
来週末に鈴鹿サーキットで行なわれる第3戦・日本GPで、角田裕毅がレッドブル・レーシングに昇格することが発表された。
リアム・ローソンが開幕から2戦続けて苦戦したことを受けての判断だが、それだけがドライバー交代の理由ではない。角田の成長が大きな要因になったことも事実だ。
昨年12月に不振のセルジオ・ペレスの後任として角田ではなくローソンの起用を決めた際、レッドブル首脳陣はローソンの適応能力と安定性を理由に挙げた。角田の速さは認めながらも、ローソンと比べて精神的な不安定さがときおり顔をのぞかせることが、角田を起用しなかった理由だとも述べた。
あれから3カ月──。
2025年シーズンの角田は、見違えるような成長を見せている。チームリーダーとして堂々たる走りでチームを牽引し、課題とされた不安定さも完全に払拭した。
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チームの戦略ミスで入賞のチャンスは逃したものの、開幕から2戦連続で中団トップを快走。角田自身、声を荒げることもなく、極めて力強いレース運びを見せた。
コクピットの中のみならず、レースに対するアプローチのすべてにおいて集中し、全身全霊を捧げ、隅から隅まで突き詰める姿勢があった。それが「角田裕毅」というドライバーの力強い安定感につながっていた。
そんな成長があったからこそ、「不振のローソンに代えて角田の走りを見てみたい」「今の角田ならやれるのではないか」とレッドブル首脳陣に思わせ、今回のレッドブル昇格というチャンスが与えられたのだ。
F1で優勝争いをするトップチームに日本人ドライバーが乗るのは、初めてのことだ。当然、表彰台や優勝も視野に入ってくる。
いや、これまで日本人が3回しか達成できなかった表彰台は「乗れて当たり前」の世界になり、これまで「いつかは君が代」と憧れの対象であり続けたはるか遠くの夢が、今や現実的な目標としてすぐ目の前に存在している。
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これは、そんなエポックメイキングな出来事だ。
【レッドブルのマシンは挙動が繊細】
その一方で、レッドブルで戦うということが、我々が想像するよりもずっと難しい挑戦だということも理解しておかなければならない。速いマシンに乗れば速く走れるという、そんな単純な世界ではない。
レッドブルのマシンはピーキーで扱いが難しく、マックス・フェルスタッペンには手懐けることができても、ほかのドライバーたちは適応ができずに大差をつけられて苦しむ、ということが続いてきた。降格するローソンも、そんな被害者のひとりだとされている。
たしかにレッドブルのマシンは挙動が繊細で、フロントの回頭性を重視するがゆえに、リアが不安定になりやすい。それを破綻ギリギリのところでコントロールできたドライバーだけが、マシンの性能を最大限に引き出せるというわけだ。
下位カテゴリーから今までの走りを見てきたかぎり、角田はオーバーステアなマシンをものともしない卓越したマシンコントロール能力があり、レッドブルのマシン特性にもすんなりと順応できるのではないかと個人的には思う。昨年アブダビGP後のテストに臨む際にも、シミュレーターで試した瞬間からそれに苦労するどころか、「自分に合っていて乗りやすい」と言うくらいのドライバーだからだ。
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ただし、レッドブルのマシン性能をラップタイムにつなげるのは、そういった生まれ持った純粋な速さやマシンコントロール能力だけではない。
ホンダ(HRC)の折原伸太郎トラックサイドゼネラルマネージャーはこう語る。
「ドライバーによってドライバビリティやエネルギーマネージメントといったチューニングはありますが、どちらかというとマックス(・フェルスタッペン)が特殊というか、それ以外のドライバーとはセッティングが違うというべきでしょうか。
マックスはほかのドライバーたちとはスロットルの踏み方などが違うので、それに合わせてラグが出ないようにするとか、マックスに合せていろいろとチューニングしているんですが、リアム(・ローソン)やチェコ(セルジオ・ペレス)は踏み方が緩やかでそこまでシビアではないんです」
【フェルスタッペンと同じレベルは不可能】
これはパワーユニットのみならず、マシンのセットアップについても言えることだ。
ウイングやサスペンションといった基本的なセットアップのレベルではなく、F1ではステアリング上のボタン操作で常に切り替えることができるデフやブレーキバランスといった電子的なセットアップを、とにかく究極まで自分のドライビングに合わせて突き詰めている。
どのコーナーでどのセッティングを使うか、というだけでなく、コーナーの入口(ブレーキング)、コーナリング中、立ち上がり──それぞれに対してセッティングそのものを作り込み、コーナーごとにそれらを切り替えて最適化する。場合によっては、マシンの性能をフルに引き出すためにドライビングもアジャストし、それにセッティングも合わせる。
気の遠くなるような数々の作業で0.01秒単位のゲインを生み出し、それをすべてのコーナーで積み重ねることで、0.1秒単位のラップタイムにつなげている。もちろん、予選Q3のアタックで完璧なドライビングにまとめ上げるのは、最後はドライバー自身の腕だ。
そこまで突き詰めてようやく到達することができる高みが、レッドブル・レーシングとフェルスタッペンが戦っている世界だ。
それを、これまでにドライブしたことのないRB21にぶっつけ本番で乗る角田が、フェルスタッペンと同じレベルでこなすというのは不可能だ。これは才能とか速さの問題ではなく、速ければレッドブルのマシンに乗っても速く走れる──というような単純な話ではない。
角田にどんなナチュラルな才能があろうとも、才能とは違う次元のそういった勝負には、時間とこのマシンでの走行経験が必要になる。昨年のアブダビテストでしか組んだ経験のないエンジニアたちとの相互理解という点でも、まだまだ時間が必要だ。
そんな背景がありながらも、レッドブルがローソンに対してたった2戦で見切りをつけたのはあまりに早計であり、トップチームとしてはかなり異様な状況にも感じられる。ましてや、新型ノーズとフロントウイングを開幕に1台分しか間に合わせることができず、2台で異なる仕様のマシンを走らせ続けるのも、トップチームとしては異例だ。
【人生を左右する大きな分かれ目】
昨年12月からチームとともに準備を進め、開幕前テストでも走り込んだローソンと比べても、今回の角田は圧倒的に準備期間が少ないまま、レッドブルのコクピットに乗り込まなければならない。
角田自身は火曜日にはすでにこの決定を知らされていたはずで、来週の日本GPまでは1週間しかないが、すぐにイギリスに飛んでシミュレーター作業やエンジニアたちとのコミュニケーションに可能な限り時間を割くべきだろう。日本GP前とあって多くのイベントが予定されているが、すべてキャンセルして準備作業にあてたとしても、文句を言うファンはいないはずだ。
ローソンに対してたったの2戦で評価が下されてしまったことからも、角田に対してもあっという間に結論が下されてしまう可能性もある。背景にレッドブル社内の政治権力闘争もあるだけに、なおさらだ。
2026年のシートがまだ決まっていない角田にとっては、これがF1キャリアの大きな分かれ目、いや人生を左右する大きな分岐点になると言っても過言ではない。
人生を賭けた巨大な挑戦に、一片の悔いもないように挑んでもらいたい。