
3月上旬、銀座の商業ビルの3階に入っているクリニックの入り口に、以下の文言が書かれた紙が無造作に貼られていた。
「本日は予約されている方のみの診療とさせていただきます。ご了承ください」
このクリニックは内科や消化器科などがあるごく普通の医療機関なのだが、どこかコロナ禍のときのように患者を歓迎しない雰囲気が漂っている。
入り口のドアをゆっくりと開けると、ホテルのようにきれいな待合室はガランとしており、患者がいる気配はない。それもそのはず、じつはここ、大事な資格を先月厚労省から取り消されてしまったクリニックなのだ――
“銀座の美人医師”が重ねたウソ
2月19日、厚生労働省の地方局のひとつである関東信越厚生局がある行政処分を下した。
|
|
処分を受けたのは、東京都にある医療機関「銀座みゆき通りクリニック」と、その院長である梶原寛子医師。処分の内容は、クリニックの保険医療機関の指定取り消しと、梶原院長の保険医の登録取り消しだ。
「それらを取り消されるということは、そのクリニックと院長は保険診療をできないということ。もちろん、患者が全額自費で払う自由診療ならできますが、このクリニックのホームページを見る限り保険診療がメインのようなので、通常の営業がほとんどできなくなったことを意味します」(メディカルライターの長島渉氏、以下同)
飲食店でいうと営業停止処分にも近いペナルティ。いったい何があったのか。
「関東信越厚生局が公表した資料によると、そのクリニックはどうやら、『個別指導』という名の厚生局からの呼び出しを6回無視し、しかも、その後の『監査』という名の調査も3回欠席したために処分を受けたようです」
「個別指導」というのは、保険診療や診療費の請求を適切に行えるように指導することで、珍しいことではないという。たとえば2023年度は全国で1464件の個別指導が行われている。
|
|
一方、個別指導だけでは十分ではないと判断されたときに行われる「監査」は珍しく、2023年度はたった46件。監査後に下される処分のなかで一番重い保険医療機関の取り消しにいたっては、8件のみだ。(これらの数字は医科だけでなく、歯科や薬局に対する指導や監査も含まれる)
個別指導だけでなく監査までも拒否し続けたことが厚生局を怒らせたのか。
「それもあるとは思いますが、厚生局が重い処分を下した一番の理由は、梶原院長による“悪質なウソ”だと思います」
医師による“診断書偽造”の疑い
厚生局が公表した資料には以下のような説明がある。
「個別指導を欠席する理由として提出された診断書について、発行元の医療機関に照会したところ、診断書の交付歴がないことを確認しており(後略)」
|
|
つまり、梶原院長は厚生局からの呼び出しに対して、体調不良を理由に欠席するとして診断書を提出したのだが、その肝心の診断書がニセモノだったというのだ。
「医師が診断書を偽造するなどもってのほかです。一般人が偽造しても、ももちろん問題ですが、医師が偽造するとより悪質な犯罪につながりかねません。過去には虚偽の診断書を作成したとして『公文書偽造』という重い罪に問われた医師もいます」
梶原医師は、さらに、個別指導を拒否したことでより厳しい「監査」というステージに進んだにもかかわらず、その際も個別指導のときとまったく同じ“虚偽の診断書提出”という手法で出頭を拒み、しかも、体調不良といっておきながら、監査当日に自分のクリニックでいつもどおり診療までしていたというのだ。
ここまでくると腹がすわっているというべきかもしれないが、厚生局はついにしびれを切らし、2025年2月、行政処分にいたった。最初に個別指導を通告したのが2017年というから、最初の拒否から8年かかって厚労省もついに決断したというわけだ。
「取り消し処分の多くは、架空請求や振替請求、二重請求など、診療報酬を不正に請求した際に行われることが多いのですが、今回の『銀座みゆき通りクリニック』に関しては、具体的にどんな不正があったのか、あるいはなかったのかはわからないまま重い処分に踏み切った珍しいケースだといえます」
通常の保険診療ができないなかで、いったいどうやってクリニックを運営していくつもりなのか。また、立派な経歴を持つ医師がなぜ最初の個別指導を頑なに拒み、事態をここまで悪化させてしまったのか。
クリニックに問い合わせると折り返すとの返事をもらったが、その後、先方からの連絡はなかった。