「また高層ビルが建つのか」 再開発はなぜ「負」のイメージが強くなったのか

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2025年03月03日 08:11  ITmedia ビジネスオンライン

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ITmedia ビジネスオンライン

麻布台ヒルズ(出所:麻布台ヒルズの公式Webサイト)

 大阪駅を出るとすぐ、突如として目の前に緑の丘が現れる。2024年に開業した「うめきた公園」だ。梅田駅北側の貨物駅周辺、通称「うめきた」再開発の一環として整備された公園で、広さは約4万5000平方メートルと東京ドーム1個分とほぼ同じ大きさ。公園の中心には噴水があり、巨大な芝生が広がる。それだけの巨大な緑地が、大阪駅前という超都心に現れたのだから驚きだ。


【画像】賞賛される、大阪駅近くの再開発


 当初から各所での評判がよく、私も開業早々に訪れ、その様子をレポートした。本記事の担当編集者も現地を見て驚いたそうだ。高層ビルが密集しがちな都心部において、これほどまで緑が広がる光景はなかなか見られない。昼は親子連れ、夜はカップルが集まり、すでに近隣の人々の憩いの場所になっている。近年の再開発にしては珍しく、賞賛されている例だといえよう。


 いま「再開発」というと、どこか「負」のイメージを持つ人も多い。しかしうめきた公園の場合、大方の反応を見ているとそれは「成功」したといえそうだ。


 では、一体何が他の再開発案件とうめきた公園を分けたのか。近年の再開発について考えながら、その成功要因を考えたい。


●最近の再開発の定番パターンは?


 うめきた公園が話題になったのは、最近の再開発について多くの人が「ほぼ同じじゃない?」と思っていたからだろう。


 例えば東京。2023年は麻布台ヒルズが、2024年にはShibuya Sakura Stageなどが開業した。六本木や渋谷、臨海部を中心に再開発ラッシュが続いている。だが、そうして誕生したビルは、往々にして「似ている」。実際には違いがあれど、少なくとも「そう思われている」。その特徴は、例えば次のようなものだ。


1. 基本的には高層ビルで、屋上部は凝った形になっている。


2. ビルは中・高層階にオフィスやラグジュアリーホテルが入り、低層階は少しお高めなレストランや商業施設が入る。


3. 低層階は曲線を主とする建築で、そこを覆うように緑化されており、壁面緑化や屋上緑化がされている場合もある。


 ここに「ウェルビーイング」や「多様性」などの言葉が入った施設全体のスローガンなどが加わることも。筆者は、こうした再開発ビルを「高層緑化様式」という一種の様式美として捉えている。


 代表例が麻布台ヒルズだ。中高層階にはラグジュアリーホテルの「Janu TOKYO」が入り、低層階には少しお高めのレストラン。そして、それを取り囲むのはトーマス・ヘザウィッグによるうねうねとした建築とそれを覆う緑。まさに「高層緑化様式」だ。


 こうしたビルは今後も誕生する。例えば、2025年3月に開業する「TAKANAWA GATEWAY CITY」。JR東日本が初めて手がける都市開発プロジェクトで、山手線の高輪ゲートウェイ駅周辺に「新しい街」を作るというものだ。


 このイメージ図からも分かるように、これも「高層緑化様式」だ。うねうねした低層部の建築は緑化され、そこに高層ビルが彩りを添える。中のテナントもオフィスや商業施設、ホテルなどだ。実際のところはオープンしなければ分からないが、一般人から見れば、「また同じような建物か」と思われても仕方ないだろう。


 もちろん各施設ごとに細かい違いはあれど、私たちが「再開発」というときに思い浮かべるイメージが、この高層緑化様式に現れている。


●似たようなビルが誕生するメカニズム


 しかし、どうしてこのような似た形のビルが誕生するのだろうか。ざっくりではあるが、簡単にそのメカニズムを説明したい。


 再開発という巨大プロジェクトに先行投資をするのだから、事業者ができる限り短期で、なおかつ手堅く利益が出るようにしたいと考えるのは当然だ。そのとき、最も効率よく利益を回収する方法は、なるべくその土地に高い建物を作り、床面積を増やすことである。そうすれば、オフィスやテナントでの賃貸収益が見込めるからだ。


 ただし、ここで問題が生じる。どんどん高い建物を作っていたら、都市が高い建物ばかりになり、カオスになってしまう。日照の問題などから劣悪な住環境が生まれたり、高さだけを目指した無茶な計画が立てられたりするかもしれない。


 そうしたカオスをある程度コントロールするためには、規制が必要になる。その1つが容積率による制限だ。ざっくり言えば、その土地に建てられる建築の高さを制限するもので、土地の面積や地区に応じて決められている。ただし、いくつかの街区では都市の成長を促進させるためにこの容積率の緩和が行われている。つまり、ある条件をクリアすれば、より高い建物を建てられるというわけだ。


 その緩和要件の1つとして「公共貢献」がある。読んで字のごとく、その開発が社会のためになるとき、そのご褒美として制限の緩和が行われるのだ。例えば、緑地を作ったり防災の拠点を作ったりすることが「公共貢献」に該当する。だからこそ、事業者はより床面積を増やすために緑地の量を増やそうとする。こうして「高層緑化様式」が誕生するというわけだ。


 再開発にはさまざまな制度が複雑に絡み合っているため、これは非常に大ざっぱなまとめ方だ。ただ、大まかに見ればこのようにして再開発が行われているのが現状なのである。


●政府と民間企業が協働してきた再開発


 公共貢献による容積率緩和が定められたのは、2002年の都市再生特別措置法においてである。当時の首相であった小泉純一郎氏が進めた大規模な構造改革や規制緩和の1つとして行われた。日本の国際競争力向上を目的に都市の力を増強させるため、一部区画において規制緩和を行い、民間の開発を促進したのである。


 この流れは現在に至るまで基本的に継続しており、2013年には「国家戦略特区」という制度が成立した。この特区について内閣府は「都市計画の決定や許認可をワンストップで行う仕組みを作り、立地整備のための迅速な意思決定を図ったり、道路占用基準の柔軟化などの規制改革によって利便性を増進させ、都市機能の高次化、国際競争力の強化を目指しています」と述べている。簡単にまとめると、それまでの都市開発に対する規制が、特区では大幅に緩和されることを示している。


 この制度により、2014年頃から現在の東京で進む大規模な再開発案件が一気に動き始めた。森ビルによる麻布台や六本木の開発、JR東日本による高輪ゲートウェイの開発などである。渋谷の複数の地区も特区に認定されており、東京の風景は政府の動きに連動している。


●「国際競争力の向上」が都市再開発の目的に?


 ここで留意したいのは、こうした流れで行われる再開発の目的だ。


 端的に言うと、それは「国際競争力の向上」である。都市再生特別措置法の軸ともいえる都市再生基本方針には「都市再生基本方針は、我が国の活力の源泉である都市が、近年における急速な情報化、国際化、少子高齢化などの社会経済情勢の変化に的確に対応し、その魅力と国際競争力を高め、都市の再生を実現し、あわせて都市の防災に関する機能を確保することができるもの」でなくてはならないと明記されている。簡単に言うと、「強い日本」を作るということだ。


 グローバル化が進む中、東京が国際的な都市としての立場を維持し、さらに発展していくためには、より強固なビジネスが都市に集まらなければならない。そのための再開発なのだ。これは、再開発を手がけるデペロッパー側の発言からも分かる。「国際競争力の強化」が大きく取り上げられているからだ。


 森ビルの辻慎吾社長は「ヒルズを通じて、東京の磁力となり、国際競争力を高める都市づくりをめざす」と述べたと報道されている。また、東急不動産の公式Webサイトでは「私たちは、100年に一度といわれる渋谷再開発や、国家戦略特区に指定された竹芝エリアでの都市開発などを通じて、国際競争力の強化に取り組んでいます」と紹介されている。


 こうした発言からも、現在進められている再開発は、激しい国家間競争を勝ち抜くことが目的となっていることが分かるだろう。


●目的の「ズレ」が再開発への不満を生む


 こう書くと、政府や企業が一般の人々を置き去りにして国際競争力の強化にまい進しているように見えるかもしれない。ただ、少なくとも日本が国際競争にさらされていることは明白な事実であり、そこで戦わなければならないという現実がある。そのため、政府や企業がやろうとしていることは、一面では正しいのである。政府であれ企業であれ、日本を悪くしてやろうと思ってこうした再開発を進めているわけではないのだ。


 問題は、私たち個人が国家や企業ではないということだ。国家間競争という巨大な目的と、今ここに生きる小さな私たちが求めるものは、時として反対の方向を向くことすらある。最もシンプルな再開発の目的は「道が狭い」「建物が古くなって使いづらい」といった、生活レベルで生じる問題を解決することだ。もちろん最近の大規模再開発でも、防災面の強化や交通動線の整理など、そうしたことは意識されている。しかし、そうしたミクロレベルの問題解決よりも、マクロレベルでの問題解決が優先されてしまっている一面があるのも事実だ。


 現在、再開発についてはさまざまな意見が出ているが、そこで起こる不満や対立は、このマクロとミクロの目的の食い違いによって生じているのではないだろうか。国際競争力を高めるためにはより巨大で、効率的な都市を目指す必要がある。しかし、私たちの生活レベルからすれば、そうした都市が増えてしまうと、息苦しく感じてしまうことは往々にしてある。


 また、人口減少が著しい日本において、そうした「強さ」を求めていくことは最善の策なのだろうか。関係者から聞くところによると、都心でさえオフィスの空室率が目立ってきているそうだ。いくら国や事業者側が東京、ひいては日本を強くしようとしても、実際に動かすのはミクロなレベルにいる現場の人間だ。その人間が少なくなっている現状では、そうした方向性で行われる再開発が、本当に望ましいものなのかは断言できない。


●ミクロとマクロをすり合わせた再開発の姿とは


 とはいえ私とて、「国際競争を手放して昔ながらのノスタルジックな日本を残していくべきだ」とはまったく思わない。ミクロとマクロの「どちらか」を選択するのではなく、その「どちらの」目的もすり合わせていく必要があると思う。そして、そのバランスがうまく取れている再開発こそ、本当の意味で成功している再開発なのではないかと感じる。


 ここで改めて、冒頭のうめきた公園の話に戻ろう。私はこの意味で、うめきた公園の開発は成功だったと思う。


 うめきた公園でおもしろいのは、単純に短期的な利益だけを目的とした開発ではない一方で、国際競争力の強化を諦めてもいないことだ。


 この開発が決まった経緯は複雑だが、元々そこは巨大なスタジアムになる予定だったそうだ。しかし、それに対して当時の大阪市長だった橋下徹氏が反対 。ニューヨークのセントラルパークをイメージした「大阪セントラルパーク」を造成するとして、最終的にこのような形になったのである。


 その背景には、大阪を世界の諸都市と並ぶ魅力ある街にするという意図もあった。世界の都市を見渡すと、日本よりも多くの公園があり、緑が適切に配置されている。緑豊かな街が、国際的に魅力ある都市の条件となっているのだ。


 こうした競争は、すぐに成果が出るものではなく、長期的なものだ。しかし、結果的にはそれが市民にとっても利益になる。すでにこの公園が市民の憩いの場になりつつあることは述べてきた通りだ。マクロなレベルでの利益を長期的な視点から捉えることにより、ミクロなレベルの利益とのバランスが取れているのだ。


 こうした意味で再開発が成功している場所としては、下北沢もそうかもしれない。土地の制約から高いビルが建てられなかった下北沢では、再開発を主導した小田急電鉄と住民の間で何度も話し合いの場が設けられ、新しい下北沢の姿が模索された。結果、新しく作られた施設のほとんどは2階建てとなり、座れる場所や緑地も多く取り入れられた。それは結果として下北沢の街の魅力を高めている。こうしたバランスの良い再開発も生まれているのだ。


 これからも、さまざまな場所で再開発は進んでいく。その際、ここで提示した「ミクロとマクロな目的のバランス」は重要な視座になる。そのバランスをいかに保っていくのか。それがこれからの再開発の論点であり、成功かどうかの基準になるはずだ。


著者プロフィール・谷頭和希(たにがしら かずき)


都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。チェーンストアやテーマパーク、都市再開発などの「現在の都市」をテーマとした記事・取材などを精力的に行う。「いま」からのアプローチだけでなく、「むかし」も踏まえた都市の考察・批評に定評がある。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』他。現在、東洋経済オンラインや現代ビジネスなど、さまざまなメディア・雑誌にて記事・取材を手掛ける。講演やメディア露出も多く、メディア出演に「めざまし8」(フジテレビ)や「Abema Prime」(Abema TV)、「STEP ONE」(J-WAVE)がある。また、文芸評論家の三宅香帆とのポッドキャスト「こんな本、どうですか?」はMBSラジオポッドキャストにて配信されている。



このニュースに関するつぶやき

  • 建物の問題ではない。再開発後の施設は家賃が高いから、テナントの傾向が似てしまうんだよ。だから客層も同じ。ユニークな東急文化会館を潰して、安易なテナントビルに建て替えてしまった渋谷に未来はない。
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