限定公開( 5 )
中国産アニメの存在感が高まっている。象徴的な出来事としては、2025年4月改編の「日アサ」(日曜日朝の時間帯に集中的に放送されるアニメ・特撮番組の総称)新番組として、中国配信大手bilibiliとアニプレックスがタッグを組んだ「TO BE HERO X」が予定されていることが挙げられるだろう。
【画像を見る】4月放送予定の「TO BE HERO X」は中国bilibiliとアニプレックスがタッグ
制作は上海にスタジオを構えるBeDream。この3者のタッグで22年〜23年に日本でも深夜帯にテレビ放送された「時光代理人」は中国アニメの映像・ストーリーのクオリティーの高さを強く印象づけたことも記憶に新しい。
「TO BE HERO X」が放送されるフジテレビ日曜日朝9時30分〜10時の放送枠では、現在「ワンピース」が放送されている。25年4月の改編でワンピースは23時15分の深夜帯に放送枠を移し、その後を引き継ぐのが本作となる。日本アニメとして世界的にも人気の高いワンピースの放送枠に中国アニメが収まるというのは業界内でも一定のインパクトをもって受け止められている。
●クオリティーと国内支持が高まる中国アニメ
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日本でも存在感を増してきた中国アニメ。SNSなどでは、自動車や家電など他の産業同様、中国アニメが日本の「お株を奪う」のではないか、といった声を目にすることもある。だが、中国国内のアニメ市場を見ると、日本での景色とはまた異なる状況が見て取れる。
筆者がアニメ評論家の藤津亮太氏と運営している配信番組「アニメの門DUO」にて、中国人アナリスト・ライターとして活躍するEIKYO氏をお招きし、中国でのアニメを巡る状況をじっくり伺ったので、その概要を紹介したい。
プロフィール
●EIKYO
中国四川省出身で四川大学卒業後、2014年に来日。早稲田大学大学院文学研究科社会学修士課程を経て広告代理店で市場分析・生活者洞察をおこなっている。Brancにて連載コラム 【日中アニメトレンドウォッチ】更新中。
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前提として中国では海外製の映画・番組は政府(共産党)による検閲が行われ、上映・放送・配信にはさまざまな制約がある。日本のアニメもその時々の時勢、政策によって展開がNGとなるケースも珍しくない。有名なところでは「進撃の巨人」「デスノート」なども公式には視聴することができない。
一方で、そういった作品も含めたコアファン向けの人気ランキングサイト「Bangumi」では、社会課題の問題も取り上げることの多い「攻殻機動隊」シリーズが上位になるなど、中国のアニメファンの嗜好とのギャップも見て取れる。
そんな中、EIKYO氏が強調するのが、中国市場で国産(中国産)アニメの人気が近年非常に高まっているという点だ(以下資料はEIKYO氏作成の資料より引用)。
資料にもあるように、10年代はハリウッド発のアニメ映画が中国でも大きなシェアを占めていたが、中国作品が徐々に支持を拡げ20年代になると完全に映画興行の中心を占めるようになっている。日本のアニメ映画「千と千尋の神隠し」「すずめの戸締まり」などのヒットによって21年にはハリウッド勢を抜いてシェアが高まってきているが、中国産作品との規模の差は歴然だ。
近年では、中国産アニメ飛躍のきっかけとなった「西遊記ヒーロー・イズ・バック」、興行894億円に達した「ナタ〜魔童降臨〜」、李白を題材とした「長安三万里」などが大ヒットとなっており、中国国内における国産劇場アニメ優位の状況を盤石なものとしている。
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この背景にあるのが、先に述べた政府による規制と補助金の存在。国内アニメ制作会社には産業育成を目的として政府から潤沢な補助金が投入され、なかには低品質な作品制作によって利益を挙げる例もあったが、EIKYO氏によればこの補助金支給条件が変わり、興行成績に応じた重点配分が行われるようになったのが作品の品質向上の1つの要因になっているという。
●セルルックと多様な表現に強みがある日本のアニメ
ただここまで紹介してきた高品質、高評価な中国産アニメは日本が得意とするアニメとは実は制作手法が異なる。「トイストーリー」シリーズに象徴されるようなハリウッド系、そしてそれを中国で追い越すに至った中国産劇場アニメは、「フォトリアル」とも形容されるフル3DCGアニメに分類される。見た目は実写のようにリアルに彩色され、キャラクターなどの動きも誇張はありつつも、モーションキャプチャーなどの技術を用いて現実の人間のそれを滑らかになぞることも多い。
対して、現在、日本で制作されるアニメの多くは「セルルック」を指向したものだ。かつて「セル」と呼ばれるセルロイドやアセテートを原料とするシートに描かれていたアニメの表現をデジタルでも再現する手法で、キャラクターには「主線」と呼ばれる輪郭線が存在している。動きは、秒間24フレームのなかで、例えばあえて8コマだけを用いて動きを表現することで緩急をつけ、限られた階調の彩色と相まって独特のリズムが与えられている。
現在ではいずれもコンピュータで制作される点は、フル3DCGアニメ・セルルックアニメは共通しているが、用いられるソフトウェアや制作工程、携わる人材は大きく異なる点には注意が必要だ。
中国で政府からの補助金を受け、国産劇場アニメの人気を生み出しているのは、そのほとんどがフル3DCGアニメに特化した制作スタジオだとEIKYO氏は指摘する。その一方で、セルルックアニメを制作するスタジオの規模は小さく、興行成績も1桁低い傾向にあることから撤退するスタジオも珍しくないという。
冒頭に挙げた「TO BE HERO X」を制作するBeDreamのように、中国でも高品質なセルルックアニメを制作するスタジオが生まれているが、アニメ産業全体を見ると少数派だ。絶好調ともいえるフル3DCGアニメ系スタジオに対して、セルルック系スタジオが政府の補助金・規制のなか今後日本のように多様な作品を生み出し、成長できるかは未知数だというのが実際のところだろう。
逆にいえば、日本のアニメの強みは「セルルック」だということが、中国アニメの現状からも際立ってくる。以前この連載でも触れた(参考記事:ソニーが「アニメ制作ソフト」をイチから開発する理由――関係者に聞く、課題と解決の先にある“可能性”)ように複雑な制作工程から生み出される成果物を高度に統合して毎年数百タイトルという規模で生み出される日本のセルルックアニメは、マンガやラノベといった豊富に生み出され続ける原作市場も相まって、他国が簡単にまねできるものではない。さらには東映アニメーションによる「ガールズバンドクライ」が、原案イラストのテイストを生かしてCGアニメとして表現する「イラストルック」を打ち出したように、日本のCG表現は拡がりも見せている。
政府による検閲が行われる中国で制作される作品は、自ずと表現に制約があり、中国以外の海外市場では継続的な支持を得られていないが、多種多様な作品を生み出す基盤のある日本のセルルックアニメは、配信サービスの拡がりという後押しを受けて日本ブームを海外に巻き起こしている。労働環境や空洞化など指摘されるさまざまな課題の解決を図りながら、これらの強みを伸ばしていくことが、日本政府が掲げる「コンテンツ産業を2033年に20兆円規模へ」という目標達成にもまず必要なことだといえる。
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