最低限の仕事しかしない「静かな退職」という働き方が一部で広まっている。マスコミ企業に勤務する増田さん(仮名、50代男性)も、その一人のようだ。勤続20年以上、年収は1100万円と、恵まれたポジションにいるが、「静かな退職」を実施中だという。
「始めたのは10年ほど前からですが、完全に割り切って移行したのは4〜5年ほど前からです」
編集部は増田さんに、「静かな退職」に至った経緯や、会社での過ごし方を聞いた。(文:天音琴葉)
異動をきっかけに……もっと自分の生活を大事にしたい
「10年ほど前まで、経営戦略室に勤務していました。多岐に渡る仕事ながら興味を持って意欲的に取り組んでいましたが、組織改変で部署が一旦消失したため、異動になりました」
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こうして経理部門へ異動した。現在も予算管理や税務を担当しているが、「実は嫌いな仕事です」とこぼし、その理由を次のように語る。
「年2回の決算期などは休日出勤もあり、有給休暇は取れず趣味のイベント参加等が制限されるのが一番の理由です。有休は100%消化していますが、もっと私生活の時間を大事にしたいです」
このほかにも、自分の仕事が終わっても帰れず、終わってない社員を手伝うなどの職場風土に負担を感じている。同僚とも馬が合わないようだ。
「私自身も一般の人よりは数字に細かいのですが、もっと几帳面で真面目な人間に囲まれてウンザリしている側面もあります」
しかも経理部門に勤務するのは2回目だという。1回目は数十年も前だが、当時と比べて仕事内容がほとんど変わっていないこと、それなのに評価制度が変わったことにもげんなりしている様子。
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「会社の目標をブレークダウンした部署目標について担当ごとに目標設定を行い、その達成度を本人と上司が話し合って評価を決める制度です。評価は6段階で会社や上司の期待を上回れば優秀、期待通りなら普通、もう少し頑張れとなればやや悪いとなります」
成果主義的に評価されるようになったようだ。それらを評価する上司にも不満があるようだ。
「加えて年下が上司になったのでアホらしくなりました。最初は一つ下でしたが、昨年から10歳以上も年下になりました」
こうして「極力、言われた仕事しかしなくなった」とし、人事考課シートにも、「経理に興味がない、向いてない、能力もない」と自己評価を記入し続け、いつでも休めそうな部署へ異動を希望している。
「上司は最初は困惑しておりましたが、経理は苦手で、興味も失っていると話を重ねて、納得はしてもらいました」
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名称を偽装したファイルでプライベートの情報を管理
定時は10時から18時だが、9時半前後に出社するという増田さん。
「時々朝から仕事をしていることもありますが、自分の家計簿や投資状況を作成して管理作業をしていることが多いです」
そして1日の業務時間のうち、3割以上の時間を趣味に充てている。
「繁忙期以外は、仕事するフリして趣味や遊びに行く計画を練ったり、もはや日課となっています。パソコンやスマホに名称を偽装したファイルがあり、ネットサーフィンで情報収集しながらプライベートの計画を書き留めたりしています。趣味関係のオークションの物色などもしています」
最近は滅多にしないものの、以前は勤務中に株式投資をしていたことも明かした。終業時間は18時だが、
「うちは夕食の準備がのんびりしていて20時前に帰宅しても意味がないため、周囲に合わせてほどほどに残業するフリをしています。19時から20時の間に会社を出ています」
と1日の過ごし方を語った。周囲に「静かな退職」を気づかれていないのだろうか。
「気づいていないのではないでしょうか。そもそも自由な社風ですし、仕事の締め切り、会議や来客の予定さえ守れば、席にいなくても咎められることはありません。そもそも一昨年までは評価は標準より上でしたし、業務目標に対する成果は出していました」
子どもが大学を卒業、上場企業に就職したことも後押し
前述の通り、増田さんが「静かな退職」を始めたのは10年ほど前からだが、それよりもだいぶ前に、仕事よりも趣味や家族のために生きていこうと方向転換した出来事があった。
当時30代半ばで、仕事中心に生きるという選択肢もあった。だが……
「その頃、給与計算の仕事を担当していました。他の人の給与を見て、出世した場合とそうでない場合の具体的な差を把握できました。すると驚くほどの差がつかないことに気がつきました」
出世しても給与的にはあまり意味がない。この経験も後の「静かな退職」に繋がったようだ。さらに現在50代後半の増田さんは、「今年からはさらに仕事をしないようにしている」とも話す。
「ある年齢以上になると、最高位の管理職以外の社員は、強制的に役職を解かれる上、さらに2割以上の減俸となります。ちょうど今年、私はその年齢に達しました」
前年までの年収は1300万円ほどだったが、今年から減俸され、来年には年収1000万円になるという。それでも高収入だが、300万円も減ったらモチベーションを保つのが難しくなるのも無理もない。
「正当に評価されてないと思うこともあったり、会社に対して不信感を抱くことが増えました」
さらに、勤務先が「昇進昇格で滞留してもリストラはない」「世間よりは給与水準が高い」と恵まれていたこと。ほかにも、
「住宅ローンも人より早めに返済が終わっており、ある程度の財産もでき、子どもも大学を卒業して、上場企業に就職したことも大きい要因だと思います」
という金銭面での余裕が、「静かな退職」を大きく後押しした。仕事のやる気はないが、プライベートは充実しており、トータルでは満足しているとのことだ。
「妻とは良好な関係で、毎日会話が絶えませんし、週末は一緒に出かけたりしています。息子は就職して離れて暮らしていますが、私の影響を受けて同じ趣味の仲間のような関係です。時々同じイベントに出かける仲です。仕事上の地位や情熱がないことを除けばすごく幸せな状態だとは思っています」
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