写真 近年、財務省に対する批判や「財務省解体」を求めるデモが全国で散発的に行われている。参加者は主に物価高や将来不安、財政政策への不満を募らせており、これらが財務省への怒りとして集約されている。
しかし、こうした訴えには具体的な政策提案が乏しく、単なる不満の発散で終わっている可能性がある。背景には、国民民主党が提案した「103万円の壁」問題への財務省の対応や、長年広まった財務省陰謀論の影響があるとされるが、やはりそこからは、物価高や国民負担率の増加に対する“中流貧民”の不満と怒りが見えてくる。
◆中流貧民にとって財務省は“敵”
「減税すれば、日本の景気はよくなるのに、財務省が自分たちの利権を守るために阻止している。生前、モリタク(森永卓郎氏)さんが言っていたとおり、もはや“アレ”はカルト宗教ですよ」
4月に財務省前で森永卓郎氏の写真を掲げていた自営業者の50代男性はこう話していた。聞けば、「財務省が103万円の壁の引き上げを阻止しようと裏で画策していることを知り」、1か月以上前から財務省解体デモに参加するようになったという。
このデモは中流貧民の怒りの発露だと分析する人物がいる。メディア論を専門とする成蹊大学の伊藤昌亮教授だ。
「強いイデオロギーに動かされてデモ活動を行っているわけではなく、自分たちのお金を守るためにデモを行っている。こうした“経済デモ”はメーデーのときに行われる、企業に対して賃上げを求める活動が一般的ですが、財務省解体デモは財務省を糾弾することで政府に『減税しろ』『社会保険料負担を下げろ』と訴えているところに特徴がある。
企業に賃上げを求める活動が労働者のなかでも上流にあるホワイトカラーの人たちのものであったのに対して、解体デモはどちらかというと“下流域”にいる非正規や自営業者たちの闘い。自営業者やフリーランスは賃上げを求める相手がいなかったので抗議活動を行う場がなかったのですが、財務省という“敵”を見つけたことで、溜まっていた不満をぶつけることができるようになったとみています」
◆中流貧民の一定層がデモに共感
実際、取材班が行ったアンケートでは、10%以上の人が「財務省解体デモに参加する人の気持ちがわかる」と回答している。
デモを取材した際に声をかけた人の大半は自営業者や主婦、年金生活者だったが、賃上げ政策の蚊帳の外にいる中流貧民の一定層がデモに共感しているのだ。
◆政治編
・日本にもトランプ大統領みたいなリーダーが必要だ 553人
・高齢者優遇の政策が多すぎるのが許せない 495人
・財務省は解体するべきだと思う 392人
(n=世帯年収400万〜700万円未満の男女3700人)
◆左派と右派双方を取り込み拡大した解体デモ
「さらに解体デモが特徴的なのは、左も右も入り交じっている点にあります。本来、税や社会保障で『取られるお金を減らそう』という要求は、小さな政府を望むネオリベラルな立場で支持されてきました。しかし、賃上げの恩恵がなく、社会保険が手薄な自営業者などが多く参加しているがゆえに、社会保障の充実を求める“大きな政府”を志向する人たちが多く、そこには右派も入り込んでいます。
その一例が、『排外福祉主義』と呼ばれる外国人排斥を訴える勢力。外国人が日本の福祉に“タダ乗り”しているという思い込みから、移民や不法滞在者の排除を求め、その実現によって自分たちの福祉の充実や社会保険料負担の軽減を進めようとしているんです」
国債をどんどん発行して社会保障を手厚くせよという主張のなかに「我々の社会保障を手厚くするために外国人を排斥せよ」という主張が混在しているわけだ。そのどちらか、ないしは両方に共感する中流層が解体デモで怒りを発散している。この怒りが日本にどんな変化をもたらすのか注目したい。
◆3700人調査概要
今回、取材班は世帯年収400万〜700万円未満を「中流」と位置づけ、2人以上世帯で首都圏および大阪・名古屋などの大都市で暮らす30〜50代男女3700人に5月28日から6月3日にかけてアンケートを実施した。その調査対象の主な属性分布は下記のとおり。
子供あり・なし
子供あり 71%
子供なし 29%
働き方
会社員(正社員) 71%
会社員(契約・派遣) 8%
公務員 4%
自営業 7%
専業主婦 10%
世帯年収
400万〜500万円 37%
500万〜600万円 49%
600万〜700万円 14%
【成蹊大学教授・社会学者 伊藤昌亮氏】
日本IBM、ソフトバンクなどを経て現職。メディア研究専門。『炎上社会を考える』『デモのメディア論』など著書多数
取材・文/週刊SPA!編集部
―[[中流貧民]3700人の肖像]―