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「中身で勝負したい」と言い、パーカーで商談に行きたがる部下がいた。それを知った上司は、頭の中では「え? ダメに決まってるだろう」と思ったのだが、どう諭したらいいのか、分からない――。
「パーカーおじさん」という表現が一時期もてはやされたが、私(55歳)もパーカーが好きだ。確かにパーカーは着脱が簡単でリラックス感があり、体温調節もしやすいのも事実だ。だからといって、客先との商談でパーカーを着てよいのだろうか?
今回は、お客さま視点で考えることの重要性、第一印象の影響力、そして衣服が持つ心理的効果について解説する。無邪気な若手社員と接する機会のある上司は、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
●「中身で勝負」が通用しない理由
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「中身で勝負したいので、パーカーでも大丈夫ですよね?」
若手の営業からこんな質問をされたら、上司は即座にこう答えるべきだ。
「パーカーで営業されて喜ぶというお客さまでない限り、決しておすすめできない」
ビジネスの基本は「相手の立場に立って考える」ことだ。他者視点がなく、自分視点でしか物事を考えられない人間は、いずれ人から信頼されなくなる。
「中身で勝負」というのは耳に心地いい。しかし、お客さまは「中身」だけでなく、それを包む「外見」も含めて判断するものだ。営業が最初にすべきことは、まず「信頼」を獲得すること。服装がラフすぎると、それだけでお客さまの警戒心を強めてしまう。
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そもそも「中身で勝負」という言葉自体、よく考えると不思議な表現だ。中身と外見は対立するものではない。どちらも自分を表現する大切な要素である。
●ビジネスカジュアルとオフィスカジュアルの違い
昨今、スーツでなくてもいい場面は確かに増えた。しかしパーカーとビジネスカジュアルは別物だ。ここで基本的な区別を整理しておこう。
ビジネスカジュアルとは、取引先や社外との会議にも対応しやすい比較的きちんとした装いのことだ。襟付きシャツやジャケット、スラックスなどが中心である。少なくとも、一定のフォーマル感を維持することが求められる。
一方オフィスカジュアルは社内向けの服装だ。ポロシャツやチノパン、スニーカーなど、ラフなスタイルが許容される場合が多い。
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パーカーはどちらかといえばオフィスカジュアル、もしくはそれ以下のプライベートウェアだ。商談の場に持ち込むのは適切とはいえない。
もちろんこれは目安だ。組織文化にも左右される。TPO(時・場所・場合)をわきまえることが基本だということを忘れないでほしい。
●「権威性」という無視できない心理効果
服装の話をする前に「権威性」について簡単に触れたい。
上司から叱られても聞く耳を持たない社員が、社長から同じことを言われたらどうだろうか。おそらく、たちまち態度が変わり、言うことを素直に聞くようになるだろう。これは、人間の心理に「権威性」という心理効果が働くからだ。
その人が持つ肩書や社会的立場が、無意識に人の心に影響を与える。心理学者のロバート・チャルディーニは、権威を持つ人の言葉がいかに人々の行動に影響を与えるかを研究した。
米国のある大学での実験では、普段着の若者が先生役をしたときと、同じ人物がスーツを着て「MITの数学教授」として現れたときでは、学生たちの反応が大きく変わった。服装だけで信頼度が変わるのだ。
これはユニフォーム効果といい、ビジネスでも活用されている。研究開発型の企業では、白衣を着た技術者の説明に説得力が増すことが分かっている。
●営業パーソンの服装が発揮する5つの心理効果
「中身で勝負」という理想を掲げたい気持ちは分かる。しかし営業パーソンの服装には、知っておくべき心理効果がある。具体的な事例とともに解説しよう。
信頼性の向上
きちんとした服装は「この人は信頼できる」という印象を与える。特に初対面では、見た目の印象が大きな割合を占める。
ある保険会社の調査によると、営業パーソンの服装が整っているかどうかで、契約率が約15%も変わったという報告がある。同じ説明内容でも、服装次第で信頼度が変わるのだ。
ある新人営業は契約が取れず悩んでいたが、上司のアドバイスでスーツの質を上げたところ、わずか2カ月で成績が劇的に向上した。顧客からは「前よりも話が信頼できる」との声が寄せられたという。
プロフェッショナル意識の表現
適切な服装は「私はプロです」というメッセージになる。パーカーではその意識を伝えにくい。
IT業界のある営業パーソンは、スタートアップの雰囲気に合わせてカジュアルな服装で訪問していた。しかし大手企業との商談では成約率が低迷してしまった。そこで、ビジネスカジュアルに変更したところ「この会社は本気だ」と評価され、大型案件を次々と獲得できるようになった。
相手への敬意の表現
服装を整えることは「あなたを大切に思っています」という非言語メッセージになる。
ある金融機関では、お客さまの業種や役職に合わせた服装ガイドラインを設けている。製造業の現場ならビジネスカジュアル、経営層との商談ならフォーマルスーツというように変えた。「相手を尊重している」という姿勢を示すことで、顧客満足度が大幅に向上した。
心構えの切り替え
ビジネス向けの服装に着替えることで、自分自身の気持ちも「仕事モード」に切り替わる。
テレワークが増えた時期、在宅でも上半身だけでもビジネス服を着用した営業パーソンは、ラフな服装で仕事をした人よりも営業トークの質が高く、集中力も持続したという社内調査結果がある。服装は外見だけでなく、自分自身の心理状態にも影響を与えるのだ。
組織の代表としての自覚
個人の好みではなく、組織の代表として適切な装いをすることは、社会人としての基本。
ある大手メーカーの営業部では、全員が統一されたドレスコードを順守している。これにより「同じチームの一員」という連帯感・帰属意識が生まれるだけでなく、「会社の顔」としての自覚も芽生えた。接客態度も向上。結果として組織全体のブランドイメージが高まったという好事例である。
●まとめ
服装は「見栄え」の問題ではなく、コミュニケーションの一部だ。言葉で伝えることと同じくらい、見た目で伝えるメッセージも重要だ。
IT業界やクリエイティブ業界では、カジュアルな服装文化が浸透しているケースもある。それでも初対面の商談や重要な交渉の場ではビジネスカジュアル以上の装いが望ましいだろう。業界の文化を理解したうえで、「相手にとって何が適切か」を常に意識していこう。
「中身で勝負」という発想は否定しない。しかしその中身を最大限に生かすには、適切な“包装”も必要なのだ。繰り返すが、ビジネスの本質は相手の立場に立って考えること。その基本を教えながら商談に臨んで、素晴らしい結果を手に入れてほしい。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
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