※画像はイメージです―[貧困東大生・布施川天馬]―
みなさんは、公立高校が無償化されることを知っていますか?
2025年4月から公立・私立を問わず一律に年間11万8000円の就学支援金の所得制限を撤廃し、公立高校を実質的に無償化すると発表されています。
さらには2026年4月から私立高校を対象に加算されている就学支援金の上限額の所得制限を撤廃し、私立の全国平均の授業料である45万7000円にひきあげるとも。
これは、授業料がタダになるだけで、学費すべてではありません。例えば、制服代、施設費、修学旅行積立費など、様々な項目金を払う必要があります。施設費は20万〜30万円程度する学校がほとんどで、なんだかんだ年間30万〜50万円程度は出費が見込まれる。
それに、授業料だって「払わなくていい」わけではありません。私は、今回の私立高校無償化策は裕福な家庭と、中流家庭のみを救う施策で、本当に困っている貧困家庭に高等教育を届かせるものではないと考えています。なぜそう考えるかをお伝えします。
◆キャッシュフローが一時的にマイナスになる
授業料無償化と聞くと、ついつい「払わなくていいんだ」と思ってしまいますよね。ですが、それは大きな間違い。授業料を払わなくていいのではなく、「払った授業料が返ってくる」のです。
つまり、授業料の支払い義務はある。キャッシュバックまでは一時的にマイナスになる期間が生まれます。返金時期は学校によってまちまちですが、年末あたりが多い様子。
大抵の学校は年度初めに授業料を納付しますから、都合8か月程度は40万円を失った状況下で生活しなくてはいけません。
仮にあなたが「8か月後に40万円返すから、一時的に40万円払ってくれますか」と言われたらどうでしょうか。貯金から40万円ポンと払える人ならば、大した影響はないでしょう。それは、生活資金ではないからです。
しかし、私の生家のような金銭的にぎりぎりの生活が続く家だとどうでしょうか。「8か月後に必ず返す」と言われても40万円なんて払えません。
月末に迫る借金の支払い期限、貯めた税金の督促状の処理順、果ては明日の食べ物の確保までが不安定な状況で、40万円なんて途方もないお金が自由になるはずもない。
◆授業料の立て替え自体が困難な場合もある
結局、私立高校が無償化されても、実質的に行けるのは、ある程度裕福な家庭に限られるでしょう。「払う必要がない」と「払ってから返してくれる」には大きな壁があります。
前者は誰でもサービスを受けられますが、後者は「とりあえず払えるか」が実質的な試験として機能している。経済的にふるいにかけられているのと同義です。
これを解決するのであれば、助成金の振り込みを年度初めに設定して、授業料の振り込み期限よりも前に助成金を受け取れるようにするべきでしょう。
こうしなかった理由は、きっと助成金を別目的で消費する詐取を危惧したものかと思われますが、そもそもそこまで追い詰められている家庭は授業料の建て替え自体が困難なのです。
貧困家庭を援助する仕組みとして導入したのでしょうが、それならば所得制限付きで目的無制限の資金援助を行うほうが、ずっとありがたい。
◆さらに広がる経済・教育の格差
さらに、前回の記事で言及したように、中流以上の家庭の子どもたちは、浮いたお金で塾通いや留学をして、さらに格差を広げんとするでしょう。
ちなみに、私が親として予算100万円で大学入試対策をするなら、留学資金に充てます。塾代は高校3年間で累計200万〜300万はかかりますが、短期留学ならば一回50万〜100万円程度でおさまります。
昨今は総合型選抜(いわゆる推薦入試)が一般入試に代わって入試形態の過半数となるなど盛んであり、留学経験は推薦入試における強力な切り札になるためです。
東京大学の推薦入試は「○○オリンピック予選突破」や「全国○○コンクール優勝」など華々しい経歴が並びますが、見せ方次第で留学経験はこれに並ぶ。
◆「お金でしか買えない経験」が入試で響くことも
さて、ひっくり返っても留学ができない子どもたちはどうすればいいのでしょうか? 私のように、勉強の才能があれば、一発逆転を狙って国立大を受験できるかもしれません。
ですが、そこには高校授業料がタダになって浮いたお金でふんだんな教育投資を受けた進学校のライバルたちがワラワラと……。
では推薦入試はといえば、そこはさらにお金がモノをいう世界。才能があれば一発逆転できたペーパーテストと違い、バックボーンとなる経験がなければ、お話にならない。そして金でしか買えない経験が大半です。
この国の教育はどこに向かっているのでしょうか。今更高給取りの知的エリート階層と、低賃金で浅学な労働者階層の二分化を推し進めようとしているのか。
◆「大学全入」の幻想に囚われすぎでは
私は、この問題の根本が「大学全入時代」にあると考えています。大学入試競争が激しくなりすぎて、「大学に行かないと仕事に就けない」と誰もが考えている。
ですが、本来教育はぜいたく品です。誰にでも配られるものではない。その結果、大学入試でどうしても相対的に不利になる貧乏人が割を食っている。
何度も言われていることですが、大学は就職予備校ではありません。ですが、「せめて大学くらいは」と、見栄とプライドのために何も考えず大学に入れようとする親たちと「親が言うのだから」と盲目的に従う子どもたちには、そうではないようです。
少なくとも、彼らが集まるところに「研究機関」としての大学が機能するとは、甚だ思えません。
大学受験競争の価値が高まりすぎている。受験で傷つき倒れる子たちも増えています。ですが、これは高校無償化では到底鎮静できない燃え盛る炎です。
◆どんな学歴でも幸せに生きていける環境こそ必要
ここまで大卒の価値ばかり追っているようですが、中学卒業でも高校卒業でも本来は十分な学歴ですし、それで十分幸せに生きていける環境が構築されるべきでしょう。
それが「四大卒」を必須資格のようにして、就職先が絞られる現状、それを野放しにしている社会が、巡り巡って子どもたちの首を絞めているように見えます。
中卒でも高卒でも幸せに暮らせるように生活レベルの底上げを図るべきですし、そういった人々が更なる学びや学びなおしをしたくなった時に戻ってこられる場所として大学があるべきではないかと思います。
「リスキリング」は盛んに奨励されていますが、実際の大学はほとんどが10代の「現役合格者」。石破総理は「地方創生を政策の核心とし、すべての人が夢に挑戦し、自己実現を図っていける国家像」を「楽しい日本」と形容しました。
その実現のためにも、子どもたちを受験地獄から解放するためにも、自己実現を図るのに有効なリスキリングの価値を、さらに広めていってほしいと思います。
―[貧困東大生・布施川天馬]―
【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。著書に最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』がある。株式会社カルペ・ディエムにて、講師として、お金と時間をかけない「省エネ」スタイルの勉強法を学生たちに伝えている。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)