クマが出没し、人を襲った──このニュースを聞かない日がない。7月21日には、農作業中の75歳の男性が、クマに襲われ頭に大けがした。また7月12日に北海道福島町では新聞配達員がヒグマに襲われて亡くなったが、このクマは、4年前にも同町で、70代の女性を死亡させたことがあきらかに。
7月4日には岩手県北上市では、自宅の居間でクマに襲われた高齢女性が命を落としている。被害者は、クマが出没する地域に住んでいる人だけではない。
7月に入って栃木県那須塩原市では観光客がクマに噛まれたり、宮城県ではクマ出没によりゴルフ大会が中止になったりするなど、誰が、どこでクマに襲われてもおかしくない事態が続いている。
そんななか、クマによる外傷や治療法など紹介した医学書が注目を集めている。医学書専門の出版社である新興医学出版社が、今年5月に出版した『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』(3,600円+税)が、発売2日後に増版するほど、医学書としては異例の売れ行きだ。
『クマ外傷』は、ツキノワグマによる人身被害が多発する秋田県で、クマによる外傷を数多く治療してきた秋田大学医学部付属病院の医師らがまとめたもの。大型動物による外傷の特徴や治療法に特化した専門書は、世界的にも過去に例がないという。
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編著を手がけた秋田大学医学部救急・集中治療医学講座の中永士師明(なかえ・はじめ)教授が語る。
「2023年は全国でクマの出没が多く、秋田県では全国最多となる70人が被害にあい、例年の5倍以上の21人の負傷者を秋田大学医学部付属病院が受け入れました。いまやクマによる被害は、九州以外ならどこでも起こりえる。得られた知見を医療関係者に伝えることが大切だと思いました。
医療関係者からは、クマによる傷がこんなに深いのか、また適切な治療でここまで治るのだという驚きの感想を頂いています」
一般の人からの反響も少なくなかった。そこは中永教授の思惑もあったという。
「クマによる被害があった報道でも、負傷者を“幸い命に別状はない”と報じることが多い。しかし、実際にクマによる外傷は、高所転落外傷や電車などによる事故でみられる轢断と同様に凄惨なものも多く、救命できても後遺症に長く苦しむ人が多い。
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また、不眠やせん妄、急性ストレス症、心的外傷後ストレス症(PTSD)など重度ストレス反応といった精神的問題を抱える人も少なくありません。一般の方にも、クマ外傷の実態を知ってもらうことで、クマから身を守る参考にしてほしい」
クマによる外傷例から、クマに命を奪われない術を知ることが大事だ。
「クマ外傷患者で、傷を追った身体の部位は、顔面が9割を占めており、顔面骨骨折、眼球破裂などもありました。頭部(60%)では頭蓋骨骨折、硬膜下血腫なども。
クマ外傷が顔に集中するのは、動物の習性で、相手を威嚇するために、自分を大きく見せる習性があり、クマも立ち上がって、鋭い爪のある手で払おうとする。ちょうどその位置が人の顔あたりなのでしょう。その後、牙のある口を使って、人の顔を噛んでいきます」
「クマ外傷」では、顔面外傷を負った70代の症例も写真とともに紹介。路上で襲われて、クマにのしかかれた男性は、顔面中央部を眉間から両頬、上口唇にかけて一塊に食いちぎられた。
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同書には、搬送時の男性の顔、クマに噛まれて離断された顔面などショッキングな写真が並ぶ。
「救急搬送時に、引き裂かれた顔面が回収されたこともあり、再接合手術によって、半年には、神経や血液が循環する『生着』しました。クマに襲われて、重篤な傷を負ったとしても早く適切な治療を施せば治るということも分かってほしいことのひとつ。
クマによる傷は想像以上に深い。たとえば、クマの一撃で鼻など顔の一部が離断された際にも、それを持って帰れば、再建される可能性があることも知ってほしい。ただし、眼球が破裂したり飛び出したりして失明してしまうケースは、今の医学では治せません」
では、クマに襲われそうになった時、どうすればいいのか。
「目をそらさないようにし、ゆっくり後ずさりする」とよく言われるが、クマ外傷の患者の多くは、至近距離で遭遇しており、そんな余裕はなかったようだ。
「ツキノワグマの場合は地面にうつ伏せになって首の後ろを両手でガードし、頭や顔を狙われないように防御姿勢を取るしかありません。
クマは、人間を食べるために積極的に近づいてくるわけではないため、その姿勢のままクマが去るのを待つ。実際に、その姿勢で、腕の骨折はあったものの顔面へのケガを免れたら事例もあります」
今年は、クマがエサとするドングリなどが凶作で、クマによる人身被害が全国で198件、負傷者が219人(うち6人が死亡)だった2023年と酷似している。クマの出没が、これからも増加することが予想される。命を守る行動を心がけよう。
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