テーマに廃墟、巨大工場、珍スポット、戦争遺跡、赤線跡など全国に存在するリアルな《異空間》《異界》スポットを紹介し続ける旅行マガジン『ワンダーJAPON』。当連載は、編集長である私、関口 勇がこれまで誌面で取り上げたなかでも、「特にインパクトが強かったスポット」をピックアップしたうえ、順次紹介していくものだ。
今回取り上げるのは、愛知県の知多半島南端、豊浜港を見下ろす標高80mほどの低山(「白龍山」とも呼ばれていた)にある「貝殻公園」。公園といってもブランコやすべり台があるわけではない。広々とした野原にテーブルや東屋、船の形をした展望台、観音像や神社、大砲やひょうたん型の塚が配置されているといったしろもの。あまり子供向きではない。
◆無数の貝殻がびっしりと埋め込まれている…
展望台など一部鉄骨が使われているが、非常に不思議なのはコンクリートの表面に無数の貝殻がびっしりと埋め込まれている点だ。こういうドット状の模様が無数にあるとゾワゾワする。
ハスの果托(ハスの実が収納されるシャワーヘッドのような形のもの)なんかもそう。集合体恐怖症(トライポフォビア)と呼ばれるものだ。幼少期に図鑑などで毒蜘蛛や毒蛇の斑点模様を目にしたり、天然痘や麻疹など感染症により皮膚にできたブツブツなどを見た記憶がよみがえるのか、「不快感→近づいたら危険」という自己防衛心理が働くのではないかと言われている。
◆約20年間明け方2時半から山に登り…
そんな貝殻尽くしの公園は、誕生したきっかけもミラクルだ。地元、豊浜の漁師である山本祐一さん(1894〜1987)がある日、白山大権現に仕える龍神の化身である白蛇と光輝く貝殻の夢を見る。1955年(昭和30年)正月、還暦になった頃だ。
かつてこの白龍山に白蛇を奉る神社があったことを思い出した山本さんは、それから約20年、1日も欠かさず「もっこ」という天秤状の運搬具を担いで明け方2時半(!)から山に登り、麓から貝殻や砂利、セメントを運んで神社を建て、公園を整備したという。
ここも「布袋の大仏」(愛知・高さ18mのセルフビルド系大仏)や「岩龍神」(鹿児島・山の斜面に浮き出た岩を利用して全長150mの龍を制作)など全国にあまたある夢のお告げでつくられた物件の1つだ。
◆「馬鹿げたことをしている」→のちに熱意と努力が認められた
途中からは息子の山本良吉さんも作業を手伝うようになったそうだが、20年間無休で作業というのは常軌を逸している。フランスの片田舎で郵便配達員シュヴァルが、拾った石をコツコツ積み上げ33年間かけて完成させた「シュヴァルの理想宮」を彷彿させる。
当初シュヴァルは変人扱いされていたが、山本さんもやはり「馬鹿げたことをしている」と悪口を言われたりもしたのだとか。ただ、着工から16年後には貝殻公園展望台竣工に事業費500万円が予算として計上されているので(南知多町が合併10周年で制作した記念誌)、いつしか山本さんの熱意と努力を多くの人が認め、町を上げて応援することになったのだろう。
再建された神社の鳥居は、よく見れば左右の柱で貝殻の大きさを揃えている。扁額は2匹の白蛇をあしらっている。また魚の形をしたテーブルは貝殻で鱗や歯まで再現されているなどとても凝った作りなのも必見だ。
屋外にあるコンクリートは経年でどんどん黒ずんでいく。一方、貝殻は炭酸カルシウムが主成分。石灰なので白い。貝殻によっては裏側が真珠層を構築し光沢のあるものもある。貝殻公園ではアワビやホタテなどさまざまな貝殻が埋め込まれているのだが、黒ずむ一方のコンクリートに対して、貝殻はいつまでも白い輝きを失わず対比が美しい。もしもそこまで計算して作ったとしたら天才だと思う。
なお、ベンチの表面が細かい貝殻で座りにくかったり、テーブルの端が貝殻で鋭利となっていてケガしそうなのはご愛嬌。取材した2022年3月には、車10台分の無料駐車場ができていたのでバイクや車で行かれるならそちらがオススメ。そこから十数分歩くが、高低差はあまりない。もちろん港側から徒歩でアプローチすることも可能だ。
<取材・文・撮影/関口勇>
【関口勇】
『ワンダーJAPON』編集長(フリーランス・発行元はスタンダーズ)。廃墟、B級スポット、巨大構造物、赤線跡などフツーじゃない場所ばかり紹介。武蔵野美術大学非常勤講師。X(旧Twitter):@isamu_WJ