坪内有ワコールブランドマネージャー 2024年秋冬シーズンより、リブランディングを実施した下着メーカーワコールの主力ブランド「ワコール」。これまであった「パルファージュ(PARFAGE)」「ラゼ(LASEE)」などのサブブランドを廃止し、新たに3つの商品群に再編成する大改革だ。下着市場全体の売り上げ低迷が叫ばれる中、リブランディングはどのように行われたのか? リブランディングを通して見えてきた日本人女性にとっての“美”の変化とは。リブランディングを統括した坪内有ワコールブランドマネージャーに話を聞いた。
【写真】キャミソールは、ここまでヘルシーに着こなせる…ワコールと「ADAM ET ROPE'」がコラボしたカップインウェア ■判断されるものから、自分で選ぶものへ 日本人女性にとっての”美の変遷”
2023年5月から始まったリブランディングプロジェクト。その中で半年以上の時間をかけて行われたのが、最初のブレインストーミングだった。リブランディング予定はあったものの、方向性や、チームメンバーの選定を含めて坪内さんに一任されていた。今、世間がワコールに対して持っているイメージはどんなものなのか、何が課題なのか、ワコールとして最終的に伝えたいことは……。集められた社員だけもそれぞれ考えていることはまったく異なる。抽象から具体まで、そのすり合わせに時間をかけて、リブランディングの方向性が固まっていった。
その際話し合われたテーマのひとつが、「現代の日本人女性が考える“美しさ”とは何か?」。坪内さんは当時の話し合いをこう振り返る。「これまでは美しさを考える時に、“人から見られる、判断される”という視点がかなり強かったと思います。でも今は“多様性”という言葉もあるように、個々が求める美がそれぞれ違っているなと感じますね。美の基準・正解がないというか」。SNSの繁栄で情報へのアクセスが容易になったことで、選択肢が増え、そこから自分にとって美しいものを選ぶ、選択の機会も増えた。そこで「“美”は判断されるものから自ら選ぶものへと変化していったのではないか」と考察する。
これは、近年エンタメコンテンツにも現れている要素だと言える。朝の連続テレビ小説『おにぎり』やオーディション番組『No No Girls』など、ポジティブなかたちでフィーチャーされる“ギャルマインド”。ギャルの見た目ではなく、精神に注目した言葉だ。周囲を気にするのではなく、自分の感性を貫く。ポジティブな思考をするというギャルのマインドが令和の今、改めて評価されている。坪内さんも『No No Girls』の視聴者だったというが、奮闘する彼女たちの姿を観て、「充分才能溢れる素敵な子たちなのに、他人からのNOだけでなく、自分自身が納得していなくて、自分で自分に”No“と言っている。自分自身が納得できないと、満足感は得られないんだと感じました。改めて他人軸だけではなく、自分がいかに納得できるかが追い求められる時代なんだと」。
■現代女性を見て感じた、自分自身が納得することの大切さ
自分自身が納得できることを選ぶ。その考えは購買行動にも影響していると坪内さんは見る。「最近はものを買う時、商品だけではなく『その背景にも納得できないと好きになれない』という方が多いんです」。ブランドの背景・ストーリーまで知って、共感を持った上で購入する。しかしワコールは下着という普段人に見せないものを扱っているセンシティブさもあって、これまではそういったエモーショナルな部分よりも、商品の機能性に焦点を当ててプロモーションを行ってきた。その部分の改善を試みたことが、今回のリブランディングにおける難所のひとつだった。
これまで“女性の美”は様々なかたちで世に打ち出されてきたが、今の時代、その価値観は定められるものではない。様々な思い込み、偏見がいまだ蔓延るなかで、いかにユーザーに共感していただけるのか。ブランドメッセージ、ポスターのクリエイティブ、売り場展開…旧態依然としたままであれば、このようなアウトプットにならなかった…? とも言える、大改革が進められた。
まず、リブランディング後の新たなブランドメッセージは「愛するわたしへ。Love your moment.」に。社員からは、「なぜLove your moment.なのか?」という声もあがったが、メッセージには「一人ひとりが自分を見つめて、自分を愛することができる瞬間を持っていただきたい」という思いが込められていると坪内さん自ら社内の関係部門へ出向き、伝わりきるまで説明を続けたという。
「人には優しくできるけど、自分には優しくできなかったり、仕事や家事・育児優先で自分のことを一番に考えられない方ってたくさんいらっしゃると思うんです。でも自分のことを一番愛せるのは自分だと思いますし、その気持ちが周りの人にも繋がっていくのではないかと考えています。その手助けができる企業でありたいと思いました」(坪内さん、以下同)
下着メーカーのポスターといえば下着姿の女性が思い浮かぶが、リブランディングのポスターは、ビジュアルの女性が下着姿ではないことにも着目。同社の70年以上続くブランドの歴史の中で、下着姿の女性が映っていないポスターは殆ど初めて。笑顔ではないカットで進行したことも、型にはまった女性像やアンコンシャスバイアスをなくしたい想いがあった。「人っていつもずっと笑っているわけではない。無理して笑わなくても、そのまま、自分のままでいいんだよというメッセージを伝えたくてこの写真を選びました。髪の毛もしっかりセットしているのではなく、風でなびいている。そこにも『自分らしくあれば、どんな自分でも大丈夫』という思いを込めています」。
自分らしさを表現する手助けをする。その思いはリブランディングのチームだけでなく、社内、さらには販売員にもいきわたっていなければ意味がない。特に販売員は実際に顧客と接する重要な立場。リブランディングに合わせて、ブランドが再編され、売り場も変わっていく…。全国に多数いる販売員にこれらのコンセプトを共有するのは難しかったのではないだろうか。
「当社の販売員って、私が言うのもなんですがみなさん優秀なんです。だからこれまでも『あなたはこの年代だからこのブランド』と当てはめるような接客はしていません。ただ今回のリブランディングは、お客様が納得できるものを選んでほしい、そのために商品の選択肢を増やす商品配置が求められていました。そのコンセプトをみなさんにしっかり理解して取り組んでいただきたかった。だから店舗をできる限り巡回しましたし、販売員が集まるタイミングに駆けつけて説明する。これらは欠かすことができませんでした」。坪内さん自らが現場に足を運び、顧客の選択肢を増やすための改革であることを強調。社内への説明機会は40回以上にのぼるという。「やっぱり直接お客様に接するのは販売員。その販売員や社内のメンバーが納得できなければ、お客様におすすめできませんから」。
かくしてリブランディング後、店舗へ訪問した顧客の滞在時間は増加。年代ごとに分けていたサブブランドの枠を外すことで顧客に広い選択肢を持ってもらうという構想は数値の上でも成功を示し、好調なスタートを切った。
■”下着の持つ力”で多くの人を後押ししたい
とはいえ始まったばかりのリブランディング、まだまだ課題も残る。「今はブラトップも定着してきて、自分のブラジャーサイズを知らない人も多い。ブラジャーを身近に感じない人も増えているのではないかと感じます。“下着の持つ力”そのものを知らない人が増えているから、まずはそこから伝えていかないといけない」。下着をつけるメリットは自分ごととして捉えて、共感してもらわないと伝わりづらい。テレビCM等のマス向けのコミュニケーションだけではなく、Web動画やインフルエンサーと協力したマーケティングなど新たなコミュニケーション方法も目下検討中だ。
リブランディング構想開始からまだ一年半、短期間でスタートまで走り抜けてきた坪内さん。その原動力は、やはり自社製品への愛だ。「下着って、人の目にあまり触れないからこそ自分の個性を表現できると思うんです。自分だけの満足を追求できるからこそ、心にも体にも自信が持てて、勇気とかパワーが生まれる。ワコールはこれからもそんな自分に自信を持つ後押しができる企業でありたいですし、私もそのために働いていけたらいいなと思っています」。
PROFILE 坪内有
ワコールブランドマネージャー兼ワコールブランド商品部 商品営業一課
ウエルネス事業部で営業・MD、ワコールブランドでボトムMDを担当後2019年に商品営業チーム課長に着任。23年〜リブランディングを統括し24年より現職
取材・文 原智香