
ヤクルト正捕手争いサバイバル(前編)
ヤクルトの正捕手ポジション争いが熱い──。開幕一軍へ向け、中村悠平(34歳)を先頭に9人の選手がアピールを続けている。それぞれに個性があり、年齢構成のバランスもよく、近年にない充実ぶりだ。
【打撃向上へ試行錯誤】
松本直樹(31歳)は「他球団のことはわかりませんが」と前置きし、次のように語った。
「ヤクルトの捕手陣はレベルが高いと思います。中村さんはWBCでマスクを被った方ですし、みんなすばらしいものを持っています。僕としては、人は人なので、しっかり自分のプレーをする準備と練習をするだけです。これまでの野球人生を振り返った時、人のことを気にするとロクなことがなかったですから(笑)」
昨シーズン、松本はキャリアハイの60試合に出場し、打率.269など打撃部門で多くの自己記録を更新。プロ初盗塁も決めた。
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「自分としては、うまくいかなかったことのほうが多かったです。試合に負けた次の日は球場に行くのもしんどくて、試合のことを振り返らないといけないのに、振り返りたくないというか......。あらためてムーさん(中村悠平の愛称)はすごいなと。負けた次の日に、しっかり気持ちを切り替えて準備をしている。試合に出ることで、そのことがよくわかりました」
2月の沖縄・浦添キャンプの打撃練習では"クリーンアップ"に見劣りしない打球で、観客席を沸かせた。
「練習では飛ばせるので、そのパンチ力を試合で再現できるカウントをつくりたいですね。これは僕の長所であり、短所でもあるのですが、ボール球を打ちにいって、ヒットにもできるけど、空振りやファウルになって、本来ならワンボールのところをワンストライクにしてしまう。結局、強く振れるカウントに持っていけないので、ボール球は振りにいきながらも止められるような、いい球を1球で仕留められる練習をしている途中です。僕に四球を出したくないと思ってくれるのなら甘い球がくるだろうし、そういうカウントに仕向けていきたい。長打が出れば警戒されて四球も増えるでしょうし、出塁率も上がりますから」
キャンプ中、チーム練習後に休憩もとらず、室内練習場でバットを振り込んだ日もあった。
「これまでと同じことをしていたら、同じかそれ以下にしかならない。去年よりいい準備をしたうえで、結果は神のみぞ知るというか。去年1年で、バッティングに期待してくださる人も多いと思うので、そこは長所として伸ばしながら、捕手の能力もしっかり伸ばしていきたいですね」
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【ケガを乗り越え新たな決意】
内山壮真(22歳)は、ルーキーイヤーにフレッシュオールスターでMVPを獲得。2年目は、オリックスとの日本シリーズ第2戦の9回裏に、起死回生の代打同点3ランを放った。3年目は外野にも挑戦し、94試合に出場して6本塁打と順調な成長曲線を描いてきたが、昨年は上半身や下半身のコンディション不良もあり、24試合の出場にとどまった。
「去年はケガが多かったので、悔しさはもちろんあります。ただ、体を含め、いろいろなところで自分と向き合えました。今後の野球人生に生かせたらと思います」
二軍の戸田球場でのリハビリ期間中は、チームメイトから「今日も陸上部だね」と冷やかされるほど、黙々と走り込んだ。
「基本、走ることは大事だと思いますし、野球は走ることが多いので、いいフォームで走ることを意識してやっていました。今までバッティングでも結果は残せていないので、今年はしっかり成績を出せるようにしたいですね」
古賀優大(26歳)も、昨年は「すごく悔しい1年でした」とケガに泣かされた。オープン戦で下半身を負傷。実戦復帰はイースタンリーグ最終戦だった。
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「最初は試合を目にすることも嫌だったのですが、『来年は絶対にやらないといけない』と、テレビ中継ですが一軍も二軍も見ていました。自分がマスクを被っていたらどうするだろう......中村さんや松本さんはこういう配球をするんだと思いながら見ていました」
戸田での長いリハビリ期間中、強く印象に残ったのはほかの選手をよく観察し、「昨日の試合はこうだったね」と、ピッチャー達と会話をしている光景だった。
こうした観察眼やコミュニケーション能力は、リードにも反映されている。
「配球が得意というよりは、ピッチャーがそれぞれいろんなボールを投げますし、それによって配球も十人十色というか。引き出しの多さには自信があるので、そこは組み立てをしながら、という感じでやっています。ピッチャーを生かしたいのが一番なので」
昨年10月の宮崎でのフェニックスリーグで、奥川恭伸はこんなことを言っていた。
「古賀さんと組んだのは久しぶりでしたけど、こんな配球もあるんだと勉強になりましたし、投げていて楽しかったです」
古賀は浦添キャンプで、前出の松本と同じように打撃練習で"クリーンアップ"に引けをとらない打球を放ち、ファンから何度も拍手が沸き起こった。リハビリ中、走り込みや下半身トレーニングを重点的にやってきた効果だった。
「いろんな方から『打球が強くなった』と言ってもらえています。ただ、試合になるとアベレージも残さないといけないので、そこはコンパクトにやっていきたいです」
【目標は中村からのレギュラー奪取】
そして古賀は、今シーズンから背番号が「57」から「2」になった。
「ハッパをかけられている部分もあると思うので、いい意味でプレッシャーにしてやりたいですね。去年は試合に出られなかったので、まずは一軍で1試合出たら、また次の試合、またその次の試合というふうに重ねていきたい。そして、今年のうちに中村さんからレギュラーを獲ることが大きな目標です」
嶋基宏ヘッドコーチは、期待が膨らむキャッチャー陣の起用についてこう話した。
「総合力で勝負する選手もいれば、守備型、攻撃型と、ほんとにいろんなタイプのキャッチャーがいて、かなり層が厚くなりましたし、面白いと思います。もちろん、中村が主戦になるなかで、相手ピッチャーやこっちのピッチャーとの相性とか、総合的な評価をしながらですね。中村もだいぶキャリアを重ねて、年齢もあるので1年をフルというのは難しいでしょうし、次のキャッチャーを育てないといけないチームでもありますので」
嶋コーチにどんな捕手になってほしいかと聞くと、「勝ちにどれだけ導けるかですよね」と言い、こう続けた。
「僕も現役時代に言われたのですが、キャッチャーは勝敗に直結しているポジションです。どれだけ打とうが、チームが最下位なら苦しいと思うでしょうし。オープン戦では、ほかのコーチたちと何がベストなのかを探っている感じですね」
ヤクルト捕手陣の競争は、チームの底上げにもつながるはずだ。正捕手・中村の背中を追う松本、古賀、内山......さらに、5人のイキのいい若手キャッチャーたちも虎視眈々と一軍を目指しているのである。
つづく