
年齢を重ねると、少しでも長生きしたいがために、あれこれ「やらねば」と気になってしまう。健康診断、食事制限、食事制限、運動、運動、脳トレ……身に覚えはないだろうか。しかし、高齢者医療の第一人者である和田秀樹医師は「しなくていいという暮らしがかえって健康と幸せをもたらします」ときっぱり。
ダイエットでの食事制限をやめる
「一般的なダイエットのための食事制限は注意が必要。例えば『糖質制限』など、その効果が過度に強調されている印象です。これらの多くは科学的根拠に乏しく、むしろ健康を害する可能性すらあります」
そう話すのは、医師の和田秀樹先生。糖質制限ダイエットについても、脳の機能低下を招く可能性があると指摘する。ダイエットのための食事制限だけでなく、病気予防のための食事制限も神経質になりすぎないほうがいいという。
「40歳以上になると『メタボ健診』が実施され、生活習慣病の予防が強調されます。しかし、研究結果では『小太りの人のほうがやせ型の人よりも長生きする』というデータも存在します。日本では極端な肥満者は少なく、過度な痩身を推奨している傾向にあるのは疑問です」
食事で目を向けたいのは、抗酸化物質を意識的に摂取すること。
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「抗酸化物質の代表はβカロテン(ビタミンA)、ビタミンC、ビタミンEなどのビタミン類と、亜鉛やセレンなどのミネラル。フランスの権威あるアンチエイジング専門医によれば、細胞の炎症を抑制することが健康長寿の鍵であり、若々しい見た目のまま120歳まで生きることも可能といいます。ビタミンA、C、E、セレン、亜鉛などの栄養素は、体内の酸化を防ぎ、健康維持に貢献します」
身体の酸化とは細胞の炎症、つまり細胞を包む細胞膜に傷のできた状態のことで、がんの原因になることさえあるという。意識して抗酸化物質の豊富な食品をとることが大切。
「特定の食品にこだわることなく、好きなものを食べてください。食事を楽しむことが重要です。食事の満足感が免疫力のアップにつながり、結果として認知症にもがんにもなりにくくなるのです」
認知症予防のための脳トレをやめる
頭を使うといっても、いわゆる『脳トレ』はあまり効果的だとはいえないそう。
「『頭を使う人はボケにくい』というのは事実でしょう。しかし、いわゆる『脳トレ』には大きな誤解があります。数独や計算ドリルのような単一の課題を繰り返し行っても、その特定の能力は向上するかもしれませんが、脳全体の機能向上にはつながりません」
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これは科学的研究でも実証されており、『ネイチャー』や『JAMA』といった権威ある学術誌でも、従来型の脳トレの効果に疑問が投げかけられているそう。では、どのような活動が効果的なのだろうか。
「最も推奨されるのは、他者との会話です。会話は即興的な思考を必要とし、相手の反応に応じた柔軟な対応が求められます。これにより、前頭葉が活性化され、認知機能の維持向上に効果的です」
前頭葉の機能が低下すると、新しい経験を避けるようになるとか。
「意識的に新しいことを取り入れましょう。行ったことのない店へ出かけたり、新しい作家の作品を読んだり、何か創作活動に挑戦するなど、日常生活に新しい刺激を取り入れることで、認知機能を維持することができます」
がんリスクを減らす食事に気を使いすぎるのをやめる
がんは現代日本の主要な死因となっているが、その予防のための食事制限は必要ないという。
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「重要なのは免疫力の維持です。食事制限やストレスは免疫力を低下させ、かえってがんのリスクを高める可能性があります。免疫力を高めるためには、好きな食べ物を楽しむことが大切です。身体が欲する食品に素直に従い、一般的に『悪い』とされる食品でも、欲する場合は無理に避ける必要はありません。
ただし、同じものばかり過剰摂取することは避けましょう。慢性型アレルギーを発症して身体の酸化を招くリスクがあります」
和田先生は4〜5年前、3回コロナウイルスに罹患したものの、いずれも無症状であったという。
「高血圧、糖尿病、心不全という基礎疾患があり、60代であったにもかかわらずです。これは、好きな食事やワインを楽しむことで維持された高い免疫力のおかげだと考えています」
無理のある過度な運動をやめる
運動は健康維持に重要だが、高齢者の場合、激しい運動はかえって有害な場合がある。
「運動のやりすぎは活性酸素を増加させ、老化を促進する可能性があります。高齢者に適した運動として、水中ウォーキングが推奨されます。水中では関節への負担が少なく、体温調節機能の維持に効果的です。
また、日常的な散歩も効果的な運動方法。適度な運動量で、日光浴による骨粗鬆症予防やセロトニン分泌促進効果が期待でき、うつ予防にも効果があります」
特筆すべきは、家事の重要性だという。買い物、調理、掃除、洗濯などの日常活動は、それなりの運動量を確保し、外出の機会を創出する。
「ひとり暮らしの高齢者の方が家族と同居している人より長生きだといわれています。これは、家事を自身でこなすからというのも理由のひとつ。筋肉の維持につながり、免疫機能の向上を促進するとともに、生活リズムもつくれます」
苦しいがん治療に耐えるのをやめる
「がん検診には身体に負担をかけるものもあり、結果によっては酷な治療で寿命を縮めるものもあります。がんについて恐れすぎないことが大切。85歳以上の高齢者の体内には、ほぼ必ずがんが存在するのは事実。しかし、必ずしもそれが死因となるわけではなく、実際、がんで死亡する割合はがんが発見された患者の3分の1程度です」
そして、がんが見つかったとき、その後の対策も大切。
「高齢者のがんであれば、苦しい治療に耐えて、がんを根絶するより、治療は最小限にして、がんとともに生きていくほうを私はおすすめします。がんは積極的な治療をしなければ、亡くなる少し前まで普通の暮らしができる病気だからです。病院のベッドに縛られずに済んで、健康寿命を延ばせることが多いのでは」
医師が処方した薬を漫然と続けることをやめる
処方薬による体調不良を感じた場合、必ずしも医師に相談する必要はないという。
「特に予防的な薬物療法については、自己判断での中止も許容されます。現代医療では、検査数値が過度に重視され、予防薬が安易に処方される傾向です。また、複数薬剤の併用(ポリファーマシー)も問題となっています」
理想的な医師は、薬の減量や中止に柔軟に対応し、コミュニケーションが取りやすい人だと話す。信頼関係を築ける医師を見つけることが、高齢者医療の質を高める重要な鍵となるそうだ。
世間からの声を気にしすぎることをやめる
高齢なら「こうだ」と決めつけられることが多くある。例えば、高齢者は運転が危ないという風潮。先生はそこに疑問を抱く。
「若いころに比べると体力が落ちたと感じる瞬間があるかもしれません。それで運転を控えようとすることも。しかし、シニアになってから移動手段をなくすのは行動や交友範囲を狭めることになり、生活の質の低下や、認知の衰えを招くことが懸念されます。世間からのプレッシャーに負けず、一日でも長く運転ができるよう健康維持に努めることに意識を向けましょう」
「やめるべきことを実践」し、不安やストレスに縛られることなく、より穏やかで幸せな老後を迎えたい。
教えてくれたのは…和田秀樹医師●精神科医。和田秀樹こころと体のクリニック院長。東京大学医学部卒業。高齢者専門の総合病院である浴風会病院の精神科などを経て、高齢者専門の精神科医として30年以上にわたり高齢者医療の現場に携わっている。著書に『60歳を過ぎたらやめるが勝ち』(主婦と生活社)など多数。