
「夕食は任せておけ」と胸を張っていたのに
3カ月ほど前のこと。夫と、6歳と3歳の子ども二人で家でのんびりしていた土曜日、アユミさん(40歳)は実家の母から「お父さんが倒れた」と連絡を受けた。「救急車で病院に運ばれたと。実家は自宅から1時間ほど。私には姉がいますが、結婚して遠方にいるからすぐ駆けつけてはこられない。夫に、今すぐ行ってくると言うと『分かった。子どもたちは見てるから』と言ってくれたんです。
すでに午後だったので、『夕飯、どうしよう』と夫を見ると『大丈夫だよ、オレが作って食べさせるから』って。一瞬、本当に大丈夫かなと思ったんですが、逡巡している時間もなかったので、お願いねと飛び出しました」
病院へ行くと、父は集中治療室にいた。母が廊下でおろおろしている。母に声をかけ、しばらくたったところで医師からの説明を聞いた。とりあえずは急性期の治療をしているところなので、これからどうなるかは何とも言えないということだった。
「今日は帰るしかないということで、うろたえる母を落ち着かせ、昼も食べていないというのでファミレスに行きました。もう夕方だったから何か食べられるものを食べて、私たちが力をつけないとお父さんを看病できないからと母を励まして……。
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夜9時すぎに自宅に戻ると
母を家に送り、少し話をして、また翌日、病院に行くために迎えに来ると言って自宅に戻った。結局、夜9時過ぎになってしまったという。「夫がキッチンでぼうっと立っているんです。何してるのと聞いたら、『今、ごはんが炊けたところ』って。夜9時ですよ。子どもたちはとっくに寝る時間のはず。下の子はリビングのソファで眠りこけていました。
上の子は『おなかがすいて眠れない』と。頼んでいったじゃない、どうしてやってくれないのよ。子どもたちがおなかをすかせているのが分からなかったのと思わず夫を責めてしまいました」
すると夫は「いやあ、夕方からうっかり寝ちゃったんだよね」と悪びれもせず言った。日ごろから疲れているせいだなと続けて、まったく謝ろうともしなかった。
いざというとき頼れないなんて
下の子は完全に寝入っていたので、そのまま寝室に運んだ。上の子には炊けたごはんと、作り置きの煮物を解凍、急いで大好きな親子丼を作った。着替えもせず、アユミさんは働き続けた。一段落してふっと見ると、夫はごはんにふりかけをかけて食べていた。
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翌日、母に連絡をとり、午後早めに病院に行くことになった。アユミさんは考えた末、車を出して子どもたちも連れていくことにした。
「夫にはLINEで『父の病院に行ってきます。子どもたちも連れていきます』と送りました。本当は、だから今日はずっと寝ててくださいと書きたかったんですが、さすがに嫌みかなと思って。でも困ったときに頼りにならないのがショックでしたね」
翌日夫が出掛けた先は……
車の中で、子どもたちには静かにするよう言い聞かせた。日曜日だったから患者も少ない。父の様子を見てから、また医師と話した。子どもたちは看護師さんが見ていてくれた。「命は助かりそうだけど、後遺症についてはまだなんとも言えない、と。でも母はホッとしたようでした」
その日は途中で買い物をし、母を家に送って夕飯の支度をするついでに自宅用の総菜も作り、それを持って帰宅した。
「夫は留守でした。子どもたちと夕飯をとっていると帰ってきたんだけど、『どこに行ってたの』と聞いても『うん、ちょっと』って。たぶん、パチンコだと思う。なんだか情けなくなってきましたね、あのときは。子どもたちがいなかったらたぶん私、泣いていたと思う」
もう夫には頼らない
アユミさんはフルタイムで働いているため、それ以降は週末になると父を見舞い、母を励ます日々が続いた。もう夫には何も言わないと決めていた。「2週間くらいたってから、夫が『お義父さん、どうなの』って。今さら何をどう説明すればいいのか分からないと返しました。『怒ってる?』と言われて、よけいイラッとしましたね。まず謝れ、と思って。どんなに大変でも夫には頼れない、頼りたくないと思いました」
つい先日、父はリハビリ病院に転院した。後遺症は残るものの、杖を頼りに少しずつ歩けるようになっている。
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子どもの前では普通に暮らしているから、夫はいまだに肝心なことに気づいていないかもしれないとアユミさんはため息をついた。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))