでの学びについて
多くのゼミでは、教授ごとの研究分野にある程度即した形で学生たちが自分でテーマをみつけ、学生同士で哲学対話を頻繁にするようになります。
実は先ほどお伝えした“問いの立て方”と同じくらい、哲学で大切なのが“対話”です。
物事を深く追求するうえで、一人だけで考えるのでは限界があります。
そこで、対話を通じてほかの人の考え方、意見に触れることでより考えを深めていくのです。
多くのゼミでは、学生同士が哲学対話をして、定期的に発表の機会を設けていると思います。
その発表がまた別の学生の哲学の種になって…というように、疑問、意見が学生同士でどんどん伝わっていくわけです。
このように、ゼミでは学生同士で哲学対話を繰り返すことで、哲学的思考を深める力がついていきます。(佐藤先生)
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哲学と似ている学問との違い
出典:スタディサプリ進路
哲学は、その性質上ほかの学問とのかかわりも多い
大学へ進学するにあたって、その学部で何が学べるのかはとても大切。
哲学は“思考の学問”であるために、ほかの学問との距離感も近いことがあるんだ。
特に似ているといわれやすいのが、心理学、歴史学と哲学との違い。
ある物事を扱う時に学問ごとにどんなふうにスタンスが違うのかも、佐藤先生に聞いてみたよ。
哲学と心理学の違いは?
統計的なデータを基に「人はこういう時に、こうする性質があるよね」ということを明らかにするのは心理学ですが、その「性質」について考察するのは哲学の領域です。
例えば、偏見。
心理学では、偏見をもつ人とその行動、成育環境、教育などの要因を観察してデータを集めます。
そこから「こういう状況になると人は偏見をもちやすい」という結論を出します。
それに対して哲学では、「偏見をもつことはつねに悪いことなのか?」「偏見がもたらす不正義とはなにか?」など、偏見そのものの本性や人間が偏見をもつことの意味に対して疑問を抱きます。
こうした哲学的な問いはデータを取ったからといって結論が出せるものではありません。
自分たちの頭の中、あるいは対話を通して考えを深めていく必要があります。
とはいえ、心理学者がまったくそういう哲学的な問いを立てないかというと、それも違います。
おそらく研究の段階によっては哲学的な思考も必要となるはず。
そういう意味では、心理学者は一部、哲学者的な部分も含んでいるといえます。(佐藤先生)
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哲学と歴史学の違いは?
一方で、歴史学は資料に基づいて客観的な事実を考証していく学問です。
偏見を例にするなら、アメリカの奴隷制度を挙げてみましょう。
先住民であるインディアンに対して、アメリカに来たイギリス人はどのような偏見を抱き、どんな差別をしたのか。
どんな社会制度が生まれ、何が起きたのか。
偏見から生まれた歴史上のできごとを、資料に基づいて客観的な事実としてとらえる。
それが歴史学的な学問の探求となります。
では、「差別の本質的な悪はどこにあり、こういう悲惨なことを、将来起こさないようにするために私たちは何をすればいいんだろう」と考えることは歴史学と哲学の、どちらになるでしょうか。
もちろん多くの歴史学的な視点から、将来の社会構築に対する意見や結論をもっている歴史学者もいると思いますが、一般的に上のような問いは哲学の領域に近いと私は考えています。(佐藤先生)
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教えて! 哲学科のホントのところ
出典:スタディサプリ進路
「哲学に興味はあるけど、大学で専攻していいのかな」
「親に反対されないか心配」
「どんな会社に就職できるのかな」
哲学科への進学を考えるうえで、そんな悩みを抱える高校生もいるかもしれない。
ここからは、そんな哲学科進学に関するよくある疑問を直接、佐藤先生にぶつけてみよう!
Q. 哲学科は就職で不利になる?
これはまったく気にしなくて大丈夫です。
“就職で不利になる”というイメージは、おそらく哲学科から大学院に進んだ時に哲学と関連する職業、教職が少ないことからくるものだと思います。
むしろ、近年、哲学科を卒業した学生は企業から歓迎される傾向が見られます。その一つめの理由は、哲学の授業で学んだクリティカル・シンキング(批判的思考)や、論理をきちんと追える能力をもっている人が多いことにあります。
二つめの理由は、哲学対話を通じて養われるコミュニケーション力が就職後のさまざまな仕事に役立つことにあります。
もしかすると入学時点で「将来、この職業に就きたい」と考えている学生が少ないのかもしれませんが、それはべつに悪いことではありません。
大学在学中にも人は変化しますから、そのなかで将来やりたいことが見つかるのはいいことだと思います。
哲学は“思考の学問”であるという性質上、あらゆる学問にも道が繋がっています。
そういう意味ではむしろ、まだ将来の職業を決めていない人にこそ、哲学科がおすすめかもしれません。(佐藤先生)
Q. 哲学が生かせる職業は?
専門的な知識よりもむしろ、論理的な思考力や対話能力を伸ばすという意味では、あらゆる職業に生かせる学問だと思います。
例えば、問いを立てる力は相手への質問のしかたや自身の思考の深掘りに、哲学対話で養うコミュニケーション力は“批判”のしかたや相手への伝え方などに役立ちます。
今は“批判”というとネガティブな意味にとらえられがちですよね。
だけど、議論を発展させたり、考えをより高める“生産的な批判”もあります。
お互いの考えを深めるために“生産的な批判”をすることで、より建設的な議論ができるようになるのです。
このように、哲学科では社会に出ると誰も教えてくれないことをたくさん経験します。
それこそが、哲学があらゆる職業に生かせるポイントであり、強みになると思います。(佐藤先生)
Q. 哲学は社会に出てから役立つ?
哲学で議論する内容は、本当にさまざまな分野、できごとの幅広いトピックを扱います。
それこそ偏見からジェンダー問題、多様性、ジーンズのかっこよさ、なぜ試験前に限って夜遅くまでゲームをしてしまうのか、まで(笑)。
哲学科時代に幅広いトピックを扱った経験が役立ち、社会に出てからもいろいろな人とコミュニケーションがとりやすいという卒業生からの声もありました。
単に仕事だけでなく、生活、社会、家族、人間関係、文化、習慣など、その時々で自分の興味や抱えている問題などあらゆることが哲学になります。
それがわかると、長い人生にずっと役立つ学問だなと思います。
問いの立て方、対話のコツをつかめば、自分でどんどん思考を深めていけますからね。(佐藤先生)
Q. 哲学科に入ると、周りから変わってると思われない?
実際にはそんなに変な人ばかりではありません(笑)。
たとえば、サークルに入って学生生活を楽しむ方、バイトに精を出す方も多いです。
おそらくその変わり者のイメージは、過去の哲学者が主張した、結論部分だけを見たことで生まれるのではないでしょうか。
というのも、過去の哲学者たちのなかには、物事について徹底的に考えた末に、人と違う意見やマイナーな主張をすることでインパクトを与え、歴史に名前を残している人がけっこういるんです。
それだけを見てると“哲学=変わり者”というイメージになってしまうんですね。
だけど今、哲学科に入ってくる学生で多いのは、授業や日常生活で“考えることがおもしろい”という体験をしたことがある方ばかり。
それもデータで解き明かすのではなく、自分の言葉と論理で解き明かしていけることに魅力を感じている方が多いと私は感じています。
もちろん、なかには自分が抱いた疑問にまじめに向き合いすぎて、社交的じゃなかったり人付き合いが下手という方もいるかもしれません。
でも、それは見方を変えれば、自分の考えに対して、真剣に向き合っているとも捉えられます。
私は、どんな人であれ、自分の思考に対して誠実な態度でいることはすばらしいことだと思います。(佐藤先生)
Q. もし保護者に反対されたら?
保護者に対して「なぜ、反対するの?」と哲学対話を持ちかけてみてはいかがでしょうか。
今は、小・中学校でも少しずつ哲学対話を取り入れている学校も増えており、関心をもつ子どもや保護者向けの本もたくさん出版sされています。
きっと今の高校生の親世代って、過去の思想家の影響で哲学に対して暗いイメージをもっている人も多いと思います。
ただ、今の哲学科は、みなさんの保護者が学生のころとは大きく変わっているように思います。
今の授業や学生の様子を知るためには、ぜひ保護者の方と一緒にオープンキャンパスに行ってみてください。
オープンキャンパスでは、教授が話すだけでなく在学生たちの姿も見れます。
仲間と対話をしつつ自分の哲学的な考察を発表している、在学生たちの生き生きとした姿を見てもらえれば、きっと哲学に対するイメージは変わると思います。(佐藤先生)
哲学を通じて、自分だけの言葉を探す
最後に、佐藤先生から哲学科を目指す高校生に向けたメッセージもいただいたよ!
私たちが生きる世界というのは物質でできていると思われがちですが、たとえば、「自己」「生きがい」「正義」「美しさ」など、実は世界の多くは言葉によってできているとも考えることができます。
そのなかで自分らしく生きていくためには、“自分だけの言葉”をみつけていくことが大事。
“自分だけの言葉”とは、他人から借りた言葉ではなく、自分の思考の積み重ねから生まれた自分の考えを表す言葉のことです。
近年のセクシャルマイノリティの方々に対する視線が変化しつつあるのも、その背景のh地乙には当事者や周囲の人が挙げた声、つまりその人にしか挙げられない固有の言葉があります。
同じように、自分にとって身近なものでも、まだ語られていない世界の一面や経験があるかもしれない。
言葉には社会を変える力があり、それをみつけるのが哲学のおもしろさの一つでもあります。
身の回りに何かしらの違和感、疑問を抱えている人は、きっと哲学科の学びを有意義に感じるでしょう。
いつか哲学科に進学した皆さんと、哲学対話ができることを楽しみにしています。
取材・文/郡司 しう 取材協力・監修/佐藤 邦政 構成/寺崎 彩乃(本誌)
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