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■手塚治虫の驚異のサイン術
“漫画の神様”手塚治虫の凄さはどんなところにあるだろうか。戦後日本のストーリー漫画の開拓者であるなど様々な観点から語られることが多いが、筆者は「とにかくサインがうまいこと」を挙げたい。筆者の妻は漫画家であるが、サインを頼まれるたびに時間をかけて苦労しながら描いている。漫画家のサインはイラストが添えられることが多いため、普通なら完成までに時間がかかるのだ。
ところが、ファンサービスが旺盛であった手塚は、その場で複雑なイラストを描き上げてファンに渡していたのである。構図が毎回違うのは当たり前。『鉄腕アトム』のアトムや『ジャングル大帝』のレオが一枚の色紙に描かれるといった具合に作品の枠を超えたコラボも多かった。和菓子屋にサインを頼まれたら、例えばアトムが店の名物を味わっている構図で絵を描くこともあった。
■ファンサービスが神すぎる
手塚治虫ファンクラブが発行した『手塚ファンmagazine 114号』には、実際に手塚のサイン会に参加するなどして、サインを入手した読者からの投稿が多数寄せられている。手塚の死後数年後に発行された冊子ということもあってか、リアリティあふれる投稿ばかりでサイン会の臨場感が伝わってくる。いくつか抜粋して紹介してみよう。
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手塚は、ファンが過去の単行本を持参し、「こういう構図の絵を描いてください」とお願いするファンの無茶ぶりにも応じてくれた。『リボンの騎士』のサファイアをリクエストされると、サービスでユニコを隣に描き加えてあげたこともある。アニメ化もされた『どろろ』の百鬼丸を頼まれた場合は、“原作”と“アニメ”の絵のどっちを描いて欲しいか、聞いたという。いずれも、手塚の“神対応”ぶりが感じられるエピソードだ。
■即興で複雑な構図が描ける
最近、Xでも手塚のサイン会でのエピソードが話題になっていた。例えば、「サファイアにキスをされて照れている手塚治虫」など、どう考えても図々しいお願いであっても不満も言わずに応じていたという。過去に「まんだらけオークション」でヒゲオヤジに殴られる手塚が描かれた色紙が出品されていたが、これもファンの要望に応えたものだと推測される。それにしても、手塚の頭の中にはリクエストを受けた時点で完成形が思い浮かんでいるに違いない。
手塚はよく講演会も行ったが、ステージには決まって模造紙が用意され、その場であらゆるキャラクターを即興で描くのが定番のパフォーマンスになっていた。完成したイラストはサインが添えられ、来場者にプレゼントされている。そういったイラストも現存しているものが多く、講演会場の熱気が伝わってくる歴史資料となっている。
■手塚治虫は遅筆ではない
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手塚治虫といえば、原稿を描いている最中に雲隠れをするとか、わがままばかり言ったというエピソードが有名で、締切破りの常習犯というイメージがついている。しかし、手塚は決して遅筆ではない。ペン入れの速度はとんでもなく早いのである。『浦沢直樹の漫勉neo』の手塚治虫回でも引用されたドキュメンタリー『手塚治虫 創作の秘密』の映像を見ると、凄まじい勢いでペン入れをしているのがわかる。
そんな手塚でも物語を考えるためには時間を要し、さらに原稿をギリギリまで描き直すなど完成度にこだわり、さらに単行本化される時にも加筆修正を行っていた。そして何より仕事を受けすぎるため、何本もの連載を並行しながら原稿を描いていた。常に締切に追われていたのだから、遅れるのは当たり前なのである。
そんな多忙なスケジュールの合間を縫って描かれた、手塚のサイン色紙。手塚の天才的な能力を物語る、貴重な文化遺産と言っていいだろう。
(文=山内貴範)
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