限定公開( 22 )
伊藤園では、2年越しのリベンジとして、炭酸コーヒー飲料「FIZZPRESSO(フィズプレッソ)」シリーズを5月26日に発売した。
同社が展開する「TULLY’S COFFEE(タリーズコーヒー)」ブランドの新商品で、ライム風味を加えた有糖の「LIME TONIC(ライムトニック)」と、無糖の「BITTER BLACK(ビターブラック)」の2種類だ。
伊藤園が同市場に初参入したのは2023年5月で、タリーズブランドから「BLACK&SODA GASSATA(ブラックアンドソーダ ガッサータ、以下:ガッサータ)」を発売。ブラックコーヒー市場の“新たな風”として、アラビカ種コーヒー豆を100%使用したエスプレッソコーヒーに炭酸を加えて商品化したが、定着せず早期に販売終了した。
過去には、ネスレやサントリーなどの競合も炭酸コーヒー飲料を発売しているが、いずれも定着せず、販売を終了している。
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伊藤園は、失敗が相次ぐ「炭酸コーヒー市場」でリベンジできるのか。同製品の開発を担当したマーケティング本部 コーヒー・エビアン・炭酸ブランドグループ SIV(スペシャリスト)の宮内智明氏に聞いた。
●「炭酸コーヒー」がウケない理由
エスプレッソコーヒーを炭酸で割った飲み方は欧州が発祥と言われ、南イタリアのカラブリア州では半世紀以上も前から親しまれているという。「エスプレッソトニック」という名称で、日本でも夏場に売り出すカフェや喫茶店があるほか、スターバックスでは「アリビアーモ エスプレッソ トニック」というノンアルコールカクテルを販売している。
RTD(Ready to Drink <レディ・トゥ・ドリンク>)では、飲料メーカー各社が同領域に参入した歴史がある。ネスレでは、2006年に「ネスカフェ スパークリング・カフェ」を発売。サントリー食品インターナショナルでは、2012年に「エスプレッソーダ」、2013年に「ボス ブラックスパークリング」を発売したが、比較的短期で終売するなど市場に定着しなかった。
その最たる理由が「酸味の強さ」だと言われている。欧州などで親しまれる「エスプレッソトニック」は、酸味の強いエスプレッソを使う傾向がある。それを再現すると、日本ではあまり好まれにくいようだ。
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「欧州では、エチオピアやタンザニアといったアフリカ系のコーヒー豆を浅煎りの焙煎で飲むことが多いようです。現地では、酸味が強い味わいを“華やかな香り”として表現し、多くの方に好まれています。2023年に発売した『ガッサータ』は、欧州の嗜好(しこう)を反映して商品化したところ、日本では『酸っぱい』と評価されてしまいました」
多くの日本人は、ブラジルやマンデリンなどのコーヒー豆で、かつ深煎りで酸味控えめのコーヒーを好む。そこで、日本人の嗜好に合うよう改良を加えたのが、新製品の「フィズプレッソ」シリーズだ。
●飲みやすくして「間口」を広げる
今回発売したのは、無糖の「ビターブラック」と、ライム風味の有糖「ライムトニック」の2種類。それぞれにターゲットが異なり、「ビターブラック」はコアなコーヒーファン、「ライムトニック」は普段あまりコーヒーを飲まない人をターゲットにしているという。
「以前の『ガッサータ』は、市場には定着しませんでした。しかし、『ガッサータが好きでたまらない』というコアファンが存在するのは事実で、当社宛にその思いがつづられた長文メールが届くほどです。こうした方は、タリーズブランドの基幹商品である『BARISTA'S BLACK(バリスタズブラック)』の愛飲者とは異なると考えます。ここで言うコアファンは、いろいろなコーヒーショップを訪れる無類のコーヒー好きで、飲んだことがないコーヒーのアレンジメニューがあれば、絶対に注文するような方を想定しています」
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そうしたターゲット像を踏まえ、「ビターブラック」は極力酸味を抑えた無糖のコーヒー炭酸に改良。一方、間口を広げる狙いがある「ライムトニック」は、爽やかなライム風味と砂糖の甘みで飲みやすさを強調しつつ、エスプレッソの余韻が楽しめる味わいに仕上げた。
「社内で承認が下りなかった時期も含めて、実は2年ほどの開発期間がありました。原料や焙煎など、あらゆる点を見直しましたが、社内でも賛否両論がありました。『以前の製品より酸味が抑えられた』という高評価もあれば、『コーヒーの味わいが薄まった』といった声も。今回は、『酸味を感じずにおいしく飲める』ことを最大の指標にして商品化しました」
●SNSで「ヤバい」と話題に
5月26日に一部量販店と自販機で売り出すと、SNSで話題を集めた。「ここ数年でトップクラスにヤバい」とつづられた投稿には、12万の「いいね」がつき、一気に認知が広がった。関連投稿を見る限り、敬遠する人、苦手と感じる人が多いようだ。
「数量が伸びているわけではないのですが、SNSの影響で欠品した自販機もありました。味わいは、本当に賛否両論です。おいしいと評価する方の理由としては、『爽快』『アルコールっぽい』などが多いです。『苦手』という方は、普段から一般的なコーヒー飲料を飲まれているのだろうと予想します。慣れ親しんだコーヒーと比較して『おいしくない』と評価されるのだろうなと。万人をターゲットにしていないので、『どうしても受け入れられない』という方も一定数いると思っています」
これは、あくまで筆者の感想だが、「ビターブラック」は、飲み始めは炭酸特有の“酸味”がコーヒーの味わいとケンカしているように感じられる。飲み進めるうちに慣れてきて、何かの料理と合わせれば、おいしく飲めそうに思えた。比較して、「ライムトニック」はライムソーダに近い味わいで、そのままでも飲みやすい。コーヒー炭酸の入口として飲むなら、やはりこちらだろうと感じた。
「RTDとして発売している炭酸コーヒーは当社製品だけかもしれませんが、競合の飲料メーカーでも、Webサイト上で自社製品を使った『炭酸コーヒーのつくり方』を紹介したり、イベントで炭酸コーヒーを紹介したりしていて、文化としてじわじわ広まっているのかなと。大変ですが、やり続けることが重要で、『炭酸コーヒーが飲みたくなるシーン』をつくれると考えています」
タリーズコーヒーでは、「一杯のコーヒーを通じて、『お客様』、『フェロー』、『社会』に新しい価値を創造し、共に成長する」を経営理念に掲げている。この理念に基づいて、開発を続けていくと宮内氏は話す。
「必ずしも全員に受け入れられなくとも、実際にコアファンがいることは分かっています。そうした方が1人、2人と増えていった先に市場があるという仮説を立てて、開発に取り組んでいます」
宮内氏いわく、現在の国内RTDコーヒー市場は、ピークだった2010年頃と比較して、1000億円ほど低い約8500億円で伸び悩んでいるとのこと。長らくブラックとカフェラテのみが主流で、新市場を開拓したい思いが強いという。だからこそ、「キワモノ」とも言われる炭酸コーヒーにも、果敢にチャレンジしているのだ。この夏、新アレンジとして「炭酸コーヒー」が広まるか。
(小林香織、フリーランスライター)
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