巨人・リチャード入団会見より ©産経新聞2025年5月12日、プロ野球界に激震が走った。読売ジャイアンツと福岡ソフトバンクホークスの間でトレードが成立。肝心の顔触れは、巨人からは将来を嘱望されたスラッガー・秋広優人と、リーグ優勝にも貢献した左の中継ぎ・大江竜聖。対するソフトバンクからは(砂川)リチャードが放出される。2対1という形式以上に、選手の“質”と“可能性”の交換に各所から驚きの声が上がった。
このトレードは単なる選手補強ではない。巨人という球団が“未来”ではなく“今”を選び取った意思表示でもある。主砲・岡本和真の離脱、坂本勇人などの高齢化、そして中心選手になりつつある吉川尚輝のピーク──すべてが重なるこのタイミングで、球団は短期決戦に踏み切ったのだ。ここには、強い覚悟と危機感がにじんでいる。
◆衝撃のトレードが意味するもの
秋広優人は、2メートルの長身から繰り出すダイナミックなスイングで「令和の大砲」と期待されてきた逸材。高校時代から注目を集め、素材型と評価されつつも、着実に成長を見せていた。2023年には一軍で10本塁打を放ち、大砲としてのポテンシャルを見せたが、2024年以降はやや足踏みが続いていた。今季も開幕から二軍調整が続き、打撃の粗さや守備・走塁面の課題が解消されていないことがネックとされていた。
一方の大江竜聖は、サイドスローにフォームを変えたことが功を奏し、2020年にはチームの勝ちパターンに食い込んだのはまだ記憶に新しい。セットアッパーとして存在感を発揮し、特に左打者に強かった。近年は故障に悩まされていたものの、サイドスローから繰り出すクロスファイアーは大きな武器であり、復活した姿を待ち望んでいたファンも少なくないはず。
両者とも20代中盤の若さ。再浮上の可能性は十分に残されており、今後の成長次第では“失った未来”として巨人ファンの記憶に刻まれるかもしれない。
巨人は過去にも、驚きを伴うトレードを何度も実行してきた。そこには一貫して「勝つために必要な補強を行う」という姿勢があった。本記事では、なかでも象徴的な3例を紹介しよう。
◆【高田・池田】⇔【ウィーラー・高梨】(2020年)
2020年シーズン途中、楽天との間で成立したこのトレードで、将来期待されていた若手投手2人と、実績組のゼラス・ウィーラー&高梨雄平だ。結果的に両選手とも即戦力として活躍し、リーグ2連覇に貢献。
高梨は移籍してすぐにブルペンの一員となり、セットアッパーとしての地位を確立。ウィーラーはムードメーカーであると同時に、持ち前のパワフルな打撃で幾度もチームを救った。よってリーグ優勝を果たしていることから、この補強は“成功例”であり、「現実的な補強」の好例とされる。
◆谷佳知の獲得(2006年)
「理想的な2番打者」として復活を遂げた谷佳知は、まさに成功例だろう。2001年にはシーズン52二塁打というNPB記録を樹立。文句なしの実績を持っていたが、移籍直前の2年間は怪我や故障の影響もあり、キャリアの低迷期を迎えていた。この状況下で、2006年オフに鴨志田貴司、長田昌浩とのトレードで移籍が決まった。
原辰徳監督(当時)は、谷を2番打者として積極的に起用。これがハマり、移籍初年度から見事に復活し、チームトップの打率.318を含む、10本塁打、53打点、10盗塁という打線の“潤滑油”になった。右打ちはもちろんのこと、試合中の状況判断も踏まえた打撃ができる谷だからこその役割だった。また、谷の復活による相乗効果で、1番打者を任されていた高橋由伸も好調を維持。結果的に5年ぶりのリーグ優勝を果たした。
◆小久保裕紀の“無償トレード”(2003年)
2003年、小久保裕紀はオープン戦の本塁クロスプレーで右ひざを負傷。前十字靭帯断裂などの大ケガを負い、一・二軍とも試合に出場することはできなかった。その後のオフに、無情にも無償トレードを宣告されたのだ。故障明けとはいえ、ダイエーの主力である小久保が“無償”で巨人へ移籍したこのトレードは、日本球界史に残る衝撃だった。背景には複雑な事情や小久保とフロントの意向があったとされるが、球界はもちろん、ファンの間で大きな議論を呼んだ。
ただ、移籍後は巨人でも主軸として君臨し、2004年には41本塁打を放ち、リーグまたぎの移籍ももろともしなかった。持ち前のリーダーシップを活かし、低迷していたチームを牽引。阿部慎之助や高橋といった生え抜きの主力に良い影響を与え、2007年以降の巨人の復活に大きく貢献したと言える。
◆岡本の穴埋めは…
岡本和真の左肘靱帯損傷による長期離脱は、巨人にとって致命的な出来事だった。4番不在、三塁手不在という二重苦の中、長距離砲・リチャードの獲得は非常に明確な意図を持っていた。
リチャードは二軍で史上初となる「5年連続本塁打王」に輝いている。ただし、コンタクト率に課題があり、一軍実績はまだ乏しい。つまり、岡本の穴を完全に埋めるのではなく、“長打の期待感”で打線に厚みを加えることが最大の狙いだろう。
ただし、2025年の巨人には、時間的制約が多くの面で押し寄せている。選手構成を見ると、それは明らかだ。坂本は、衰えが顕著に見られており、復調するにしても時間はかかりそうである。また、丸佳浩は年々フル出場が難しくなってきており、今年はシーズン開幕前に離脱。吉川と甲斐拓也は今がフィジカル的にピークになりそうだ。このようにいまの巨人は、「あと数年後に優勝を狙う」では遅すぎるのだ。“今、この瞬間”に勝ちを積み重ねることが求められている。だからこその荒削りながらも長打が見込めるリチャードであり、だからこその秋広・大江放出なのだ。
また、若手には期待株の浅野翔吾も控えており、編成としては“未来”を完全に捨てたわけではない。だが、吉川などのセンターラインの主力が全盛期であるこの時期を逃せば、再び優勝から離れる可能性もある。その危機感が、今回の動きを後押しした。
リチャードが単年だけでもそれなりに本塁打を放ち、岡本の不在を少しでも補えばこのトレードは成功と見なされる。だが、秋広がホークスで主砲に育ち、大江が勝ちパターンで登板し続けるような未来があれば、批判の声が出るのも避けられない。
◆未来を捨てたのではなく、“今”を選んだトレード
繰り返しになるが、巨人は未来を放棄したのではない。岡本不在のいま、優勝を知る坂本や丸がプレーできるうちに、吉川と甲斐がピークの間に「もう一度、勝つ」ために覚悟を持って決断した──それが今回のトレードの本質だ。
巨人の歴史は常に勝利と批判の間を揺れ動いてきた。今回の決断も、例外ではない。だが、“勝つために動いた”という点において、このトレードは明確な意志を示している。
この判断が“英断”として語られるのか、それとも“惜別の過ち”として記録されるのか。それを決めるのは、グラウンド上の彼ら自身である。
<TEXT/ゴジキ>
【ゴジキ】
野球評論家・著作家。これまでに 『巨人軍解体新書』(光文社新書)・『アンチデータベースボール』(カンゼン)・『戦略で読む高校野球』(集英社新書)などを出版。「ゴジキの巨人軍解体新書」や「データで読む高校野球 2022」、「ゴジキの新・野球論」を過去に連載。週刊プレイボーイやスポーツ報知、女性セブンなどメディアの取材も多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターにも選出。日刊SPA!にて寄稿に携わる。Twitter:@godziki_55