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各界の第一線で活躍する方々に、2024年に読んだおすすめの書籍を紹介してもらう企画「2024年、なに読んだ?」。第二回目に登場するのは、人気小説家の今村翔吾だ。
著書『イクサガミ』シリーズが岡田准一主演・プロデューサー・アクションプランナー、藤井道人監督によってNetflixで実写ドラマ化発表され、東京・神保町にシェア型書店「ほんまる」をオープンするなど獅子奮迅の活躍を見せている今村氏。11月にはシリーズ最新作『イクサガミ 人』が発売され、最終巻『イクサガミ 神』が2025年に刊行予定だ。
小説家として、経営者として――心惹かれた3冊から、今後の展望まで語っていただいた。
――今村さんが2024年に読んだ本の中でおすすめの本を教えてください。
今村:1冊目は、小説の資料として買ったけれど面白くて読み込んでしまった『織豊期主要人物居所集成』です。「織田信長や豊臣秀吉といった歴史上の重要人物がこの時どこにいたか」という足跡を記録に残っている範囲で追った事典です。信長は、前半は仕事人間だったけれど後半は今でいうところのサロンや交流会、パーティの仕事が増えて現代のキャリア変遷と同じだな等々、様々な部分が見えてきます。不明の部分は書かれていないため、僕は「その隙間に何があったか?」を想像しながら小説を書いています。
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2冊目は、僕が選考委員を務めている角川春樹小説賞の大賞受賞作で、愛野史香さんの『あの日の風を描く』。自分がいよいよ選ぶ側に回りました。さらに自分以来の久々の満場一致での大賞選出だったということもあって縁を感じます(笑)。小説界は常に新しい才能が出てくるなと実感した作品でもありました。美大生が仲間と共に襖絵の修復を行う物語ですが、自分がF1のように最後のコーナーで一気にアクセルを吹かす特徴があるのに対して、この小説はテスラやプリウスみたいに静かだけれど結構速度が出ていて、気づいたら終わっているような読後感がありました。こうした違うタイプの才能に出会えるのも、新人賞の面白いところです。
3冊目は、大河ドラマ『光る君へ』の時代の超一級資料『小右記』の現代語訳版。藤原実資の日記ですが、「今日は雨が多い。終わり」みたいに明らかに書くテンションが低い日があったりして面白いです。映像を通して歴史を好きになってもらい、本を手に取るのはとても良い流れだと僕は思っています。「光る君へ」をきっかけに「源氏物語」を読んだ、という話はよく聞くので、別のベクトルとして「小右記」もオススメしたいです。
◾️作家業はスポーツ選手のような感覚
――新人賞のお話がありましたが、今村さんは普段どうやって新刊の情報をキャッチして、読む本を選ばれているのでしょう。
今村:僕自身が書店を経営していることもありますが、やはり書店を歩くのは情報をキャッチアップするのに有効な手段かと思います。並行してネットでバズっているものもチェックはしていますが、書店という本の海を歩いているとふと目の端にとまり、他の人には光らない本が自分にはピカッと輝いて見えるパターンがあるのです。
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特にビジネス書や実用書などは、書店のコーナーの前面で紹介されている表紙のタイトルを読むだけでも「いま皆が何を欲しているか」が大体わかります。ある時は猫も杓子もNISAでしたし、最近だと財務省がテーマのものが多い気がします。逆に、どの世代でも「健康」という切り口は手堅いなという傾向が感じられたり、書店に行くといまの世相が見えてくるところがあります。
また、本の作り方に関しては年々速度が上がってきた感覚です。恐らくAI等を活用している口述筆記形式も増えてきましたし、いま話題になったものが本になるまでがどんどんスピードアップしています。システム面の整備もそうですが、人間の気持ちとしても「すぐやらないと乗り遅れる」という感情が強まっていて、流れを速くしているように思います。
――気になっているジャンルはありますか?
今村:やはり、自分がいる「歴史」「時代」ジャンルが気になります。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが――小説業界はスポーツ業界に比べれば若干ぬるいところがあると思っています。競争意識、飢餓意識、生存本能が弱いように感じていて、その理由は一度作家になってしまうと10年新刊が出ていなくてもふわっと作家でいられるから。スポーツ選手だったら、プロになれても2軍だったらなかなか試合には出られないし、ある日突然戦力外通告をされるときもありますよね。僕はどちらかというとスポーツ選手のような感覚が強くて、自分がスタメンで出たいし、チャンスがあれば世界にも行きたいし代表戦にも出たいタイプです。そういった意味では、常に自分とポジションが被る作家の1番は誰なのかは気にしています。
◾️『イクサガミ』は映像化を狙った作品
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――今村さんにとって、2024年はどんな年になりましたか?
今村:出版業界にまで話を広げると、「出版不況」と言われたこの30〜40年間の延長線上にあった2024年でした。経済産業省が支援を打ち出したものの、まだ反転攻勢までは至っていません。その大きな理由は、出版業界に限りませんが――やはり一度停滞すると閉塞的になって改革が起こしづらいところにあると思います。その中で自分は「そんなこと言っててもしゃあない」と思って動き続けた1年でしたが、「一緒にやりたい」と言ってくれる仲間が多く現れました。座って考えるよりも、動きながら考えた先に仲間や知恵、アイデアがあるんだというメッセージを改めて感じました。
――先日も株式会社arDESIGNへのM&Aを発表されていましたね。
今村:今現在も、何社かとM&Aの交渉中です。自前でなんとか構築しようとするのではなく、「任せる」「頼る」「一緒にやる」仲間集めに力を注いだ1年間でした。他社が長年培ってきた技術を我々が一朝一夕で獲得できるはずがないため加わってもらうという考え方自体はビジネスでは主流ですし、実際にM&A市場はここ3年ほどで急激に加速しています。人を集めることは知識を集めることですから、知識のある人が加わることで外注するときのぼったくりを回避できたり、交渉力に圧倒的な差が出てきた実感もあります。ただ、作家の事務所でそれをやろうとするところはウチくらいかもしれません。
この流れで2025年の話をすると、来年はまた一店舗「ほんまる」を出すことになるかと思います(本を売りたい人に書棚を貸し出すシェア型書店)。思いのほか誘致が多く、しかも市町村から大手デベロッパー、電鉄系などあちこちからお声がけいただいており、この半年間は現地を視察したりハード面・ソフト面の精査や選定を続けていました。嬉しかったのは、出版業界以外の人たちが手を挙げて下さっていること。しかも零細企業から大企業までと幅広く、「赤字になっても構わない。書店は文化として必要なんだ」というくらい熱量をぶつけて下さる方々もいらっしゃいます。僕は当初こそ出版業界の中だけでなんとかしようと思っていましたが、幕末的にいえば開国して、様々な人たちの力を借りながら出版業界を立て直していきたいと思っています。
また、arDESIGNのM&Aもそうですが、作家事務所からぬるっと会社になった自分たちをいよいよちゃんとした、かつどこにもない業態の企業にしていきたい想いが強くあります。いまはシステムを開発中なので、一つでもローンチするところまで持っていければと思っています。
そして、本業の作家業に関しては「いよいよ俺の年が始まるぞ」という感じです。世界に行けるかどうかの5か年計画の1年目が2025年なので、絶対に外したくないですね。Netflixシリーズ「イクサガミ」頼むわ〜と思っています。もちろん自分だけではなく、藤井道人監督と岡田准一さんのパワーあってこそですが。
――『SHOGUN 将軍』の世界的ヒットは追い風ではないでしょうか。
今村:『SHOGUN 将軍』はとても好きですが、どちらかというと純文学的な要素もあり、ホワイトカラーの人たちが好きそうな気がしています。『イクサガミ』はブルーカラーというか労働者階級まで楽しめるエンタメになればと期待しています。ちなみに僕は、最初から「Netflixに映像化してもらおう」と思って傾向やトレンドを研究したうえで書いていました。「何がいま欲されているか」を感じる力は、今後も鍛えていきたいと思っています。
書店経営も会社の展開に関しても、第一線で活躍しているクリエイターが行うからこそ説得力が生まれてくるかと思うので、自分自身の作家としてのクオリティを落とすわけにはいきません。ライバルたちと戦って心を削って頑張っていくつもりです。
◾️モチベーションを保つコツ
――その無尽蔵のモチベーションは、どこから来るのでしょう。
今村:これは皆さんがおっしゃることかもしれませんが、ある程度欲しいものを手に入れても飽きてしまうんです。人と出会うこと、誰かと何かをやる喜びにはまるで勝てません。そういった意味では、自分にとって趣味の延長線にあるようには感じます。そのうえでモチベーションを保つコツとしては、次の次の目標まで常に考えていくことでしょうか。例えば直木賞を獲る前にその次を考えていたことで、ロスに陥りませんでした。会社で言うところの事業計画のようなものかもしれませんが、先々にワクワクする計画をアンカー的に配置しておき、その連鎖でここまで来たように思います。
自分は元々フットワークが重いタイプでしたが、作家になって残りの人生が30年あるかないかと思ったらこのままではダメだ、勿体ないと思って動くようになりました。誰もがやっていないことをやりたい、誰も観たことのない景色を見たい、せっかく生まれた限りは「あいつが生きてきたことによって何かが変わった」と言われるようにして死んでいきたい。こうした想いは、歴史小説家だからかもしれません。
◾️"覚悟"のために購入した、池波正太郎のサイン本
――最後になりますが、2024年を象徴するアイテムを教えて下さい。
今村:池波正太郎先生が師匠である長谷川伸さんに贈った『夜の戦士』のサイン本です。長谷川さんの教えがあったから池波正太郎が生まれ、池波先生がいたから今村翔吾が誕生したと僕は思っていて、そうした意味でいうと僕にとって原点となるようなものを入手できました。
大谷翔平選手がWBCで「憧れるのをやめましょう」とおっしゃっていましたが、僕も同じ気持ちです。師匠たちをずっと尊敬はしていて憧れの気持ちが強くありましたが、これからは歴史小説が一番盛り上がった世代にも挑んでいかなければならない、という覚悟を込めて仕事部屋に飾っています。
(取材・文=SYO)
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