英語圏で一大ブームを巻き起こしている小説が、ついに日本上陸となった。昨年5月にアメリカで発売されて以来、『ニューヨーク・タイムズ』によるベストセラーリストに1年以上ランクインを続け、英語圏で600万部を突破。書評サイト『Goodreads』では150万人が星5.0の評価を付けた、ロマンティック・ファンタジー小説『フォース・ウィング-第四騎竜団の戦姫-』(早川書房/原題:Fourth Wing)だ。すでに世界42ヵ国での翻訳と、Amazonによる実写化も決定し、第2、第3の『ロード・オブ・ザ・リング』や『ハリー・ポッター』にもなり得ると目される小説とは。担当編集者と訳者に話を聞いた。
【動画】梶裕貴が紹介、30秒で『フォース・ウィング』が分かる特別ムービー■全米では新刊発売に行列、カウントダウンパーティーの社会現象に
「本書を表する“ロマンタジー”という言葉が話題となり、アメリカで第2巻が発売された時は、村上春樹さんの新刊が発売された時のように書店前に夜通し多くの人が並び、ボジョレーヌーボー解禁時のように各地でパーティーが開かれたほどです」
全米での社会現象ぶりをそう明かすのは、日本でいち早く『Fourth Wing』に注視し、翻訳出版へと動いた早川書房の東方綾さんだ。ファンタジー小説は、一部のコアなファンに支えられている印象もあるが、同書の人気は決してマニアックなものではなく一般層まで広がっていると言う。
物語の舞台となるのは、竜に乗った騎手が魔法の力で国を守る世界。主人公のヴァイオレットは、竜の騎手の家系にありながら書記官として平穏な生活を送ることを目指す20歳の女の子。しかしある日、軍の司令官である母親から軍事大学に入って竜の騎手になることを命じられる。彼女を待ち受けていたのは、生死を賭けた過酷な訓練と命を狙われる日々。しかし勝ち気な性格も手伝って難関を次々と乗り越えていく。その先で出会う巨大な竜たちとの不思議な交流、そして過激にして熱烈なエロスが物語に彩りを与える。
日本発売と同時に開設された特設サイトに、イラストと共に熱いコメントを寄せている漫画家のコマkomaさんは、11月9日に都内で開催された読書イベントにズーム参加すると、「殺戮ハリー・ポッター」と同書をユーモラスに紹介し、会場を沸かせた。
■本書のヒットからアメリカ出版業界で確立された“ロマンタジー”ジャンル
漫画家・コマkomaさんが「殺戮ハリー・ポッター」と評したこの作品の魅力のひとつは、誰もが無理だと思う華奢な女の子が、屈強な男子たちが次々と脱落していく訓練を生き延び、気づけば誰も為しえなかった偉業を遂げるという、痛快な逆転劇であるところだ。言うなれば、近年、オンライン小説やWEBコミックで人気の「最弱ジョブの○○が実は最強だった」の展開だ。
どの世界にもハリポタにおけるドラコのようなヤツはいるもので、本書にも主人公ヴァイオレットを目の敵にし、ことあるごとに邪魔をしてくるヤツが出てくる。それがジャックだ。力こそが全てといったジャックは、か弱そうなヴァイオレットが竜の騎手を目指していること自体が気に食わない。そんなジャックの横やりをことごとくかわし鼻を明かすシーンは実に爽快で、何度やり込められても執拗にヴァイオレットを追いかけますジャックの存在は、この物語に欠かすことのできない極上の「かませ犬」と言ったところ。本書には他にもお調子者のリドック、優等生のリアム、竜の学者カオリ先生など、いわゆる学園ものに“あるある”の個性豊かなキャラクターが多数登場し、前述の読書会でも参加者が好きなキャラクターを言い合う様子もあった。
また、生死を分ける戦いを共に乗り越えたことによる「吊り橋効果」なのか、幼なじみのデインや親同士が因縁を持つゼイデンといったイケメン先輩たちと繰り広げる、ロマンス展開は本書の肝であり、“ロマンタジー”と呼ばれる所以だ。“ロマンタジー”とは、過激な官能描写を含む海外の恋愛小説を意味する「ロマンス小説」と『ハリー・ポッター』に代表される魔法や幻想の世界で物語が展開される「ファンタジー小説」の両要素を併せ持った作品を指す言葉。
ヴァイオレットのベッドシーンで高揚するあまり超能力が発動して窓ガラスを粉々にしてしまうあたりは、“ロマンタジー”ならではの描写だ。また、前述の東方さんによればこれまでにもあったロマンチック・ファンタジー小説を、 “ロマンタジー”というジャンルとして確立したのが本書だと言う。
「アメリカの出版業界では本書の影響で”ロマンタジー”がジャンルとして確立し、前述の書評サイト『Goodreads』のベスト投票では昨年新たに“ロマンタジー”部門が設けられ、2位に10倍以上の差をつけて1位になりました」(早川書房書籍編集部・東方綾さん)
ここまで激しくはないものの、やや官能的なシーンを含むファンタジー小説は、“なろう系”を筆頭に(「小説家になろう」など小説投稿サイトに投稿されたものを原作とした作品)日本でも決して珍しくはない。実際に日本では、海外の翻訳小説のユーザーだけでなく、“なろう系”を好む層にも本書は受け入れられているとのこと。翻訳を担当した原島文世さんは、「私自身も日本のライトノベルやファンタジー小説が好きなので、そういう感覚で翻訳をしました。主人公たちも若いですし、若い世代にも読んでもらえるようにということを意識しました」と話す。
実際に本書の特設サイトには、『わたしの幸せな結婚』著者・顎木あくみさん、『本好きの下剋上』著者・香月美夜さん、声優の梶裕貴さん、斉藤壮馬さんらが推薦コメントを寄せており、日本の“なろう系”及びライトノベルや声優/アニメ界隈との親和性の高さを感じさせる。原島さんは「原書版は500頁以上ありますが、読み始めると一気に読めるテンポの良さが魅力」と続ける。
■「王道は一歩間違えると陳腐に陥りがちだが、映像が見えやすく惹きつける構造」
原作者のレベッカ・ヤロスは、これまで現代ものロマンス小説を15作以上手がけて来た作家で、初めて手がけたファンタジーものが本書であることに触れ、「とにかく驚きしかない」と東方さん。
「もともとミリタリーが得意な作家なので、本書における軍事大学の構造や軍服の細かい描写はもちろんですが、まるでヘリコプターがホバリングするように空中を自在に飛び回る竜の描写は、実にリアリティに富んでいると思います」
原島さんも描写や展開のセンスを絶賛する。
「竜に魔法、学園設定に恋愛、ライバル、友情…と基本的には王道のお話で、王道は一歩間違えると陳腐に陥りがちですが、キャラクターの魅力や『え!そこで終わるの?』という組み立て方の上手さがあります。映像が見えやすく惹きつける構造で、そこが作家のセンスで、全米でウケている要因だと思います」
本国ではすでに2巻が発売されており、来年には早くも3巻が出るとのことで、日本版第2巻の1日でも早い発売が待ち望まれている本書。すでに1巻を読まれている方ならばご存じの通り、『スマホを落としただけなのに』ではないが、仲間について行っただけなのに、ヴァイオレットはなんだかエライことになって終わっており、読者の多くが次の展開を固唾を呑んで見守っている状態。言わば1巻は『竜騎手学校編』であり、今後も様々な『〜編』と続いていくことが予想される。Amazonの実写化も映画ではなく、ぜひとも連続ドラマを期待したい。
日本版は今年9月の発売直後から、ブックファースト、ジュンク堂書店、丸善といった大手書店の都内一部店舗の「文芸書ランキング」TOP10にランクイン。今後の動向に注目が集まる。
(取材・文/榑林史章)
動画を別画面で再生する