限定公開( 2 )
なぜ、たき火の炎はゆらぐのか――。
「そんなこと考えたこともないや。分からんな」「ローソクに火をつけたら、たまにゆらぐよね。あっ、風かな。風が吹いたらゆらぐよね」などと思われたかもしれない。
答えはのちほど紹介するとして、黒い箱の中に風を人工的につくるファンはないのに、高さ3〜4センチの炎がゆらゆらしている「暖炉」が登場した。岩谷産業(以下、イワタニ)の「MYDANRO」(マイダンロ、希望小売価格:3万9800円)だ。
応援購入サービス「マクアケ」で販売したところ、目標の100万円は3時間ほどで達成。その後も、どんどん売れて、3000万円を超える人気アイテムになっているのだ(終了日は2月27日)。
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購入者からは「少し高くても、良いモノをつくってほしい。夜な夜な酒を飲みながら炎を見たい」「幼いころから暖炉のある家に憧れていた。これならオール電化の家にも置ける」といったコメントが並んでいるが、この製品にどのようなこだわりがあるのか。
特徴は、大きくわけて2つある。1つめは、暖炉といっても薪(まき)を燃やすのではなく、燃料はカセットガスであること。カセットガス1本で、7時間ほど使えるという。2つめは、たき火のように炎がゆらぐこと。ゆらぎは、一見不規則に見えるが、まるで打ち寄せる波のようなリズムで動く。
ちなみに、この製品は暖房機ではないが、手を近づけるとほんのりと温かさを感じられる。イワタニによると、集合住宅28平方メートル、室温19度という条件で、マイダンロをつけると、7時間後に「23.7度」を確認できたという。
●安全性を担保
イワタニといえば「カセットこんろ」や「暖房機」などを想像する人が多いだろうが、なぜ暖炉を開発したのか。きっかけは、担当者の幼少期の経験が大きく影響している。
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企画を担当した本山孝祐さんは子どものころ、自宅の風呂はガスではなく、薪でお湯をわかしていた。たまに薪をくべることがあって、炎を眺めることも多かったそうだ。また、学生時代にはキャンプでたき火を楽しんだこともあって「炎のゆらぎを手軽に楽しめる暖炉をつくれば、多くの人にその魅力を伝えられるのではないか」と考え、開発がスタートした。
しかし、である。先ほど紹介したように、イワタニはカセットこんろの関連商品や暖房機などをたくさん扱っている。インテリアには無縁の世界で商売してきたので、社内からは「ん? 本当に売れるの?」といった意見があったそうだ。
もう1つ、疑問の声があった。ゆらぎを感じるためには、炎の色を赤にしなければいけない。つまり、不完全燃焼である。会社として、これまで「不完全燃焼にならないように」製品をつくってきたわけだが、暖炉はあえてその状態にしなければいけない。
念のために申し上げると、不完全燃焼とは燃料が酸素不足になって、正常に燃焼できなくなることを指す。不完全燃焼によって発生した一酸化炭素は強い毒性をもっているので、あえてその状態をつくり出すことに抵抗感があったのだ。
こうした懸念に対して、本山さんはどのような手を打ったのか。試作機をつくって、どこに問題があるのか。問題があれば、それをどうすれば解決できるのか。といったことを考え、まずは行動してみることから始めた。
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例えば、一酸化炭素の問題について。暖炉の箱に空気の穴を設けることで、一酸化炭素の濃度が規定値を超えないことが分かってきた。もし規定値を超えた場合、安全装置が作動する仕組みを導入した。
あと、カセットガスを使うので「火は大丈夫なの?」といった指摘もあった。もちろん、この問題を無視できず、開発メンバーは何度も何度も安全を担保できる設計にした。炎は耐熱ガラスやパネルに囲まれているので、直接触れられないようにした。また暖炉が転倒しても、自動でガスを遮断して、消化する安全装置も搭載した。
●炎がゆらぐワケ
次に、冒頭の問いに戻ろう。なぜ、たき火の炎はゆらぐのか。この問題を解決しない限り、マイダンロは完成しない。
ネットをちょっと調べると、「炎は燃えるために酸素を必要とし、周囲の空気を取り込みながら燃焼する」「風が吹くと、炎がその方向に流れ、ゆらぎの原因になる」などと書かれているが、“美しいゆらぎ”を生み出す方法がなかなか見つからない。
本山さんもさまざまな情報を調べたが、理解できたようなできないような、もやもやした状況が続いていたという。ただ、ひとつだけ言えることがある。屋外でたき火をすると、風の影響を受けて、炎は大きくゆらぐ。しかし、部屋の中でロウソクに火をともしても、ゆらぎは小さい(風がなければ、ほぼゆらがない)。
であれば、暖炉に「上昇気流を取り入れてはどうか」と考えた。箱の下に穴を設け、そこから空気を取り込み、その空気を上から逃がす構造にしてはどうか。穴の大きさはこれでいいのか、位置はここでいいのか。1年ほど試行錯誤を重ね、ようやく製品が完成したのだ。
ちなみに、空気の穴をふさぐとどうなるのか。手で軽く触れるだけで、ゆらぎに乱れが生じる。次に、背面の大きなカバーを取り外したところ、ゆらぎが大きく乱れてしまった。
空気の量がたくさん入ってくるので、そのぶん乱れてしまうわけだが、カバーを閉じると、すぐに元のゆらぎに戻る。このように、わずかな環境の変化によって「ゆらがない」または「大きくゆらぐ」といった現象が生じるほど、繊細な暖炉ともいえるのだ。
●反響は大きいが、想定外のことも
完成したマイダンロを展示会で紹介したところ、ホテルやレストランなどの関係者から「ウチでも設置したい」といった声が相次いだそうだ。また、冒頭で紹介したように、消費者からの反響も大きい。……だが、開発チームとして“想定外”のことがひとつあった。それは購買層の偏りだ。
若い女性にも興味をもってもらうため、天板にお香やアロマウォーターを入れるポットを備えた。炎の熱を利用して香りを楽しめるので、多くの女性が買ってくれるのではないか。そう目論んでいたものの、これまでのところ購入者の9割以上は男性である。
製品の特性や価格などを考えれば、男性……しかも年配層が多いことは予想できるが、開発メンバーとしては「なんとかしたい」という思いがある。
本格的な販売は今夏を予定していて、そのときには女性が好みそうな色を用意するという(現在はブラックのみ)。少しでも多くの女性に振り向いてもらうために、開発メンバーはチカラを入れているようだが、それを炎に例えると、どんな色なのか。まだまだ不完全な状態なので、“赤い色”なのかもしれない。
(土肥義則)
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