
「中国には125%の関税をかける!」とブチ上げたトランプだが、大統領就任直後は米中首脳会談に前向きじゃなかったっけ!? 対中姿勢が二転三転するトランプを習近平はどう見ているの?
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■2ヵ月に1度の会談は異例の頻度
今年1月に米大統領に就任すると、トランプ氏は前から決めていたかのように中国へのラブコールを開始。
「就任100日以内に訪中したい!」「6月にアメリカで"誕生日サミット"をやりたい!」(トランプ氏は6月14日生まれ、習近平国家主席は6月15日生まれ)と、これまでの対中強硬姿勢から一転、歩み寄る態度を見せた。
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しかし、4月2日に発表された"トランプ関税"では、日本に課せられた24%よりも高い34%を中国に課すと発表。中国が対抗して報復関税をかけると言うと、トランプ氏は「報復関税を撤回しないなら50%の追加関税を課す」とSNSに投稿。さらに、4月10日には一部の国に対する措置を90日間停止すると発表したのに、中国との相互関税は125%に引き上げるとブチ上げた。
朝令暮改なトランプ氏の対中姿勢に、中国は、習近平氏はどう思っているのか?
中国の権力闘争や対外政策、軍事戦略を長年ウオッチし続けてきた元防衛省情報分析官の上田篤盛(あつもり)氏に話を聞いた。
「予定では、4月(中国)と6月(アメリカ)に米中首脳会談が相互訪問の形で立て続けに行なわれることになっていましたが、これは過去の事例から見ても異例の頻度です」
米中関係は1979年の国交正常化以降、天安門事件や台湾海峡の軍事的緊張など紆余(うよ)曲折を経ながら、関係が悪化してもその都度修復されてきた。定期的に行なわれる米中双方の指導者による相互訪問はその象徴だという。
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「習近平氏でいえば、2013年3月に国家主席に就任すると、同年6月には訪米し、オバマ大統領(当時)と会談しました。これは、ネクタイを外したカジュアルな非公式会談であったことから『シャツ袖会談』とも呼ばれています。
次の会談は翌14年11月、オバマ氏の訪中。その次は翌15年9月、習近平氏がオバマ氏の正式な招待を受けて国賓待遇で訪米しました。ホワイトハウスでの公式晩餐(ばんさん)会を含む首脳会談が開催され、米中関係の重要な節目となりました。これは米中首脳会談の中でも特に格式の高い公式な会談の一例です」
格式に違いはあれど、習近平氏とオバマ氏は1年に1度は会談していたようだ。
「第1次トランプ政権では、習近平氏はトランプ氏が大統領に就任してすぐの17年4月に訪米しました。
選挙戦で攻撃的な対中政策を掲げてきたトランプ氏の外交方針を、習近平氏が確認するために主導的に働きかけたとみられます。
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次に米中首脳会談が行なわれたのは、7ヵ月後の11月。これはトランプ氏の中国への答礼訪問という形で、トランプ氏が"皇帝級の歓迎"と感嘆したほど、中国は豪華な接待でもてなしました」
第1次トランプ政権の際も高頻度に感じるが、その直後に米中関係は悪化する。
「18年1月から米中貿易戦争に突入し、対立が目立つようになりました。中国が譲歩する形で一時的に安定したものの、コロナ禍での激しい舌戦や、半導体輸出規制、スパイ排除などが重なり、国際会議の"ついで"の会談を除けば、米中首脳会談は行なわれませんでした。
そして、前政権のバイデン氏と習近平氏の間では、貿易戦争、コロナ禍、台湾問題の対立などにより、直接訪問という純粋な米中首脳会談はありませんでした」
こういった経緯もあり、今回は歩み寄っていたといえそうな両者だったが、トランプ氏は手のひらを返すように関税のメインターゲットに中国を据えて、強硬姿勢に転じた。
■高く上げた関税もディールのため?
その言動に振り回されながらも、習近平氏はトランプ氏を「まだ交渉する余地のある相手」だと認識していると上田氏は分析する。
「取引(ディール)を重視し、現実的な利益調整を優先するトランプ氏を、習近平氏は交渉可能な相手とみていると考えられます。
というのも、人権やイデオロギーを前面に出し、同盟国との連携を尊重するバイデン氏のほうが、対中強硬姿勢が崩れにくい存在だったのです。
それに比べれば『民主主義vs権威主義』といった価値観の対立などを気にしない取引型外交を展開するトランプ氏はやりやすい相手。実際に18年の米中首脳会談のときにも、交渉の結果、一時的に中国への関税発動が延期されたこともありました」
ちなみに、今回予定されていた訪問の順序は、第1次トランプ政権での会談の経緯を踏まえたものだという。
「『前回は君(習近平)が来たから、今回は私が行く』というトランプ流の相互主義外交の表れであり、それに習近平氏が応じた形でした。
ただし今回の会談は、当時とは戦略的な意味が異なります。すでにトランプ氏は中国との関税戦争を再開しており、今後の対応を見極めながら、新たな米中関係の枠組みを模索しているからです。
その背景には、ロシア・ウクライナ戦争の早期終結に向けて、中国の協力を引き出したいという意図もあるでしょう。米中関係は単なる貿易交渉にとどまらず、地政学的なパワーバランスを調整する重要な要素でもありますから」
そう考えると、今回の関税の大幅増は最善手ではないように感じるが......?
「いえ、トランプ氏は会談直前まで要求を最大限に引き上げて、最後に大きく譲歩するのだと考えられます」
つまり、高く上げた関税を会談前にドンと落とすことで、交渉を有利に進めようとしているというのだ。
「このパターンはトランプ氏の常套(じょうとう)手段で、中国側もそれを理解しています。そのため、中国の王毅(おうき)外相も、アメリカに対して強硬なメッセージを出すなど、同様の演出で応戦しています」
では、習近平氏はこのショーに乗るのだろうか?
「単純には乗らないでしょう。彼もトランプ氏の性格や交渉術をわかっていますから、適切に応答しながら、最終的には中国に有利な状態に持っていく気です。
例えば、トランプ氏が停戦させたいと思っているロシア・ウクライナ戦争において、中国からロシアに口利きしてあげようか、といった利益をチラつかせながら、ほかの分野でトランプ氏の譲歩を引き出そうとすると思われます」
中国の短期的な狙いは関税戦争の緩和だが、その先にはやはり大きな野望がある。
「長期的には台湾統一とともに、中国主導の秩序をアジアに築くことを目指す、いわゆる『華夷(かい)秩序』の確立が視野にあります。
習近平氏は、自身の政権下でアメリカを超えることは難しいと認識しつつも、『大国同士による世界の管理』という考えを重視しています。米中で直接交渉しながら影響力を分け合うような関係を目指していると考えられます。
そのためには、アメリカの国際的な影響力は低下してほしい。トランプ氏がTPP(環太平洋連携協定)からの離脱を決定し、『NATOは時代遅れ』と発言するなど、米国の国際的関与を縮小する傾向を見せていることはうれしいニュースです。
24年の大統領選挙において、ロシアのプーチン大統領は、戦争の状況を有利に進めるためにトランプ氏の再選を望んでいたといわれていますが、習近平氏もトランプ氏の復帰を望んでいたでしょう」
現在、関税で摩擦が起きているように見えるが、もしこれが"この先のディール"のために互いが取っているポーズだとしたら、予定どおり会談が行なわれるかもしれない。
「会談が米中の接近につながれば、当然、台湾情勢にも影響が出てきます。
会談の結果、トランプ氏が、日本よりも中国を優先したほうが利益になると判断すれば、あっさりと方針転換する可能性がありますから。そうなれば、中国が台湾への圧力を強めるのを米国が静観するという事態にもなりかねません。
また、トランプ氏が中国との経済協力を再開すれば、日本を含む世界の貿易やサプライチェーンにも大きな影響が出るでしょう。
そんな世界で、日本が受けるダメージを最小限に抑えるには、過度な"反中姿勢"を避けつつ、中国との対話ルートを維持する必要があります。米中接近による日本の孤立を防ぐためです。いわば、日米同盟の形骸化に備えた保険ですね」
上田氏は、最後に米中ふたりのリーダーの共通点を挙げる。
「強い自尊心、カリスマ性、状況に応じて柔軟に対応する戦略思考、強権的なリーダーシップ、ディールを重視する交渉スタイル、そして自国第一主義......。
細かい差はあっても両者とも思考回路は似ているので、気が合ってしまえばディールが一気に進む可能性もあるわけです」
日本と世界の命運は、似た者同士のリーダーふたりに委ねられている?
取材・構成/小峯隆生 写真/時事通信社