
“働き方のイマ”に注目するシリーズ「work23」。最近、「退職はしない、ただ、必要最低限の仕事しかやらない」という働き方を指す「静かな退職」という言葉が注目されています。20代にも広がる「静かな退職」、その当事者が語る「コスパのいい働き方」とは?
【写真で見る】「上司との会話をAIに」 “静かな退職”理由は?
“必要最低限の仕事のみ” 4割超“必要最低限の仕事のみをこなす働き方”、「静かな退職」。実際に退職はしないものの、心理的には会社を去っている状態を意味します。
22日に発表されたマイナビの調査では、「静かな退職」をしている正社員の割合は44.5%にのぼりました。
「静かな退職」をしている正社員の割合(出典:マイナビ)
▼20代 46.7%
▼30代 41.6%
▼40代 44.3%
▼50代 45.6%
全年代で4割を超えていますが、中でも20代が最多となっています。“静かな退職”をしている人はどんな日常を送っているのでしょうか。
都内の大手企業に勤める20代の男性は、出世は望まず、残業も基本的にしないといいます。
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“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「(午後)5時半くらいでもう退勤。いつも通り、特に得るものもないって感じ」
今の会社に入って3年ほど。社内のIT関連業務を担当しています。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「いわゆる“指示待ち”をして、指示されたことはやる」
「(Q.モチベーションは100%で言うと)業務に対する熱量みたいなことですか?ゼロですね」
やる気がなくなっていったきっかけは…
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「スキルが身につかないような社内の業務が実態として振られたものだった。単純作業に近しいようなものばかりで、将来に繋がらないなという不満があった」
さらに、上司から告げられた言葉が引き金に。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「『異動も当面はできないし、業務を変えてあげることもできない』。『昇給も基本的にはないものと考えてほしい』という風なことを言われて、だったら何も頑張らなくていいなと思って」
「静かな退職」をすると決めてからは、働き方も変わりました。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「上長と会話する時は、面倒くさいので会話をAIに突っ込んで、僕喋ってない」
上司に提出する文書の作成をAIに任せるように。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「向こう(上司)はAIに対して色々喋ってて、頑張るなと思って見ています」
空いた時間で転職活動も始めましたが、まだ焦りはありません。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「むやみに給料下げたりとか、激務になりそうな職場に行くくらいだったら、今のところに残ってダラダラした方がコスパがいいので」
仕事でストレスが溜まった時、よく行く店があるといいます。渋谷の中華料理店「陳家私菜」。いつも頼むものは「麻婆豆腐」です。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「美味いっすね、やっぱ。汗かくの気持ちいい。こういうのがストレス発散にはよくて」
「静かな退職」を始めて半年。今の会社にいる間はこの働き方をやめる気はないといいます。
“静かな退職”をする大手企業勤務(20代)
「会社の中で自分はあまり期待されていない不利な立場になってしまった。今の場所で努力することは、言ってみればコスパが悪い」
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藤森祥平キャスター:
“静かな退職”は、3年前にアメリカで広がってきた「クワイエットクイッティング」の日本語訳で、退職はせずに最低限の仕事しかしない働き方を指します。これは“主体的に選択する”という点がポイントです。
大手企業勤務の20代男性は、「業務に対する熱意がゼロ」と話していましたが、“静かな退職”について、雇用問題に詳しい大正大学の海老原嗣生氏は「いまは労働人口が減り、昭和のような『24時間戦う』無駄な働き方が難しい」「共働き家庭が増えるなか、会社に縛られない『静かな退職』は、家事や育児などと両立できる働き方に繋がる」とみています。
小川彩佳キャスター:
三宅さんは、脱・全身全霊という働き方、仕事に全力を傾注するだけではない生き方を提唱していますが、考え方は似ていますか?
三宅香帆さん:
すごく似ているなと思います。
私の著書「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の中で、全身全霊ではなく「半身」という言葉を使いました。
その言葉も、競争社会に全コミットしすぎると、年齢を重ねたときにバーンアウトしてしまったり、頑張りすぎて鬱になってしまったり、あるいは家庭との両立が難しかったりという問題があるという問いかけだったのです。
アメリカでは「クワイエットクイッティング」、中国では「寝そべり族」という言葉が流行っていて、競争社会へのアンチテーゼが若い世代の世界的な流行の一つです。
やりがいを求めすぎないというより、競争社会で勝つことだけを考えて仕事にフルコミットするのではなく、仕事も頑張るけどそれ以外のところも人生の楽しみだということに価値を置くという価値観が世界的に広まっているのかなと思います。
藤森祥平キャスター:
以下が“静かな退職”の例ですが、20代から50代まで多様なきっかけがあります。
▼20代「キャリアアップに興味がない」
▼30代「給料に見合った仕事量はしている」
▼40代「上司と意見が合わない」
▼50代「やりがいがある仕事がない」
真山仁さん:
私はこの“静かな退職”について、定義をして欲しいと思います。20代と50代では全然パターンが違いますよね。
例えば、自分と同世代の出版社の50代の人たちは、10年ほど前から、「ローンが残っているから業務はするけど、それ以上はやらない」という人がたくさんいます。
20代の、まだ社会人になって間もない人たちが「モチベーションがないからこのままでいい」というのであれば、会社を辞めて、環境を良くして自分の中で楽しいことをするべきだと思ってしまいます。だから、世代で切っていくと定義がしにくいです。
“静かな退職”自体は、その人の人生だから良いと思いますが、問題は、そこに「リスクがある」ということです。例えば、人を減らさなければいけない場合に会社から「やめて」と言われるかもしれませんし、働いている人と働いていない人の給料が同じであることで不満の対象になる可能性もあります。企業は、“静かな退職”を認める代わりに、基本給を減らして頑張ってる人にしっかり払ってあげるべきです。
本来は、全員に同じようにプラスアルファしてあげれば良いのですが、企業はそこまでできませんから、モチベーションがなくなり、だんだん苦痛な環境になるかもしれません。それに耐えられるかは、選択するときに必ず出てくることで、ある意味、(“静かな退職”を選ぶということは)自由を選択したということでしょう。我慢することに対価を払うということが労働の一部ではありますからね。
50代の人は(我慢を)選んでいますが、20代にはこういう選択肢や、「ある上司がいなくなったら楽しくなるかも」と教えてあげたいですね。
小川彩佳キャスター:
若い人にはリスクの感覚はあるのでしょうか?
三宅香帆さん:
リスクの感覚があるからこそ、仕事にフルコミットして上司のもとで働き過ぎても、昇給が認められないから、働かない方が「コスパがいい」と考えてしまうのかなと思います。
藤森キャスター:
深入りする前に判断するということですね。
真山仁さん:
ただ、組織はずっと同じ人間同士で動きません。さまざまな上司がいる中で、どのように楽しいものを見つけるかというのも、社会人の一つの訓練として必要な部分です。
三宅香帆さん:
“静かな退職”モードのときもあれば、上司が変わってやる気が上がるっていうモードのときもあるという気がします。
真山仁さん:
“静かな退職”は本人の自由なので構わないんですが、同世代で「自分はこんなに働いているのになんで同じ給料なんだ」となれば、働いている人たちが辞めてしまいます。
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藤森キャスター:
働きがいのある会社総研によると、管理職・役員等で、職場への影響はないと答えた人は11.9%だということです。つまり、9割近くが“静かな退職”の影響があるとみているようです。主な影響として、▼連帯が低下する、▼仕事量の偏りによる不満が募るという点があるといいます。
一方、大正大学の海老原氏によると、▼年功昇給・残業代の見直し、▼中途採用がしやすくなるといったメリットもあるということです。
真山仁さん:
バブルがはじけてから、年功序列をやめようとずっと言われてきていますが、現実では続いています。「5年いれば係長になるのが当たり前」という雰囲気もありますね。
“静かな退職”のような選択を企業が許していくようになると、企業側もそれに合わせて制度を変えやすくなるともいえます。
一見、ウィンウィンですが、力のある組織と個人の中で「あなたが選んだのだからそのまま」とされて、いくつになっても昇給しない制度になる可能性もあるわけです。
小川キャスター:
環境としてはもっとシビアになる可能性があるということですね。
真山仁さん:
雇用制度の問題点はずっと見て見ぬふりしてきたのです。
私は新聞社にもいましたが、むちゃくちゃな働き方をさせながら「モチベーションがあるでしょ」と言われてきた人もたくさんいます。そういう点から考え直して欲しいです。
三宅香帆さん:
企業側も変わっていくべきというのは、本当にその通りだと思います。
従来の日本企業のような、全員に成長・昇給を目指して頑張れというあり方が限界に近づいていて、多様な働き方を許容するように企業が変わっていかなくてはいけない時代だと思います。
小川キャスター:
育児や介護、健康状態などで意欲的になりたくてもなれない瞬間はありますから、柔軟な働き方というのを後押しするような広がり方をすればいいですね。
藤森キャスター:
そして、意欲があって成果を残した人に対しては、正しい評価をしてほしいと願っています。
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<プロフィール>
三宅香帆さん
文芸評論家 年間350冊以上の本を読む
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で新書大賞
真山仁さん
小説家 「ハゲタカ」「ロッキード」など
最新著書に「ロスト7」