メンタル関連の離職・欠勤率が増加…“健康経営”は本当に従業員のため? 睡眠・運動そして喫煙など嗜好体験の影響は

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2025年05月30日 09:10  ORICON NEWS

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健康経営に乗り出す企業は増加しているが…(写真はイメージ)
 多くの企業が人手不足に直面している。そんな今だからこそ、「従業員の健康増進によって生産性や業績を向上させたい」「人を集めるために企業イメージを良くしたい」と、“健康経営”をスローガンに掲げる企業は増加している。従業員にとってもありがたい施策に見えるが、もし“健康”を達成するためにと、過度にプレッシャーをかけられるとしたら…。本当の健康経営とは何か? 従業員のメンタルヘルスと欠勤率・離職率について研究する、順天堂大学医学部の矢野裕一朗教授に取材。また、“喫煙”にまつわる意外な事実についても聞いた。

【画像】睡眠、運動…喫煙!? 離職や欠勤率下げる意外な研究結果

■ストレスチェックは義務なのに…日本企業で働く人の約13%がメンタル不調

 健康経営とは、従業員の健康管理・健康増進を経営の課題として捉え、戦略的に実施していくこと。それにより企業の生産性の向上、医療費の削減などが期待できるのはもちろん、従業員自身の健康寿命延伸や生活の質も向上できるとされている。社会保障費の拡大や労働人口の減少が急速に進む日本において、経済産業省が推進してきた施策であり、顕彰制度として「健康経営銘柄」「健康経営優良法人認定制度」なども。企業がこれらに認定されると、社会的な評価を受けることもできる。

 そんなわけで、健康経営に取り組む企業はどんどん増えている現在。従業員の健康の保持・増進のため、フィジカルはもちろん、メンタル面のケアも必須とされており、10年前の労働安全衛生法の改正で、50人以上の従業員を雇う企業には年1回以上のストレスチェックも義務付けられている。

 ところが、日本企業で働く人の約13%がメンタル不調を抱えていることが、厚労省の最新の調査で公表された。メンタルヘルス関連の離職率・欠勤率も増加傾向にあり、人材不足の折、従業員のメンタルケアは企業にとって喫緊の課題となっているという。

 「メンタルヘルス問題が頻発する企業は貴重な人材が流出しがちなだけでなく、新たな人材を雇用しようとしても『従業員を大切にしない』といったネガティブなイメージから採用活動がうまくいかない傾向にあります。また長期の休職が発生すると他の従業員の負担が増加し、メンタル不調の連鎖にも繋がりかねません。さらに治療が必要になれば、企業の健康保険料の負担や労災コストがのしかかってくることも。メンタル不調で一番つらいのは本人ですが、企業にとってもダメージは非常に大きいんです」(順天堂大学医学部・矢野裕一朗教授/以下同)

 こうした課題に対して、矢野教授、健康長寿産業連合会、JST共創の場形成支援プログラムの3者が、「従業員のライフスタイルとメンタルヘルス関連欠勤率および離職率との関連」の共同研究を実施。1748社、419万9021人のデータを分析した結果、「睡眠による十分な休養」「定期的な運動習慣」「喫煙習慣」の3つのライフスタイルが、メンタルヘルス関連の欠勤率・離職率を有意に減少させることを明らかにしている。

 このうち睡眠と運動について、矢野教授は「健康なメンタルを維持するための両輪のようなもの」と解説する。

 「人間の脳は睡眠によって日中の情報の整理、感情の処理といったストレスを軽減する働きをします。また適度な運動は“幸せホルモン”とも呼ばれるセロトニンなどの脳内物質の分泌を活性し、心身をリフレッシュする効果があります。重要なのはどちらか一方が欠けると、互いに悪影響を及ぼし合うという点。つまり睡眠不足になると日中の活動意欲が低下し、運動する気力が湧きにくくなりますし、運動不足になると睡眠の質が低下し、結果的に睡眠不足になるわけですね。これらの不足によってストレスを感じやすくなり、職場の人間関係に影響することもあります」

■「健康のため」業務時間外まで管理…、従業員に与えるプレッシャーと企業のソリューション不足

 前述のとおり、昨今は従業員の健康に投資することが企業の業績にも繋がるとして、健康経営に取り組む企業が増えた。なかでも業務パフォーマンスに直結するとして、「睡眠」や「運動」にアプローチする企業は多いようだ。

 「睡眠の量や質、運動頻度を可視化できる、アプリやウェアラブルデバイスを活用する企業も増えていますね。ただし、なかには業務時間外まで“管理”されることに抵抗のある従業員もいるので、あくまで選択肢として提供することが適切だと思います。企業にとっては管理しやすくなりますが、テクノロジーだけですべてが解決できるわけではありません」

 従業員の志向や嗜好はさまざまで、画一的な施策では解決できないのが「健康経営の難しいところ」だと矢野教授は指摘する。

 「現在、従業員が50人以上の企業には産業医の選任や、定期的なストレスチェックが義務付けられています。しかしチェックはしても、その先のソリューションが十分に整っていないケースも多く見受けられます。実際、ハイリスクが検知されても『マイナス評価になるのでは』といった心理的ハードルから、産業医に相談しない人は少なくないんです。そうした従業員の多様なニーズを丁寧に把握し、場合によっては匿名で相談できるオンラインツールを導入するなど、すべての人が利用しやすい窓口を複数用意することはとても大切です」

 いずれにしても、健康経営を成功させるために欠かせないのは、「従業員に過度なプレッシャーを与えないこと」だと矢野教授は強調する。

 メンタルを健康に維持するために、睡眠と運動が欠かせないのは理解しやすい。ところが矢野教授らの共同研究では、「喫煙者の多い企業ほどメンタルヘルス関連の欠勤率が(わずかながら)低い」という、常識を覆すような結果も出ている。この結果はどのように捉えればいいのか。

 「正直、この結果には私たちも戸惑いがありました。ただ、まずお伝えしたいのは『喫煙がメンタルに良い』という結論が導き出されたわけではない、ということです。この調査はあくまで『ある時点での喫煙率と欠勤率の相関』といった“瞬間”を捉えたもの。今回の結果について仮説として考えられるのは、ニコチン依存下にある人にとって、喫煙は一時的に覚醒度を高めたり、集中力を向上させたり、リラックス効果をもたらしたりする作用がある。そのためメンタル不調を感じていても、非喫煙者に比べて欠勤・離職という行為に移るまでの閾値がわずかに高い。つまり、我慢しやすい、あるいは不調を認識しにくい状態にあると可能性があります。これはもちろん真の健康状態とは言えませんが、一方で短期的に見れば『喫煙=企業の不利益に繋がる』と言い切ることもできません」

 健康経営の一環として、「従業員の完全禁煙」を第一に掲げる企業は多い。近年も、某県の職員が完全禁煙のルールを破ったことで処分を受けた例もあった。しかし、たばこがコーヒーやタブレットミントなどと同様の「リラックスのための嗜好品」と考えている人もいる。喫煙ルールや他者に迷惑をかけない配慮はもちろん必要だとしても、あまりに厳格に縛ることは却って従業員のメンタル不調を引き起こさないだろうか。

 「たしかに多様性を尊重すると言いながらも、たばこだけは例外のように“悪”と見なされる風潮はありますね(笑)。たばこが心身の健康に悪影響を及ぼすのは事実です。とはいえ、『明日から全員禁煙』『破ったらペナルティ』といった急激な変化の押し付けは、大きなハレーションを生みます。企業側にとって必要な姿勢は、喫煙を一律に悪と見なすのではなく、本人の意思だけでは解決できない問題だと理解すること。その上で、卒煙希望のある従業員に適切なステップを踏んだ禁煙プログラムを提供することです」

■厳格なルールやペナルティは逆効果、本当に従業員のためになる健康経営とは?

 矢野教授の他の研究では、残業にペナルティを課している企業は離職率が高く、フレックス制度などを設けている企業は離職率が低いという結果が出ている。厳格なルールやペナルティは逆効果で、むしろ従業員の意志を尊重することが大切なのはこの研究からも明らかだ。

 「たばこに関して言えば、ハーバード大学が『感謝の気持ちが喚起されると禁煙モチベーションが高まる』といった面白い論文を発表しました。行動変容の促し方は大きく変わっています。コストやプレッシャーをかけない健康経営のアイディアも、まだまだたくさんあるのではないでしょうか」

 経産省が「健康経営優良法人制度」を創設して来年で10年。健康経営というワードは広く認知されたが、運動や睡眠にしてもとかく“やらされ感”が付きまとうといった従業員のボヤキも聞こえてくる。従業員の健康促進のための取り組みが多様な志向や嗜好を奪ったり、プレッシャーを与えたりすることになっていないか。見直すタイミングに来ているのかもしれない。

(文:児玉澄子)

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