
「実は相続トラブルというと、お金持ちの家庭のものと思われがちですが、財産総額5000万円以下の家庭でよく起きているのが現状です」
そう語るのは、ベンチャーサポート相続税理士法人代表税理士の古尾谷裕昭さん。大相続時代といわれる昨今、財産相続は富裕層だけの話ではないようだ。
相続トラブルは財産の少ない家庭でも起きる
「最高裁の調査によると、遺産分割調停の約75%が相続財産5000万円以下の案件。富裕層では相続税についてのトラブルが多いのに対し、一般家庭では遺産分割の割合や金額で争うケースが激増しています」
当初は円満に解決できると思っていても、相続の話し合いが始まると予想外の展開になることも少なくない。なぜ、そのようなトラブルが起きてしまうのだろうか?
「相続トラブルの一番の原因は、当事者同士の『想い』の違いです」と、公認会計士・税理士の清田幸佑さんは話す。
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「親と同居して介護に尽くした人は『自分が苦労したのだから多めにもらって当然』と考え、別居していたきょうだいは『家に住めるだけでも得をしているのだから同じか少なめが公平』と思うなど、価値観のズレからトラブルになりやすいのです」
お互いの主張を譲らないと、なかなか相続が進まないばかりか、心理的なしこりとなって、精神的につらい思いをすることに。
「相続人同士の関係性の希薄さは大きな要因です。普段から会話のないきょうだいや親族ほどトラブルになりやすい。代襲相続(親が亡くなっている場合に孫が相続すること)で甥(おい)・姪(めい)が関わるケースなど、相続の場が初対面というケースも少なくありません」
子どもがいない夫婦でも相続トラブルに
子どもがいない夫婦の相続もよくある相続トラブルだと清田さんは話す。
「子どもがいない夫婦の場合、配偶者と相続順位第2位の親が相続することになります。この際、配偶者と親の仲が良好でない場合はトラブルに発展しがち。
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例えば、嫁姑(よめしゅうとめ)問題があった場合などには、夫の遺産を嫁と姑が取り合うことになるので、争いは激しくなる傾向があります」
そして、財産が不動産の場合、泥沼化するおそれも。清田さんは不動産の相続で、もめごとが起きる理由は大きく2つあるという。
「1つは不動産の分割方法でもめること。不動産を1人だけが相続する、代償金を支払う、売却して現金分割する、など方法によって不公平さが生じます。もう1つは不動産の評価方法でもめること。時価や相続税路線価など評価方法が複数あり、意見が折り合わないことがあります」
相続の問題はきちんと解決しておかないと、「あったはずの実家や財産が消えた」となる可能性も。
「主に2つの状況があります。1つは、相続人がいない場合や相続放棄をした場合です。もう1つは、遺産を使い込んだり、隠したりした場合です」(古尾谷さん)
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使い込みは預貯金が使い込まれるケースが典型だが、時には不動産が勝手に売られている事例も存在するそう。
「これで安心」は大間違い!遺言書の落とし穴
遺産相続でトラブルを避けるために、遺言書の存在が重要だと古尾谷さん。しかし、たとえ遺言書があっても、それがもめる原因になることもあるという。
「せっかく遺言書を残しても、法的に有効でなかったり、内容に問題があるケースは珍しくありません。例えば、自筆証書遺言で日付が『吉日』など曖昧だったり、署名が手書きでなかったりすると無効になります。
また、相続人の遺留分(法定相続人に保障された最低限の相続分)を無視した内容だとトラブルの原因になります」
また自筆証書遺言の場合、保管場所が明確でないと見つからないことも多いそう。
「公正証書遺言なら公証役場で保管されますが、自筆証書遺言は家庭内のどこかに保管されているため、いざというときに見つからないケースも多いんです。また、明らかに配分に偏りがある遺言は遺留分を侵害することになりトラブルのもととなります」
遺産相続のさまざまな落とし穴。こうしたトラブルを未然に防ぐためには、どうすればよいのだろうか?
「まず、被相続人の生前に家族で相続について話し合い、資産目録を作成しておくことが大切です。資産目録には土地、銀行預金、株などの有価証券、住宅ローン、生命保険、自動車、貴金属類など全ての財産を記載しておくと良いでしょう。
遺産の全容を透明化し、法的に有効な遺言書を作成すれば、トラブルのリスクを大きく減らせます」(清田さん)
子どもがいない夫婦についても、遺言書を準備することが有効。古尾谷さんは相続における公正証書遺言の重要性も強調する。もし、すでにトラブルが発生してしまった場合はどうすればいいのか?
「遺産相続は遺言書の内容に沿って行うか、相続人の話し合いによって行うことが可能です。しかし、その手続きが煩雑だったり、トラブルになるケースもありますので、プロに手伝ってもらうことも検討しましょう。
相続争いにはなっていないが、手続きだけを専門家に任せたい場合には、用途に応じて司法書士、税理士、行政書士に依頼するのも一つの方法です」(古尾谷さん)
第三者だからこそ親族間のもめごとを整理・解決できるメリットはある。
大切なのは家族の絆を守ること
誰しもが相続トラブルに巻き込まれる可能性はあり、重要なのは普段から意識しておくことのようだ。
「寄与分(相続人が被相続人の財産維持・増加に特別に貢献した場合の取り分)に関する相続トラブルを避けるためには、親(被相続人)と同居していた人はきょうだいが訪れてくれたときには車代や手土産を用意したり、別居していた人は同居していた人に対し日頃から介護などをねぎらい、感謝の気持ちを表すなども必要です」
と、清田さん。お互いの立場を思いやり、冷静に話し合う態度が大切。
「財産の多寡にかかわらず、家族の関係性や環境によって複雑化することもあります。大切なのは『うちは大丈夫』と過信せず、元気なうちから家族で相続について話し合う機会を持つことです」(古尾谷さん)
清田さんは相続でお金以外に失われがちなものについて警鐘を鳴らす。
「相続で最も悲しいのは、お金や財産を巡って家族の絆が切れてしまうことです。遺産分割でもめた結果、きょうだいが絶縁状態になったり、親族間で長年にわたって確執が続いたりするケースを数多く見てきました。財産は取り戻せても、失った関係性を修復するのは容易ではありません」
2025年は団塊世代が後期高齢者となることから「大相続時代」が到来。財産相続や「家じまい」にまつわる相談が増えるといわれている。税金対策や資産の売却など、早めの準備が大切だ。
話を伺ったのは……
古尾谷裕昭さん●ベンチャーサポート相続税理士法人 代表税理士。相続税申告は年間3000件を超え、日本有数の相続専門税理士法人に。11.5万人以上の登録者数を持つ相続YouTubeチャンネル相続専門税理士チャンネル「ベンチャーサポート相続税理士法人」を運営。
清田幸佑さん●公認会計士・税理士。1997年に清田会計事務所として設立後、2009年にランドマーク税理士法人に組織変更。資産税コンサルティングをはじめ、相続税の申告件数は9500件超、税務相談件数は20万件以上と全国トップクラスの実績を誇る。15の本支店および相続の無料相談窓口も開設。