インバウンド需要で「シニア求人」が急増中。高齢者の活用はオーバーツーリズムの解消につながるのか

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2024年12月30日 09:21  日刊SPA!

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人生100年時代。「人生最後の職場を探そう」と、シニア転職に挑む50、60代が増えている。しかし、支援の現場ではシニア転職の成功事例だけでなく、失敗事例も目にする。今回はシニア専門転職支援会社「シニアジョブ」代表の中島康恵氏が、インバウンド需要によるシニア求人の増加について紹介。「シニア人材の活用によってオーバーツーリズムの解消ができるか?」という点について考えてみる。
◆シニア人員投下でオーバーツーリズムは解消できる?

 昨今はオーバーツーリズム(観光公害)の話題が日常的に報道されるようになっている。以前は訪日観光客が押し寄せる様子は、史跡の多い京都や電化製品などの“爆買い”に象徴される秋葉原などが目立っていた。しかし、現在では都市部から地方まで、高級飲食店から登山の現場まで外国人“だらけ”の様子とトラブルが報道されている。

 こうしたオーバーツーリズムの報道では、主に訪日観光客のルールやマナー違反によるトラブルをいかに防止するか、あるいは過剰な観光客数を受け入れ可能な数に抑制できないかの議論が主流だ。

 一方で、日本の受け入れ体制として人員から設備まで、量・質ともに十分ではないという側面もある。オーバーツーリズムというよりも人口減少や働き方改革の文脈で語られることが多いが、特にホテル・旅館、飲食店や、タクシー、バスなどでの人手不足は極めて深刻だ。

 では仮に、観光や旅客運送に関わる十分な人員体制を整えられたとしたら、オーバーツーリズムを解決することはできるのだろうか? 今回は実際に観光の現場などに多くのシニア人材を紹介している筆者が、シニア人材でオーバーツーリズムを解決できるのかを考察する。

◆急増する飲食関連のシニア向け求人

 実際にインバウンド需要によるシニア向けの求人は、最近、急拡大している。特に多いのは飲食関連の職種だ。観光地の飲食店からホテル・旅館の厨房・レストランまで、調理やホールの求人が多く寄せられる。

 訪日観光客向けに強気の価格設定がなされた、いわゆる“インバウン丼”と呼ばれるメニューが話題を呼んだが、シニア向けの求人を出す飲食店やホテルの中にも、訪日観光客を狙ってか高価格帯のお店が実際多い。

 ほかにもインバウンド需要によるシニア求人への影響は出ている。訪日観光客に人気のメニューを出す外食チェーンのセントラルキッチンなどもそうだが、病院・介護施設の調理にも実はインバウンドの影響がある。インバウンド需要に他の人材が回った結果、病院・介護施設の調理人員が人手不足になり、求人が増えたのだ。

 一見、関係なさそうな現場へのインバウンドの影響としては、清掃でのシニア求人増加もその一つだ。駅、ホテル・旅館、観光地などの清掃需要増を受け、介護施設などを含めた業界全体での求人増加につながっている。

 では、こうしたインバウンドで求人が増えゆく職種に、もっと大量に人材を送り込んだならば、オーバーツーリズムの解消につなげられるのか?

◆シニアの戦力は意外に高くても数は揃わない

 残念ながら、いくら即戦力のシニア人材を多数、送り込もうとしても、オーバーツーリズムを大きく変える結果にはならないだろう。なぜならば、若者よりも人口が多そうなシニアとはいえ、有能な経験者の数はそう多くはなく、ミスマッチが起きるからだ。

 日本の旅行・観光業を構成する法人の多くは小規模だ。一部にはもちろん、大手ホテルグループや大手旅行代理店、大手タクシー会社などがあるが、小規模・零細事業者出身シニアの場合、そもそも大手の求人には興味を持ちにくく、大手が中途採用する場合にも再教育のコストが高くつきやすい。

 例えば、田舎の小さな家族経営の民宿のオーナーを思い浮かべてみよう。料理の腕も、接客のホスピタリティも高いかもしれないが、数十人分の料理を作るホテルレストランの厨房とは求められるスキルが異なる。そもそも小さな民宿のオーナーが宿を閉じる時はいよいよ限界のタイミングであり、そこから再就職などしないだろう。

 実際、私たちがシニア料理人の人材紹介を行う中でも、腕が一流なだけでなく部下の採用にも十分な経験のある料理長候補のシニアについては、コロナ禍からの日常回帰の序盤で一度枯渇しかけた。現在はまた転職希望者の確保が進んでいるが、企業が求めている経験・スキルを持った人材が無尽蔵にいるわけでないことには注意が必要だ。

 シニアであっても再教育しなければならないとすれば、未経験・経験の浅い若手や外国人に対するシニア人材のアドバンテージはなくなる。それとともに、教育や修行の期間を経ずに、採用から短期間で訪日観光客対応の最前線を任せるといった運用はできないということになる。

 完全な即戦力でなくても、例えば外国語に堪能なシニアなど、異業種出身者に多少のリスキリングを提供して、観光業に就業してもらえばいいのではという発想もあるかもしれない。だが、能力や経験のあるシニアがいても、求人が多い職種に就きたいわけではない。

 これは外国語に堪能なシニアだけでなく、タクシーやバスのドライバー、料理人でも見られる現象だ。特にタクシードライバーについては、過去に私たちが行った調査で、転職サイトに登録しているタクシー乗務経験のあるシニアの100%が「タクシー乗務はもうやりたくない」「他の仕事に就きたい」と希望する結果が出た。

◆1社の救世主にならシニアでもなれる?

 一部のシニア人材のスキルだけを見れば、長期間の教育を提供しなくとも入社当日から訪日観光客を唸らせるような高級和食を調理できるシニアもいれば、外国人に適切な説明を行い、ルールとマナーを守ったスムーズな観光を提供できるシニアも確かに存在するだろう。

 だが残念ながら、そうした有能なシニアはレアキャラであり、日本のオーバーツーリズム全体を解決できるほどの人口ではないのが実際だ。とはいえ、1社単位で見ればその戦力は大きく、シニアであってもすぐに採用が決まるのも納得である。

 最後に希望のあることを述べるとすれば、AIなどの技術革新が進み、国も様々な規制緩和などの施策を打ち出しているため、オーバーツーリズムの現場も刻々と変わっている点が挙げられる。

 例えばライドシェアや、ホテル・旅館、またはガイドなどが自家用車で観光客を案内することも可能になっているため、こうした分野でシニアを積極的に活用することで、日本の人材不足とオーバーツーリズムの対策になっていく可能性は十分にあるのではないだろうか。

【中島康恵】
50代以上のシニアに特化した転職支援を提供する「シニアジョブ」代表取締役。大学在学中に仲間を募り、シニアジョブの前身となる会社を設立。2014年8月、シニアジョブ設立。当初はIT会社を設立したが、シニア転職の難しさを目の当たりにし、シニアの支援をライフワークとすることを誓う。シニアの転職・キャリアプラン、シニア採用等のテーマで連載・寄稿中

このニュースに関するつぶやき

  • マナー皆無な中国人観光客の相手など、若手もシニアもイヤだろうよ。
    • イイネ!11
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