
Q. 「ジュースクレンズで認知機能が低下する」って本当ですか?
Q. 「ダイエットや健康にいいと聞いたので、定期的にコールドプレスジュースを買ってジュースクレンズというプチ断食をしています。最近、『ジュースクレンズで認知機能が低下する』という話を聞きましたが、本当でしょうか?」A. あまり気にする必要はありませんが、栄養バランスには注意が必要です
まず結論からお伝えすると、「認知機能が落ちてしまうのではないか」と心配する必要はありません。 ジュースクレンズで認知機能が低下するという情報は、野菜や果物のジュースを取ることが口内細菌に及ぼす影響を調べた研究結果が誤って伝わったものだからです。一方で、認知機能とは関係なく、栄養バランスの観点からは、「ジュースクレンズ」はおすすめできません。以下で、分かりやすく解説します。
「ジュースクレンズ(juice cleanse)」は、少し前に流行した一種の断食方法です。固形物は食べず、代わりに「コールドプレスジュース」だけを一定期間飲むことで、消化器官が休められて体によいと言われていたようです。「コールドプレスジュース」とは、果物や野菜に熱を加えず、生のまま強い圧力をかけて水分を搾り出して作った飲料のことです。
質問者の方は定期的にプチ断食として取り入れているとのことですが、この断食方法は科学的根拠に乏しく、健康に悪い可能性もあるという指摘もあります。
今回の「認知機能低下につながる」という情報は、おそらく2025年1月に国際学術誌『Nutrients』に掲載された論文(※1)で報告された内容を受けたものでしょう。実際に論文に何が書かれていたのか、どう考えるべきかを、正しく知ることが重要です。
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その上で、唾液や頬粘膜、便のサンプルを回収し、そこに含まれている細菌分布の解析結果が報告されています。
データ量が多いため全てを紹介することはできませんが、ご質問の認知機能低下に関連するものとして、腸内細菌分布の解析結果が紹介されています。
少し専門的な言葉が並びますが、3日間ジュースのみを取った場合、Porphyromonadaceae科、Rikenellaceae科、Coriobacteriaceae科、Alcaligenaceae科、 Erysipelotrichaceae科の細菌の割合が多い傾向にあったことが記されています。
また、考察の中で、腸内でPorphyromonadaceae科の細菌が過剰になった老化マウスは、記憶障害が引き起こされ、神経変性疾患の進行と共に不安行動が増加したと報告されていること(Clin Interv Aging, 13: 1497–1511, 2018)や、肝性脳症と腸内細菌分布の関係を調べた過去の研究において、肝硬変患者では腸内のAlcaligenaceae科細菌が多く、炎症に伴う認知機能の低下との関連性が示唆されたこと(Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol, 302: G168–G175, 2012)などが引用されています。
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科学者としてはっきり言ってしまうと、この結果だけを受けて「ジュースクレンズを続けると認知機能が低下する」と考えるのは、非科学的です。この論文で示されたのは、「短期間でもジュースだけに偏った食事にすると、腸内細菌分布に変化が生じる」ということだけです。
しかも、各群10人にも満たない小規模な実験です。認知機能との関連が推定される細菌は増加傾向にあったものの、統計的な有意差はありませんでした。「統計的な有意差はない」というのは、偶然や誤差の範囲でも説明できてしまうような情報、という意味です。つまり、認知機能低下を示す明確なデータは一つもないのです。
一般的に、果物や野菜は健康にいいと考えられています。その理由は、ビタミンなどの有益な栄養素が摂取できるのはもちろん、腸内環境を整えたり、脂質の吸収を抑えてくれる食物繊維が多く取れるからです。
ジュースにすれば、果物や野菜を一度にたくさん取ることができますが、特に「コールドプレスジュース」の場合は、食物繊維のほとんどが除去され、健康上のメリットが少なくなっています。
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しかも、糖分のかたまりとも言えるジュースだけで食事を済ませることは、「偏食」に他なりません。余計なことは考えず、「ごくごく普通」に、規則正しく、適量で栄養バランスのとれた食事を心がけていれば、健康には十分だと思います。
■参考
(※1)Effects of Vegetable and Fruit Juicing on Gut and Oral Microbiome Composition(MDPI)(英語)
阿部 和穂プロフィール
薬学博士・大学薬学部教授。東京大学薬学部卒業後、同大学院薬学系研究科修士課程修了。東京大学薬学部助手、米国ソーク研究所博士研究員等を経て、現在は武蔵野大学薬学部教授として教鞭をとる。専門である脳科学・医薬分野に関し、新聞・雑誌への寄稿、生涯学習講座や市民大学での講演などを通じ、幅広く情報発信を行っている。(文:阿部 和穂(脳科学者・医薬研究者))