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個人情報保護への意識が高まる昨今、シュレッダーは家庭でも求められるようになった。だが、シュレッダーは置き場所を取るし、重いし、値段が高いのも事実だ。そんな既存製品の課題を解決したのが、コンパクトな「ハサミ型シュレッダー」である。
【画像】爆売れしたハサミ型シュレッダー「秘密を守りきります!」ほか、販売に苦戦した“珍”商品(全7枚)
このハサミは当初、「刻みのりを簡単につくれるハサミ」として売り出していたという。刻みのりを切るために新たなハサミを買う人は少なく、わずかしか売れないお荷物商品だった。それが視点を変えただけで累計100万本を突破する大ヒット商品へと化けたワケだ。
新潟県三条市の中小メーカーアーネストが仕掛けた、“切り口”を変えたマーケティング逆転劇を見ていこう。
●シリーズ累計106万本販売の“デスクサイド・シュレッダー”
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アーネストが手掛ける「秘密を守りきります!」は、手のひらサイズのハサミ型シュレッダーだ。一見すると普通のハサミだが、5枚の刃を搭載している。この刃によって、レシートや領収書を一度切るだけで細片に裁断できる。
銀行の明細書なら2枚同時に、はがきや名刺など厚みのある用紙もしっかりと切れる。
幅7センチ、全長19センチ、重量125グラムというコンパクトさも特徴だ。デスクの引き出しやペン立てに収まるサイズで、必要な時にすぐ取り出せる手軽さが好評だという。家庭に届くダイレクトメールや、日々の買い物でたまるレシート、各種請求書など、個人情報が記載された書類を手早く処理できる。オフィスでも活用され、コンパクトながら確実な情報漏えい対策ツールとして注目されている。
2006年の発売以来、販売数はシリーズ累計で106万本を突破した。生協や通販、東急ハンズなどの専門店に加え、自社オンラインショップでも販路を展開している。2022年1月には軽量化したモデル「秘密を守りきります!ライト」も投入。こちらも約2年で3万2000本を販売するヒット商品となった。
●低迷商品が大化け きっかけは「取引先の奥様」
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この商品は当初、全く異なる用途を想定して売ろうとしていた。アーネストは2005年2月、同商品を「きざみ海苔ができます!」という商品名で発売。そばやお好み焼きなどに使えるきざみ海苔(のり)を、必要な分だけ手軽に作れるハサミとして打ち出した。
しかし、使用シーンが限定的なことに加え、市販のきざみ海苔が安価だったこともあり、発売から1年間の販売数はわずか7000本。商品の廃番も検討せざるを得ない状況となる。「刻みのりを切るためだけに、刻みのりよりも高いハサミを買う人はあまりいませんでした」と、営業部広報販促課の高橋俊介氏は苦笑する。
だが転機は思わぬところからやってきた。営業担当者が取引先を訪問した際、「妻が届いたDMやレシートの処理にこのハサミを使っている。手軽に使えて重宝している」という話を耳にしたのだ。
時あたかも2005年は個人情報保護法が全面施行された年だった。企業だけでなく、一般家庭でも個人情報の取り扱いへの意識が高まっていた時期だ。社内で即座に方向転換を決断し、グリップの色を変え、パッケージデザインを一新。「秘密を守りきります!」として2006年1月に再デビュー。販売数は初年度で20万本、前身モデルの約28倍という驚異的な数字を記録した。商品の見せ方の“切り口” を変えたことで販売数は一気に跳ね上がった形だ。
「一時は品切れが続くほどの人気でした」と高橋氏。その後、多くのメーカーが類似品を投入したが、「きざみ海苔用からシュレッダーへ」という商品開発の裏話は同社ならではのストーリーだ。
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●「金太郎あめ型ゆで卵」に「片足スリッパ」 商品開発の試行錯誤
アーネストには、こうした独創的な発想で商品開発を行う文化が浸透している。創業当時から販売を続ける「ドリームランド」は、その代表格だ。
断面に星やハートの模様が浮かび上がる“金太郎あめ”のようなゆで卵が作れる調理器具である。卵の白身と黄身を分け、白身を先にゆでた後に黄身を入れるという手間のかかる製法だが、細く長く売れ続けているという。
「つばめのパンナイフ」というパン切り包丁は、2、3カ月待ちが出るほどの人気商品だ。一般的なパン切り包丁は刃全体にギザギザが付いているが、このナイフは先端と手元側だけにギザギザを配置。真ん中はストレートな刃を採用することで、パンの形が崩れにくくなるという。
もちろん、全ての商品が成功するわけではない。宅配便の受け取りなど、ちょっとした外出時のために開発された「ひょいと一歩 足de纏(あしでまとい)」も、同社らしい発想の商品だ。
前後左右どちらからでも履ける片足用スリッパだが、あまり売れなかったという。「『あしでまとい』という言葉のイメージが良くなかったかもしれません」と高橋氏。当時の社長が命名にこだわったものの、ネーミングの成否については今でも社内で話題に上がるという。
●「イケるのでは?」で商品化のゴーサイン
なぜアーネストからは、こうしたユニークな商品が次々と生まれるのか。その秘密は、同社特有の商品開発の仕組みと考え方にある。
「社員全員が開発者です」と高橋氏が語るように、アーネストでは月2回の開発会議に加え、4カ月に1回の「商品提案会」を開催している。この提案会には商品開発課だけでなく、総務、経理、品質管理、物流など、全部署の社員が参加する。日常生活で感じた「あったら便利」というアイデアを持ち寄り、新商品の種を生み出すという。
「以前は2カ月に1回、さらにその前は毎月提案会を開催していました。『乾いた雑巾を絞る』ような状態だったと先輩から聞いています」と高橋氏。それでも提案会を続けることで、社員一人一人が常にアンテナを張り、新しいアイデアを探す習慣が根付いていった。
同社の商品開発では、あえて徹底的なマーケティング調査は行わない。「正直、しっかりマーケティングをすればヒットする確率は上がると思います。でも、そうすると他社と同じような商品になってしまう。私たちに求められているのは、『こんなの製品化するの?』と思われるような商品。それを真面目に作り込むことなんです」(高橋氏)。
判断基準は「イケるのでは?」という感覚。新潟県燕三条という金属加工の街で、他社が作らないような商品を開発し続けてきた同社ならではの哲学がそこにある。
「工場の方から『これは他社には提案しないけど、アーネストさんなら』というアイデアをいただくこともあります」と高橋氏。地元でも“ちょっと変わった会社”として知られる立ち位置が、かえって新しい発想を呼び込む好循環を生んでいるようだ。
アーネストの商品開発は、非効率に見えるかもしれない。だが、「きざみ海苔用ハサミ」を「個人情報保護用シュレッダー」に転換する発想や、片足だけのスリッパ、虫を分別する掃除機ヘッドといったアイデアは、効率や合理性を追求するAIからは生まれにくいのではないか。時に非効率に見える行動の中に、人々の心を掴むヒントが隠れている。
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