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今や日本人の“国民病”ともいわれている認知症。現在、65歳以上の約16%、すなわち7人に1人が発症しているとされている。世界的に見ても、日本はOECD加盟35カ国中、最も「認知症」の人の割合が多い国ということでも知られる。そんななか、驚きのデータが3月下旬に公表された。
慶應義塾大学や米ワシントン大学の研究グループが日本人の過去30年の健康状態を解析した結果、’15〜’21年で最も多い死因が「認知症」だとする研究成果を国際医学誌『ランセット・パブリック・ヘルス』に発表したのだ。
日本では、死因に関する統計は厚生労働省など政府機関が出すデータが一般的に知られている。厚労省の??動態統計は死亡届を基に集計されており、1位は悪性新生物(がん)、2位は心疾患、3位は老衰で、アルツハイマー型認知症は7位になる。
「死因の定義が日本と海外では異なっていて、今回は欧米の算出方法で集計しています」
そう解説するのは、今回の研究を発表した慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュートの野村周平特任教授だ。
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「日本でも欧米でも、死因件数を合計する際に主に使われている人口動態統計は、死亡届に書かれている『原死因』を基にしています。たとえば、高齢になってのみ込む力が弱くなるにつれて、口腔内の細菌が気道に入りやすくなり、肺炎を起こします。
その結果、誤嚥性肺炎で亡くなった場合、日本での死因は誤嚥性肺炎となりますが、欧米では、誤嚥性肺炎の引き金になった疾病を探り、それが認知症であれば、認知症が死因になるのです。
今回の研究では、誤嚥性肺炎のほかにも、心不全と老衰の一部で、認知症の進行が原因とみられるものは死因を『認知症』としました」
死因の統計の取り方を国際的な基準に合わせたとはいえ、死因の順位を見ると、’90年には6位だった認知症が、’05年に4位、’21年に1位と急激に上がってきている。
「過去30年を振り返ってみると、認知症の死亡件数が増えたというより、脳卒中や虚血性心疾患、がんなど、ほかの疾病の死亡リスクが劇的に下がっていることが順位変動に表れているといえるでしょう。それは医療技術の進歩や、予防医学の発達を受けて平均寿命が延びた要因も大きいです。
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この30年で平均寿命と健康寿命との差が1年以上拡大したことは、健康を損なってから亡くなるまでの時間が長くなっていることを示しています。
年齢を重ねると認知症有病率は高まりますから、人生の最終盤に認知症を患うというケースが増えたとみることができます」(野村特任教授)
こうした要因から、日本が“世界で最も認知症による死亡が多い国”というデータが得られたのだ。その数は10万人あたり約135人。日本に次いでイタリア(同108人)、フランス(同70人)、アメリカ(同60人)、イギリス(同55人)と続く。
これらの国ではいずれも、虚血性心疾患あるいは脳卒中が認知症を順位で上回っていた。日本では、高血圧を防ぐために塩分控えめの和食や、野菜ファースト、糖質制限といった食習慣が根付いてきた。さらに1日8千歩以上歩くと健康をキープできるといった運動習慣も広く知られるなど、予防医学が市民の生活に浸透してきた点も大きいと野村特任教授は言う。
「しかし、高血糖や肥満などの指標は高まっています。それらは認知症の原因のひとつともされていますので、これからの対策に役立ててもらいたい」
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いっぽう、厚労省研究班の調査では、認知症高齢者の人数に変化が起きている。
’15年1月に策定された認知症の国家戦略「新オレンジプラン」では、団塊の世代が75歳以上となる’25年には、認知症の高齢者は約700万人(65歳以上の5人に1人)に達すると見込まれていた。ところが昨年、厚労省が公表した数字では、’40年に584万人という見通しに“改善”したのだ。
「高齢者の人口が減ってくるということもありますが、認知症の将来推計は大幅に低下しました。生活習慣病の改善や健康意識の変化などにより、認知機能低下が抑えられてきているので、認知症の有病率が下がってきています。
高齢化が進むなかで認知症は誰もがなりうることには変わりありませんが、たとえ認知症になっても、進行を遅らせる薬を服用しながら、食事や運動など生活習慣を変えたりすることで、元気に自分らしく過ごせるようになります」
そうアドバイスするのは、「おくむらメモリークリニック」(岐阜県岐南町)の奥村歩院長だ。特に、今年1月に医学誌「ネイチャー・メディシン」に掲載された「認知症予防のための14の行動」の記事には、「希望が持てる」と奥村院長は言う。
「認知症のほとんどは高齢期に発症しますが、同記事では『認知症のリスクを減らすためにできることはたくさんある』として、14の具体的な行動を示しています」(奥村院長)
記事では「運動をする」「血圧、糖尿病、コレステロール値を下げるなど生活習慣病を改善させる」「社会的に孤立しない」といったことに積極的に取り組むことで、認知症リスクが下がる可能性があると指摘されている。昨年9月に発表された神戸大学の研究でも、運動、脳トレ、栄養管理、生活習慣病の改善と、4つのカテゴリーを組み合わせたプログラムに参加した高齢者と参加していない人たちを比較すると、参加した人たちの認知機能の数値がじつに4割高いという結果が出た。
「認知症リスクを下げるための習慣は、結果的に健康寿命の延伸にもつながります。いつから始めても遅すぎることはありませんから、できるところから見直していきましょう」(奥村院長)
一人ひとりの前向きな姿勢が、認知症の予防に、また認知症患者にとっても暮らしやすい社会を作ることにつながるのだ。
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