写真 メディア業界は、長時間労働をいとわないタフな働き方が重宝されてきた。確かに事件・事故は時と場所を選ばない。ただ、「記者だから仕方がない」という諦めが働き方や組織の改革を阻み、依然として子育てなどの負担が偏りやすい女性のキャリア形成の機会を奪ってきた面もある。幅広い視点のニュースを届けるには作り手の多様性の確保が求められる。
「妊娠してごめんなさい」。ある女性記者(30代・地方紙)は、社内会議で謝る先輩の姿を見て、泣きそうになったという。信頼する先輩記者が子どもを授かると自動的に担当から外され、内勤に回されることに違和感を覚えてきた。
ロイタージャーナリズム研究所が2024年に発表した12カ国・地域から抽出した240メディアを対象にした調査によると、編集トップを務める女性の割合は、米国が最も高い43%で、英国の40%が続く。一方、日本は「0%」。抽出数が少なく、振れが大きく出る点には注意が必要だが、日本は同年までの5年間でみても、22年の9%、23年の17%を除けば0%と総じて低い。
また、別の調査によると、女性役員比率は日本の上場企業全体の1割超に対し、全国紙・地方紙は5.7%(24年)、全国の民放テレビ局は3.0%(22年度)にとどまる。
女性登用が進まない理由について、ジェンダー問題に詳しいジャーナリストの浜田敬子氏は、「報道は特殊な職業という思い込み」が働き方や人事評価などを硬直化させ、多様な人材を活躍しづらくさせたと指摘。その上で、性別や年代、経験が似通った「同質性」の高い組織は外部環境の変化への感度が鈍く、「受け手にとって何が良いコンテンツなのかという発想も変わってこなかった」との見方を示した。
子育て中の民放テレビ局の女性(40代)は、十数年前に育児休業から職場復帰する際に保育園が見つからなかった経験を踏まえ、待機児童問題を取り上げたいと提案。しかし、男性上司から「一部の人の問題ではないか」と一蹴された経験がある。問題意識を共有できていれば、いち早く社会問題として提起できたのではないかと、今でも考えている。
女性のキャリアを理不尽に途絶させる無視できない問題としてハラスメントも挙げられる。全国紙の女性記者(30代)は、取材先から毎日大量のメールが届き、自宅まで付きまとわれた。男性上司からは「大事なネタ元だから無理のない範囲で頑張って」と言われ、精神的に追い込まれた。先の地方紙の記者も上司の取材先との酒席を強要されるなどして心労が重なり、休職を余儀なくされたという。
変革への模索は始まっている。関西テレビの報道センター長の柴谷真理子さん(54)は、「出産すれば自分の席がなくなるという思い込み」からキャリアを優先させてきた。だが、自分と同じ経験はさせたくないとの願いから、今は「男性も女性も自分の望む人生を選んでほしい」と、働きやすい雰囲気づくりに奔走する。
昨夏の就任後には、能登半島地震の取材に派遣された女性社員に困り事を聞き取った。その結果、車中泊が続く環境下で生理中の痛みや漏れ、においなどが気になり、ぼうこう炎のリスクもあって心身ともに苦しんだと分かり、備品の拡充や社内の認識共有につなげた。被災者には生理や授乳中のプライバシーなど女性特有の問題が起きやすく、女性記者が声を拾う意義があるとみている。
上智大学でメディア論が専門の音好宏教授は、「多様な見方ができる編集・報道局があることで、社会のさまざまな問題に真摯(しんし)に向き合えるようになれる」と話す。性別や年齢、経験の異なる一人ひとりの記者の気づきが社会を変えるきっかけになるかもしれない。