
市役所のトイレに生理用品を置いてほしいとSNSに投稿し、いい歳をしてなぜ非常用ナプキンを持ち歩かないのか、などとネット上で非難された三重県議がいる。このほど殺害予告メールを受け取り、被害届を提出し受理された。県議の真意はどこにあったのだろうか。この問題の根っこにあるのは「生理の貧困」だという。生理の貧困に取り組む人々に話を聞いた。
本当に必要なのは公立の小学校
最近耳にすることが増えた「生理の貧困」。経済的な理由などから、生理用品を入手することが困難な状態や、生理についての正しい知識の欠如を指しており、女性の心身への深刻な影響が問題視されている。
ドラマ『御上先生』(TBS系)が、この生理の貧困に正面から切り込み、SNS上でも大きな反響を呼んだ。両親を亡くし、祖父母と暮らす女子高生が介護と貧困に苦しみ、生理用品を万引きするというエピソードが描かれた。今どきの生理事情はどうなっているのだろうか。
京都府内を中心に、生理用品の配布活動や生理に関する正しい知識の発信を行うNPO法人『お客様がいらっしゃいました.』の代表・河野有里子さんは語る。
「コロナ禍で生理の貧困が注目され始めたころ、学生の2割が生理用品を買うのに苦労しており、また4分の1が代用品を使ったことがある、という事実を知ったのが活動のきっかけでした。女性の生きづらさを少しでも軽くするため、自分でも何かできるのではないかと。自分も女性ですから、生理用品がないことがどれだけ大変なのかはよくわかります」
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2021年から活動を始めた。団体名の“お客様”とは、月に1〜2度やってくる生理のことを指している。
当初、コロナ禍で親の仕送りや自分のバイト代が減ったことで影響を受けた学生を“生理の貧困”当事者として考えていたが、活動を続けるうちに見えてきたのは、幅広い世代が当事者であったことだ。
「ハローワークや専門学校などにも告知チラシを置いて、地区センターなどで配布を行うのですが、取りに来られる方の年齢層は20代から50代と幅広く、平均は41歳。私たちは大学生を想定していたので驚きました。配布会では生理用品だけでなく生活用品も配布しているので、相談を受けることも。
支援への喜びからメンバーの前で涙された方もいたのが印象的でした。ピルについての相談を受けましたが、医療的なアドバイスはできないので、自分の経験からピルや漢方薬についての話をしたところ、数か月後の配布会で“自分に合う薬を見つけられた”と報告いただき、うれしかったです」
生理は隠すものではない。見える形でやりたいと思って始めた配布会だが「取りに行くのが恥ずかしい」「困っていると思われるのが嫌」などの声を受け、郵送での配布も始めた。高校や大学、女性支援施設に広報しているが、年に1〜2回最大40個の発送の枠はすぐに埋まり、その大半が若い世代だという。
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「生理の貧困は、生理用品が買えないという経済的なものだけではありません。必要な知識を得ていないことも生理の貧困のひとつです。私たちは小学生を対象とした性教育の出前授業を子ども食堂などで行っています。
ボディクリームを経血に見立て実感してもらうなどしています。いちばん大事な時期に必要な知識にアクセスできないのは問題。生理用品の無料設置も私立校が多いですが、本当に必要なのは公立の小学校。生理の貧困は格差の問題とも無関係ではありません」
「生理の貧困という用語は、英語の『Period poverty』の訳語。2017年、国際NGOプラン・インターナショナルがイギリスで行った調査をきっかけに世界的にも広く知られるようになりました」
生理が原因で40日も欠席するという数字が
そう語るのは、NPO法人レッドボックスジャパン代表理事の尾熊栞奈さんだ。イギリス発祥のチャリティー団体として、日本の学校に「赤い箱」に詰めた生理用品を寄付し、生理期間中も安心して学校生活を送れるようサポートを行っている。
「年間約200日の授業のうち、生理が原因で40日も欠席するという数字がある。そのため私たちは、安心して学業に集中させたいという部分にフォーカスして活動しています。基本的に学生への配布をターゲットにしているのですが、当初は担当者が男性であることが多く“それ必要ですか?”という反応も多かった。まずは男性教員の方に必要性を理解してもらうところからのスタートで苦戦しました」(尾熊さん、以下同)
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尾熊さんが活動を始めた2019年、イギリスでは10人に1人の女性が経済的理由で生理用品を購入できず、ティッシュやキッチンペーパー、靴下などで代用していたことが社会問題になっていた。さらに2人に1人は生理を理由に学校を休むなど、生理の貧困が女性の教育機会損失に直結することが明らかに。
「ドラマ『御上先生』でも、生徒が保健室から生理用品を持ち出していた話を養護教諭から聞かされ、主人公が固まってしまう場面がありました。やっぱり男性の方は、娘さんがいらっしゃる方でも、生理用品を見たことも触ったこともない人が大半なんです」
ドラマでは自分の生徒が万引きをしたとの連絡を受け、主人公の男性教師、御上がドラッグストアに駆けつける。
御上は盗んだ商品の代金を払い、さらに大量の生理用品を買い込み「これだけあれば卒業まで足りる?」と尋ねる。この場面についても、SNS上では賛否両論があった。Xでは、
《サイズやメーカー関係なしに買われても。まだまだ勉強が必要》
《どれがいいか本人に聞いてからにして!》
などの声が。
渋谷区立中学校への設置を皮切りに、現在535の施設に生理用品を設置したレッドボックスでは、どんな生理用品が人気かなど、設置校からのヒアリングを行っているという。
生理用品には誰でもアクセスできることが大事
「スポーツタイプのものや、羽根つきで夜用の大きいもののニーズが大きい。学生の経血量が多い時期は、長時間カバーできるように夜用が安心です。私も陸上や空手などのスポーツをしていたのでわかるのですが、ユニフォームを汚してしまわないかなど、女性の競技者は心配が多い。そのせいで十全のパフォーマンスができないなどということがないようサポートしたい」
そのときの在庫や仕入れにもよるが、学生それぞれが自分に合ったものを選べるようにいろいろな種類を入れているそう。また、設置場所は、
「設置先はさまざまです。基本的にはトイレの個室ですが、トイレの入り口だったり、保健室だったりと、設置先の学校の運営方針にお任せしています。学校なので、生理用品の受け渡しの際、身体についてヒアリングしたいという希望もある。そういった場合は保健室で受け渡しを行います。でも、いちばん利用されているのは個室に設置したものです」
「お客様〜」の河野さんも、生理用品の配布はデリケートな問題だと語る。
「京都市内の一部小中学校で生理用品の無料配布の試みがされましたが、配布は保健室を通じてとのこと。保健室に行くこと自体のハードルもあるし、保健室利用者には男子生徒もいる。受け渡しの際に相談してほしいという学校側の要請もわかりますが、生理用品の配布と先生への相談という2つのステップを組み合わせる必要はないのではないでしょうか。生理用品には誰でもアクセスできることが大事だと思います」(河野さん)
イギリスでは、2020年から公立の学校で生理用品の無料配布が開始されたため、レッドボックスの活動も終了したとのこと。
「私たちの活動のゴールもイギリスと同じ。いずれは国から予算が出て、生理用品の無償化が実現することが目標です。そのためにも生理の貧困が一時的なブームで終わらないでほしい」(尾熊さん)
女子トイレの個室内に設置されたディスペンサーに、専用の無料アプリをダウンロードしたスマホを近づけると、ナプキンが1枚取り出せる。
日本のジェンダーギャップ指数は146か国中118位
1人につき2時間に1枚、25日間で7枚まで受け取ることが可能。この画期的な仕組みを生み出したのがオイテル株式会社だ。2021年にサービスを開始、現在はアプリが130万ダウンロードを突破した。驚くことにこれを企画立案したのは男性だという。
「女性は平均して10代から50代まで、約40年間にわたって生理用品を買い続けなければならない。男性の場合、そんな商品がありますか? 個人の趣味、嗜好に費やすお金ではなく、必要不可欠なものとして、40年間生理用品のために消費税を含めて自費で払い続けなければならない。賃金格差もある上に、こんな不条理なことはないでしょう」
そう語るのは、オイテルの取締役・飯崎俊彦さん。当事者ではない男性が、このサービスの発想を得たのはなぜだろうか。
「“社会課題をビジネスで解決する”というテーマのもと、実社会にどんな課題があるのかを掘り下げて調べました。その中で非常に気になったのがジェンダーギャップです。ちなみに前年の日本のジェンダーギャップ指数は146か国中118位。G7加盟国の中では最下位です」(飯崎さん、以下同)
これは捨て置けない問題だと強く感じたという。
「オイテルの取り組みは、ジェンダーギャップという不均衡を軽減したい思いからです。それを実現する1つの手段として生理に伴うさまざまな負担を軽減し、女性の機会損失、ひいては経済的損失の解決を目指したわけです」
生理の貧困は、お金がなくて生理用品が買えないという狭義の問題ではないと飯崎さんは強調する。個室にディスペンサーを設置するアイデアは、ネット上である声を聞いたことがきっかけだ。
「“なぜトイレットペーパーは個室に無料で常備されているのに、生理用品はないのか”という疑問の声にピンときました。そこから、トイレットペーパーと同じように、無料で個室に生理用品を常備するための企画を考えていきました」
オイテルのディスペンサーは、隣の個室に気を使わなくて良いようにほぼ無音で生理用品が出るなど、女性の声に寄り添って設計されている。
「いきなり生理になってコンビニで買おうとしても男性店員だったら買いにくいという声もある。トイレの入り口に販売機があっても、他人に見られたら買いにくいという女性もいる。そういう声がある以上、それは無視できない」
社会の当たり前のインフラとして生理用品の無料配布が定着することを、オイテルは目指している。
「世界中ただのひとりも、生理と無関係な人間なんていない」。そう言ったのは『御上先生』の女子生徒の一人だった。誰もが当事者意識を持って生理の貧困をなくしたい。
取材・文/ガンガーラ田津美