そのようなご家庭に朗報です。2024年10月3日に、経鼻インフルエンザワクチンである「フルミスト点鼻液」(第一三共)が発売され、国内の病院でも利用可能となりました。注射による接種とは異なり、左右の鼻腔に1回(0.1ミリリットル)ずつシュッと噴霧してもらうだけです。少しも痛くない上に、予防効果もより高いと考えられているため、新たな選択肢として期待されています。
新しいタイプのワクチン・フルミストのメリットとデメリットを、分かりやすくまとめて解説します。
フルミスト(インフルエンザ経鼻ワクチン)のメリット
フルミストの主なメリットとして、次の3点が挙げられます。1. 痛くない
注射と異なり、鼻にスプレーするだけですので痛みがありません。真水や塩水が鼻に入ると痛いですが、フルミストの場合は鼻腔内に入っても痛みが生じないよう、あらかじめ濃度(浸透圧)や成分が調整されています。
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2. 小児の場合は、注射よりも高い予防効果が期待できる
インフルエンザウイルスは主に「鼻や喉の粘膜」から侵入して感染します。従来のように皮下注射で直接体内に入ったワクチンは、全身の体内でインフルエンザウイルスに対する免疫(抗体産生)を誘導することで重症化を抑制します。しかし、外気に接した鼻や喉の粘膜における免疫は誘導しませんので、感染自体を防ぐことはできません。それに対して経鼻液のワクチンは、鼻粘膜の表面で直接免疫を成立させるので、ウイルスの侵入を防ぐ効果が高いです。3. 効果が約1年持続するので、年1回の接種で十分
従来の注射するタイプのものは、半年ほどしか効果が持続しない上、毎年違う型のウイルスが流行するたびに違うワクチンを注射しなければなりませんでした。しかしフルミストは「弱毒生ワクチン」なので長く作用しますし、幅広い免疫がつきます。長期間にわたる感染予防が期待されます。フルミスト(インフルエンザ経鼻ワクチン)のデメリット
一方で、主なデメリットとしては、次の4点が挙げられます。1. 接種後に軽い鼻水や鼻づまり、喉の痛み、咳などが生じることがある
弱毒とはいえ「生ワクチン」は本物のウイルスそのものです。免疫力が落ちている人に与えると感染してしまうこともあります。健康でも30〜40%の人に、接種後3〜7日までに風邪のような症状が出ますが、たいてい数日でおさまります。もしおさまらずインフルエンザを発症してしまった場合は、タミフルなどの抗インフルエンザウイルス薬で治療することになります。2. ウイルスが長く鼻粘膜に残っているので、他の人にうつすこともある
1と同じく「生ワクチン」ならではの特徴です。フルミストの添付文書(取り扱い説明書のようなもの)には、「海外で実施された経鼻弱毒生インフルエンザワクチンの臨床試験において、接種25日後にもワクチンウイルスが検出されたことから、本剤接種4週間以内はワクチンウイルスが残存している可能性がある」と記載されています。
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健康な方なら気にしなくていいレベルですが、免疫力が低下している病人や高齢者、免疫が発達していない2歳未満の乳幼児、妊娠している方などが周囲にいるときは、念のため気を付けておいたほうがよいでしょう。
3. 対象年齢が2歳から19歳未満に限られる
2歳未満では安全性が確認できていないこと、成人ではあまり高い効果が期待されないことが主な理由で、対象年齢から外されています。注射が嫌いでも、大人は使えません。4. 接種金額が少し高い
薬価が決まっていないので、病院によって値段が違います。また、注射に比べると高額で、補助の有無も自治体によりまちまちです。2024年11月現在は、1回8000〜9000円のところが多いようです。フルミスト(インフルエンザ経鼻ワクチン)は、なぜ大人には効かないのか
注射タイプのワクチンは全年齢に使えるのに、経鼻ワクチンはなぜ子どもにしか使われないのでしょうか?子どもは、本物のインフルエンザに感染したことがなく、インフルエンザウイルスに対する「粘膜免疫(粘膜抗体応答)」がまだできていないケースが多いです。「粘膜免疫」の中心的役割を果たすのは、IgA(免疫グロブリンA)という抗体ですが、子どもではこの抗体がまだできていないのです。そのためフルミストを子どもの鼻に噴霧すると、鼻粘膜でIgA抗体が産生され、ウイルスの侵入を防ぐしくみが新たに形成されることで効果を発揮します。
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このため、フルミストの接種対象は2歳から19歳未満に限られているのです。注射が嫌いな大人の方は、これまでと同様、少し我慢して従来の注射での予防接種を受けましょう。
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))