『PUI PUI モルカー ザ・ムービー MOLMAX』が11月29日から公開中。本作は2021年1月より放送され大ヒットしたテレビアニメ『PUI PUI モルカー』の、完全新作となる劇場版だ。
後述するように、本作には元のテレビアニメ版とは大きく異なる特徴がある。だが、そのどれもが「正解」だと思えるアプローチであり、スタッフの「モルカー」というコンテンツおよびキャラクターへの愛情とリスペクトも存分に伝わる、さらには現代で語られるべき物語にも涙する、すばらしい映画だったのだ。
原案・総監修の見里朝希の公式コメント「制作陣のモルカーに対する解像度の高さと愛情を感じ『これも一つの表現として素敵だ!』と思える作品になったと思います」を全面的に信頼していい。その具体的な理由を、3つのポイントに分けて紹介しよう。
●1:CGで再現したストップモーションアニメおよびモルカー「らしさ」
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テレビアニメ版最大の特徴は、「ストップモーション」のアニメであることだった。ストップモーションは人形や小物を撮影し、ちょっとだけ動かして撮影して、またちょっとだけ動かして撮影して……という工程をひたすらに繰り返す手法のことだ。だからこそ“フェルト”で作られたモルカーの質感のあたたかみや、本当に「ある」と思える世界の作り込みも魅力となっていた。
対して、今回の『ザ・ムービー MOLMAX』はCGアニメとなっている。何しろストップモーションアニメは作るのに膨大どころではない時間と労力がかかるため、長編映画の制作上の都合としても、CGアニメへと切り替えた理由には納得できる。だが、「モルカーの魅力が失われてしまわないだろうか」と心配している方も当然いるだろう。
しかし、実際に出来上がった映像を見ると、それはまったくの杞憂だった。まるで手描きのような色味やあたたかみ、トコトコと走るモルカーの愛らしさ、人間(人形)のいい意味でカクカクとした動き、さらには「ワイルド・スピード」シリーズに影響を受けたと思われるカーアクションそれぞれで、ここまで元のストップモーションアニメおよび「モルカー」の「らしさ」を作り出せるのかと、それ自体に感動したほどなのだ。
●2:人間がしゃべることの意義、そして大塚明夫と相葉雅紀のハマりぶり
元の「モルカー」のもうひとつの大きな特徴は「セリフもナレーションもなし」であること。説明がなくても、モルカーのいじらしさが伝わる感情表現、社会風刺をした物語、命がないはずの“モノ”が生きているように見えるアニメの根源的な魅力、主体的に作品の考察ができる面白さがあった。
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対して、今回の『ザ・ムービー MOLMAX』では、人間(人形)のキャラクターが思いっきりしゃべっている。こちらもまた「モルカー」らしからぬ表現だと思うかもいるかもしれないが、やはりまったく心配はいらない。むしろはっきりと人間の心情を語ることが、「行方不明になった相棒のモルカーの行方をみんなで探す」シンプルな物語の魅力にもつながり、後述もする「AIの功罪」という社会風刺をも強固にしていたのだから。
そのしゃべる人間のひとり、ニンジン農園の農場主を演じるのは大塚明夫。渋くてカッコいい声質は言うまでもなく、相棒のモルカー「ドッジ」を心から案じる気持ちや、他のモルカーたちが協力してくれることへの感激が、演技を通してひしひしと伝わってくる。さらに、その中に垣間見える「涙もろさ」はキャラクターに深みを与え、観客の共感を誘う。作中で繰り広げられる「なんでこんなことに?」な状況では、観客の気持ちを代弁するように的確なツッコミを入れる場面もあり、彼の存在が物語をより楽しみやすくする効果を生んでいた。
AIIモルカーの開発者にして、ベンチャー企業のCEO役の相葉雅紀もすばらしい。彼からは「この世界をより良くしたい」という実直さが確かに伝わる一方で、ときに寂しさや、はたまた生真面目だからこその危うさもあり、いい意味で「この人、大丈夫かな……」と心配もしてしまう役柄に、相葉本人の優しそうなイメージも手伝ってか見事にハマっていたのだ。
ここでは伏せておくが、脇のキャラクターにも豪華声優陣が出演しているので、前もって調べておくか、またはエンドロールの名前を見て驚く楽しみ方もおすすめだ。
●3:AIモルカーが登場する意義と、やっぱり人間はゴミな認識の納得度
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さらに、今回の『ザ・ムービー MOLMAX』では、「ハイテクなAIのモルカー」が登場し、ドライバーたちは次々と最新鋭の「AI(あい)モルカー」に乗り換えていく、という描写が冒頭から待ち受けている。そう、この2024年に現在進行形で語られている、「既存の仕事や概念がAIに取って代わられる」様をストレートに描いているのだ。
AIが人間の脅威となるSF作品はこれまでも数多く作られているし、今回の『ザ・ムービー MOLMAX』にもその側面はあるのだが、それだけではない。前述した相葉演じるCEOは善意でAIモルカーの開発に挑んでおり、味方になるAIモルカーの力もあって冒険を繰り広げる展開もあるため、AIを「悪」だと決めつけることもしていない。むしろ、AIの知見をアップデートするようなアクロバティックかつ誠実な結論が導かれる様は、AIを扱った物語として「最新」とさえ思えたのだ。
さらには、AIを物語の主軸においたことで、「人間」の強烈な風刺にもつながっている。元のテレビアニメからして、「モルカーはこんなにかわいいのに人間はゴミ」「民度がゴッサムシティ(『バットマン』シリーズに登場する腐敗した都市)」とやゆされるほど、人間の愚かさが描かれた作品だった。今回ではさらにAIの便利さにかまけてモラルがさらに低下した人間像が描かれるので、「人間はマジでゴミだな」と思わせる場面までアップデートされている。
しかし、それだけではもちろん終わらない。ネタバレになるので詳細は伏せておくが、本作は映画『アイの歌声を聴かせて』にも通ずる、人間とAIの関係、それぞれの認識について、とある尊く感動的な展開を用意してくれていたのだから。
●まとめ:ファンサービスも、万人向けエンタメとしての完成度も申し分なし
他にも、ファンサービスが行き届いていることも特筆すべきだろう。テレビ版の人気キャラクターや、印象的なシチュエーションが登場してくれることだけでうれしいのだが、それらが「単に出しただけ」でなく、「このときのコレがこうなるのか!」と驚きのアイデアにつながり、かつ映画独自の物語にもしっかり融合していたことにも驚かされた。「ファンサービスと物語の整合性を両立させる」映画としても理想的だろう。
わずか69分の上映時間にテンポよく見せ場が詰まっているため、「モルカー」のことを知らなくても、子どもから大人まで楽しめるエンタメとしても申し分がない。かなり「攻めた」作劇もあるため、穏当な内容を期待していた人にとってはびっくりするか、混乱してしまうかもしれないが、「ここまでやるのもモルカーだ……!」と個人的には納得できた。
ギャグもキレキレで、未就学児が喜びそうな「う○ち」ネタ(でも汚くはない)もかわいらしくて楽しいし、大塚明夫ボイスである芸能人の有名なセリフを絶妙なタイミングで繰り出したことにも大笑いした。
なお、監督のまんきゅうは映画 『すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』やテレビアニメ『ミギとダリ』、脚本家の柿原優子もテレビアニメ『はたらく細胞』や映画『トラペジウム』などで高い評価を得てきた。今回の『ザ・ムービー MOLMAX』で、元の作品への愛とリスペクトを、これでもかと詰め込むことができたのは、その両者の手腕はもちろん、スタッフたち全員の尽力のおかげだろう。
いずれにせよ、ストップモーションからCGになったことも、人間のキャラクターがしゃべることも、現代的なAIを物語の中心に据えたことも、それぞれが挑戦的なアプローチながら、見事に作品のクオリティーに結実し、「モルカー」というコンテンツが持つ魅力そのものにもつながっていることが、あまりにすばらしい。もうこれ以上、言うことはない。すべての「モルカー」ファンが見に行くことはもちろん、万人向けのファミリー映画として多くの人が劇場へ足を運ぶことを期待している。
(ヒナタカ)
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