
電車通勤をしている30代男性のAさんは、ある朝いつもと同じように駅のホームで電車を待っていると、突然目の前にいた女性が胸を押さえるようにして倒れました。周りはパニック状態となり、一番近くにいたAさんが女性に呼びかけますが、まったく反応がありません。
【写真】「おっぱいが大きい人の聴診は嬉しいですか?」小学生みたいな質問への医師の回答に反響
どうすればいいのか分からず困り果てるAさんは、ふと視界の端に備え付けられたAEDがあることに気づきます。早速AEDを使って救命処置をおこなうべきと考えたAさんでしたが、「僕がやったらセクハラになるのでは?もし間違えたらどうなる?」とふと我にかえります。男性が女性に救命処置をすると、セクハラで訴えられることはあるのでしょうか。また、処置を間違えたことで何か罰則を受けるのでしょうか。まずは法律ではどのような見解になるのか、弁護士の齊田貴士さんに聞きました。
弁護士「女性にAEDを使用して、訴えられた事例はありません」
ー女性に対してAEDを使用して、本人から訴えられると罪になるのでしょうか
女性に対してAEDを使用する行為は、刑法37条の緊急避難、刑法35条の正当行為としてみなされるため犯罪は成立しません。例えば医者が手術をするときも、肌を露出させたりメスで切ったりしますが、犯罪にはなりません。医療として正当な行為であることから許されています。AEDの使用も同様です。ただし本来AEDを使用する必要性がないにも関わらず使用した場合は、犯罪になります。
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ー女性にAEDを使用して、訴えられた事例はあるのでしょうか
ありません。民事・刑事ともに違法性がないためです。
ー「女性だからAEDを使用しなかった」場合、訴えられる可能性はあるのでしょうか
AEDを使用するべきであるにも関わらず使用しなかった、すなわち適切な治療をしなかったことで、故意過失責任を問われ訴訟される可能性はあります。例えば手術のときに同意書に署名することがあります。手術によって生じる重大なリスクから患者や医者を守るためのものですが、患者本人は医者の過失まで許容しているわけではありません。手術の結果、悪い結果が生じれば医療過誤として訴えられる可能性があります。
AEDの使用も同じことで、適切な治療をしなかった場合は故意過失責任が問われ、訴訟される可能性があります。「女性だからAEDを使用しなかった」は正当な理由にならず、訴えられる可能性があります。
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医師「AEDを使用する人はためらわずに、救命のことだけを考えて」
次に、外科内科クリニックを運営する林裕章さんに医療観点から話を聞きました。
ーそもそもAEDは何のために使うものなのでしょうか
AEDは、心臓の震えを一旦リセットする電気的除細動を行う機械です。心臓が止まる前に、筋肉が震えてポンプとしての役割を失うことがあります。ポンプが動かなくなれば、脳に酸素が行き渡らなくなり、意識を失います。そして身体に酸素や栄養が行かなくなり、死に近づきます。電気的除細動が1分遅れるごとに、救命率は7〜10%低下すると言われています。
ーAEDの使用率はどれくらいなのでしょうか
心肺停止の患者に対する一般人の心肺蘇生率は約50%と言われています。そのうちAEDの使用率は5%。救急車を待っていては間に合いません。AEDを使用すると救命率が上がりますし、使用すべき状態かどうかを自動で判断してくれるので、ためらわずに使用してください。
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ーなぜ一般人の心肺蘇生率やAEDの使用率は低いのでしょうか
日本では何かしらの後遺症が残った場合、よかれと思って助けた人から訴えられる可能性がゼロではありません。アメリカやカナダなどでは「災難に遭ったり、急病になったりした人などを救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、失敗してもその結果の責任は問われない」という内容の法律があります。日本でも早くそのような法律が制定されるべきだと思います。
ーもし倒れた方が女性だった場合、配慮すべきことはありますか
女性を多く集めて壁を作ったり、救命措置の邪魔にならない程度にタオルをかけたりなどの配慮が現実的かと思います。その場にいる方が始めなければ間に合わないため、AEDを使用する人はためらわずに、救命のことだけを考えてほしいと個人的には思います。
◆齊田貴士(さいだ・たかし) 神戸大学法科大学院卒業。 弁護士登録後、ベリーベスト法律事務所に入所。 離婚事件や労働事件等の一般民事から刑事事件、M&Aを含めた企業法務(中小企業法務含む。)、 税務事件など幅広い分野を扱う。その分かりやすく丁寧な解説からメディア出演多数。
◆林裕章(はやし・ひろあき)林外科・内科クリニック理事長 大学病院や急性期病院で外科医としての診療経験を積んだのち2007年に父の経営する有床診療所を継ぐ。現在、外科医の父と放射線科医の妻と、全身を診るクリニックとしての有床診療所および老人ホームを運営している。また、福岡県保険協会会長として、国民が安心して医療を受けられるよう、また医療者・国民ともにより良い社会の実現を目指し、情報収集・発信に努めている。
(まいどなニュース特約・長澤 芳子)
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