
今の学生には信じられない話だろうが、バブル崩壊後の1990年代から2000年代は就職難で、大卒でも何十社もエントリーし、数社でも面接に行ければいいほうだった。この頃に就活していた学生は就職氷河期と呼ばれる。
投稿を寄せた東京都の54歳女性(年収100万円未満)は「1993年卒」だというから、氷河期の始まりの頃を体験したようだ。「就活で50社」を受けたと明かす。
「私の上の学年では、大学でも腰にスカーフを巻いて夜は遊んでいる女子が目立ったが、私たちが社会人になったときには世相が変わっていた」
1年、生まれたのが早かったら……と思ったに違いない。(文:天音琴葉)
「過酷な大学受験を乗り越え卒業を迎えた年がいきなり不景気」
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「腰にスカーフ」はバブル期を経験したことのない人にはピンとこないだろう。当時はエルメスなどのブランド物のスカーフを腰などに巻くファッションが、若い女性の間で流行っていたようだ。華やかな大学生活を謳歌していた先輩たちは、すんなり就職できたのだろう。だが女性は……
「過酷な大学受験を乗り越え卒業を迎えた年がいきなり不景気。それまで大学推薦のあった企業も、地方出身者は軒並み落とされ、強力な縁故採用がある子以外は、就職活動で苦戦をした」
この世代は第二次ベビーブームで子どもの数が多く、大学受験も今より過酷だった。受験は運もあるが、基本的には本人の努力がそのまま反映される。ところが就職となったらコネが物を言う状況に、歯がゆい思いをした人は当時たくさんいただろう。
結局、女性は「銀行の子会社」に就職した。だが
「何かと本社採用と区別・差別されることが多く低賃金だったので、2年目でIT業界へ転職した」
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それでも正社員として雇用された女性はまだよかったほうかもしれない。それから年を追うごとに就職状況は悪化していき、
「私のさらに2年後の友人は、有名私大卒にもかかわらず派遣雇用」
だった。その後も派遣社員は増える一方であり、
「私が新卒の頃は限られた職種しか派遣労働を認められなかったのだが、どんどん広げられ、現代の身分制度として固定した。低賃金・酷使されメンタルを病む人をたくさん見てきた。日本をぶち壊したのは、小泉・竹中平蔵だと思う」
と苦言を呈した。そんな女性は現在、「大学で英文事務」の職に就いているという。大学職員は安定して勤められるという理由から人気職のようだ。雇用形態はわからないが満足しているだろうか。
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