
会話の中で「聞こえているはずなのに内容が理解できない」という困った経験をしたことがある人は少なくないでしょう。ライターをしながらInstagramでイラストを投稿している増田さんも普段の生活で聞き取りにくい時があることを漫画『聞こえてるのに聞き取れない』で発信しています。
健康診断では聴力に問題ないのに、何を言っているのか理解できないときがあるという増田さん。始めて困ったと感じたのは10代のアルバイトを始めた頃だったそうです。「騒がしい中で先輩の話をきいてメモを取る場面で、何度も聞き返してしまい、先輩に耳悪いの?と言われました。実際に音自体は聞こえるのですが、何と言っているのか理解できないことに悩みましたね」と話しています。
その後、増田さんはテレビでAPD(聴覚情報処理障害)のことを知り、自分の状態が当てはまると気づきます。では実際にAPDはどのような症状なのでしょうか。漢方・心療内科出雲いいじまクリニックの医師・島田直英さんに話を聞きました。
「APDは、聴力検査では異常がなくても、音を聞き取る・理解する際に困難が生じる状態です。主な症状としては、騒がしい場所での聞き取りにくさ、早口や小さな声の聞き取りにくさ、複数の人が話している時の聞き分けの困難さ、聞き間違いの多さなどが挙げられます。原因は一概には言えませんが、脳での聴覚情報の処理の問題が考えられています。発達障害(ASD、ADHDなど)や認知機能の偏り、心理的な問題が背景にあることも少なくありません。発症年齢というよりは、小児期から症状が見られることもありますが、学童期以降や成人になってから自覚するケースも多いようです」とのこと。
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増田さんも仕事や日常生活の中で不便さを感じる場面が多いと話します。「会社員だった頃、お客さんの話を聞き取れないのは本当に困りました。電話でのやり取りや要望を理解できないと仕事に支障が出ますし、何度も聞き返すのも申し訳なくて。」こうした状況を避けるために曖昧に返事をしてしまうこともあったそうです。
ではAPDの症状で困らないようにするための対策は、何かあるのでしょうか。島田さんによると、「APDを疑った場合、まず耳鼻咽喉科を受診してください。聴力検査や語音明瞭度検査などで聴覚神経の異常を確認します。耳鼻科で異常が見られない場合は、心療内科や精神科での発達検査や心理検査が追加で行われることもあります。生活をしやすくするためには、騒音を避ける、話す人との距離を縮める、視覚的な情報を補助的に活用するなどの環境調整が有効です。また、ノイズキャンセリングイヤホンや補聴システムの利用、言語聴覚士によるトレーニングも役立つでしょう」とのことです。
実際に、増田さんは相手によっても聞き取りやすさに差があると話します。「私の場合は、相手の声の質によって、聞き取りの度合いが違って、妻の声が非常に聞き取りづらくて、何度も聞き返してしまうのですが、娘の声は聞き取りやすく、あまり聞き逃すことがありません」。
この現象について島田さんは「APDにおいて非常によくある話で重要なポイント」と言います。「APDは入ってきた音情報を脳で処理する過程に困難がある状態のため、同じように聞こえる音でも、その特性や聞く側の処理能力との関係で、聞き取りやすさに差が生じることがあります。
例えば、声の高さや音域、含まれる周波数の違いや話すスピード、一つ一つの音をはっきりと発音するかどうかも、聞き取りやすさに影響します。また、特定の声に対して、より注意を向けやすい、または内容を予測しやすいといった認知的な要因が、聞き取りやすさに影響している可能性もあります。
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娘さんの話す内容は理解しやすく予測が立ちやすいため、聞き逃しが少ないのかもしれません。他にも、声に対する親近感や安心感といった心理的な要因やどのような環境で奥様や娘さんと話しているかによっても、聞き取りやすさは変わります。これらの要因が組み合わさって、現在感じていらっしゃるような聞き取りやすさの違いを生み出している可能性があります」と解説しています。
島田さんによると、日本ではAPDに対応できる医療機関がまだ少なく、当事者が適切な支援を受ける機会が限られているとの話がありました。診断を積極的に行う医師が少ないことや、確立された治療法がまだ存在しないことが課題として挙げられているようです。しかし、環境調整やトレーニングなどで生活の質を改善することは可能です。
増田さんの漫画のように「聞こえているはずなのに理解できない」と感じた場合は、一人で悩まず、専門家に相談してみてはいかがでしょうか。
◆島田直英(しまだ・なおひで)精神科医・総合診療医・漢方医 不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック 副院長
島根大学医学部医学科卒業後、大田市立病院総合診療科、島根大学医学部附属病院総合診療科などを経て、2025年、不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック副院長に就任。飯島院長に医学生時代より師事し不登校・不定愁訴診療の極意を学ぶ。島根大学医学部精神医学講座にも所属。
(海川 まこと/漫画収集家)
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