カプコンは7月24日、ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2025」で人気ゲームシリーズ「モンスターハンター」の歴史をひもとく、基調講演「『モンスターハンターシリーズ』 21年の継続と仕掛け」を行った。2007年から同シリーズを担当する辻本良三プロデューサーが登壇した。
初代モンハンから最新作「ワイルズ」まで、モンハンシリーズ共通で持っているのが「誰でも参加できるマルチアクションゲーム」というテーマだ。
オンラインゲームでは「他人の邪魔をしたらどうしよう」など、参加をためらうユーザーが一定数存在する。モンハンではこれを払拭し、誰でも参加しやすいシステム、世界観の構築を目指している。その一例が、ゲームの活躍度に依存しない「フラットな報酬システム」や「殺伐としない世界観」だという。
そうして生まれたモンハンシリーズは2025年で誕生から21年がたつ。最新作ワイルズもシリーズ最速で世界累計販売本数が1000万本を超えるなど、いまだ根強い人気を持つモンハンはいかにして誕生したのか。
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●初代モンハンを発売した2004年 ネットワーク環境の壁、高く
初代モンハンを開発したチームは、カプコンでアーケードゲームの開発を得意としていたチームだった。当時からゲームセンターの数は減少傾向にあり「2000年以降のゲーム業界はコンシューマーとネットワークの時代が来る」と予測。チャレンジの意味も込め、カプコンの得意ジャンルであるスポーツと自社IP、アクションジャンルでコンシューマーゲームの開発を決めた。
その中のアクションゲームに当たったのが初代モンハンだ。開発を始めたのは2000年ごろ。その後、2004年3月21日にシリーズ第1作となる「モンスターハンター」(PS2)を発売した。キャッチコピーは「狩れ、本能のままに。」でこのころからすでに、モンハンを象徴する「狩り」という言葉が使われていた。辻本プロデューサーは初代の企画書も一部公開し、企画当初からタイトルが「モンスターハンター」だったことを明かした。
「正直かなりシンプルなタイトル名なので、最終的には変わるだろうと思っていたところ、商標を出してみたらまさか通った。ということで、モンスターハンターが正式名称になった」
またシリーズでおなじみの「モンスターの素材を使ってプレイヤーを強化していく」「モンスターの生態をプレイヤーに考えてもらいながらプレイしてもらう」などのシステムも、当初の企画書で提案していた。
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初代モンハンからすでに、オンライン対応ゲームとして販売していたが、2004年当時のネットワーク環境では壁も多かったと辻本プロデューサー。2000年初頭の通信は、家庭用電話にモデムを付けるのが一般的で、その通信速度は32kbpsだったという。これは1G回線の3万分の1程度の値だ。
そんな中、オンラインサービス部分についてはKDDIと連携。オンラインゲーム用のサービス「マルチマッチングBB」(MMBB)を開発し、定額でオンラインゲームをプレイできる環境を実現した。そうしてサービスを開始したところ、KDDIのサーバが足りなくなるほど、当時からモンハンはプレイヤーに好評だったという。
初代モンハンのセールスは、グローバルでの販売本数45万本という結果に。「開発の手応えとしては、遊んでくれている人がものすごく楽しんでくれていた。プレイヤーがゲーム仲間を誘ってくれるという、コンセプトの1つでもあったコミュニケーションがユーザー間で生まれてきているという手応えは感じていた」と辻本プロデューサー。一方、プレイヤーのブロードバンド回線の普及などの課題もあった。
その後2005年1月20日には、拡張版である「モンスターハンターG」(PS2)を発売。新たな高難易度モード「G級クエスト」や、新武器種「双剣」などを実装した。なお、タイトルの“G”の由来については「ガッツとかグレートなど、Gが頭について勢いがあるような英単語が多かったので、タイトル名を付けた」という。
また双剣については、Gで初めて実装したのではなく、初代モンハンの海外版から追加していた。海外版で双剣を先行実装していた理由については「当時、海外の人は“手数が多い武器を好む”という意見をもらっていた。これを反映して、手数が多い武器として双剣を追加した」と説明している。
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●携帯ゲーム機「PSP」登場 進化するマルチプレイ環境
ネットワーク環境の壁があり、もっと気軽にマルチプレイを遊んでもらう方法を模索する中で、携帯ゲーム機「PlayStation Portable」(PSP)が2004年12月12日に登場する。モンハンシリーズでもその後、初の携帯機展開として「モンスターハンター ポータブル」(PSP)を2005年12月1日に発売。ゲームセンターの数がますます減る中、若い世代をターゲットに同タイトルを開発した。
モンハンポータブルについて、辻本プロデューサーは「モンスターハンターのマルチプレイの醍醐味・面白さをすごく広げてくれたタイトル」と評価。また据え置き機のモンハンでは、コントローラーの右スティックで攻撃するという操作方法だったが、PSPでは右スティックがなかった。そのため、今ではおなじみのボタン操作へと変更に。「ハードの制限から生まれたこととはいえ、結果的にすごく大きな変更だった」
その後2006年2月16日、据え置き機の続編「モンスターハンター2」(PS2)を発売。モンハンポータブルと同時開発していた同作は、初代の手応えを受けて、やりきれなかったことを全てやるをテーマとした。ここでは新武器種として「弓」「ガンランス」「狩猟笛」「太刀」が追加となった。
またモンハン2では、サーバ側の企画も強化。時間経過によって昼夜や季節が変わり、モンスターのパラメータやクエストの出現率が変わるなど、ある程度の情報をサーバで管理して変化する環境も構築した。
●2ndGの開発期間はわずか9カ月間
2007年2月22日には、ポータブルシリーズの続編「モンスターハンターポータブル2nd」(PSP)を発売した。モンハンポータブルの反響も受け、さらに若い世代にターゲティングした同作。結果、累計販売本数240万本を記録し、シリーズ初の100万本を突破。モンハンブームの到来を告げた。
この大ヒットを受け、カプコンは急きょ新作タイトルの開発を決める。それが拡張版に当たる「モンスターハンターポータブル2ndG」(PSP)だ。当初2ndGの開発予定はなかったため、その開発期間は約9カ月とかなり短期間で、 2008年3月27日に発売した。当時は据え置き機の続編“3”の開発も進めていたが、そのメンバーも総動員して2ndGの開発に当たったという。
「日本ではこのタイトルからモンハンを遊び始めたユーザーもすごく多い。シリーズとしては大きなステップアップにつながったタイトルだと思う」
またシリーズでおなじみのフレーズ「一狩りいこうぜ」が誕生したのも同作のプロモーションから。広告会社のコンペで登場したフレーズで、そのキャッチーさからすぐにこれを起点にプロモーションの方向性を決めていったと当時の思い出を明かす。
●「水中戦」への挑戦と反省
2ndGの発売から約1年半後の2009年8月1日、据え置き機の続編「モンスターハンター3」(Wii)を発売。当時は据え置き機と携帯機、それぞれを開発する2チーム構成で制作を進めており、この体制で生まれたのが3だという。
3で導入した新システムが「水中戦」だ。これまで地上でしかモンスターと戦うことができなかったが、プレイヤーからの要望の多さを反映し、実装へと至った。辻本プロデューサーは当時の企画書も一部公開し、その思い出を語る。
「水中戦となると接地面がなかなかないため、プレイヤーが距離感をつかみにくい。制作サイドでもかなり開発難易度が高いと認識していた。正直、遊びとして成り立たなければこの要素を切ることも視野に入れて、開発に当たっていた」
結果、実現できた水中戦だが、これにはもう一つの目的があった。それは将来実現したい「地上での立体的なアクション」の実験だ。これまでも立体的なアクションをやりたいと考えていたが、地上でいきなりチャレンジするのはリスクがあると判断。そのため、このテストも含めて水中での360度アクションの実装を進めていた。
一方で同作では「反省点も正直あった」と辻本プロデューサー。アクション面に力を注いだ結果、武器種の数を前作よりも減らす結果となった。これに関してはユーザーの期待に沿えない選択だったと振り返り、以降のタイトルでは「武器種は増やしても減らさない」と決めたという。
●男女ユーザー、両方へ高まる意識
これまでのシリーズを踏まえ、女性ユーザーを強く意識したというタイトル「モンハン日記 ぽかぽかアイルー村」(PSP)を2010年8月26日に発売。当時、ユーザーのゲーム離れなどを感じていたという辻本プロデューサー。「暇なときには携帯機を取り出して遊ぶ環境を一般化したい気持ちがあった」と当時を振り返る。
その4カ月後に当たる、2010年12月1日。ポータブルシリーズの集大成となる作品「モンスターハンターポータブル3rd」を発売した。販売本数490万本を記録した同作は、和をテーマに入れたところ、ユーザーからの評価は好評。メインモンスターとして実装した「ジンオウガ」もシリーズ人気投票で第1位を獲得するなど、大きなインパクトを残した。
またこの時期からは、例えばカップルや夫婦など、シリーズを通して男女どちらのユーザーにも遊んでもらえる仕組みも意識したという。例えば、PSP用のアクセサリーなどで「かっこいい」と「かわいい」の両方のデザインをそろえていった。
そんな中、新たな続編として“4”の開発に取り組んでいたが、当時その制作は難航していた。予定よりも1年ほどリリースが遅れそうな目安だったため、別のタイトルの開発を検討する。そうして生まれたのが3DSでの初のモンハン「モンスターハンター3G」(3DS)だ。
●迎える10周年、海外への視線も強く
3Gが発売したのは、2011年12月10日。4の開発も進めていることもあり、シリーズ初となる外部協力会社・エイティング(東京都品川区)との共同開発となった。当初は開発期間が短くなると想定していたこと、またゲームの難易度も高いため「3の移植から新モンスターを1体程度実装できれば……」というイメージで開発を始めていた。
しかしエイティングの協力もあり、複数の新モンスターや高難易度「G級」の実装、拠点の追加、その他新システムの追加など、当初の想定を超えて新作相当の内容を実現した。
「企画書の中では、移植ベースで話を進めていたので当初は『モンスターハンター3 3DS Edition』としていた。また最終的には『モンスターハンター3D WORLD』というタイトルでロゴまで完成していたが、内容が豊富になってくるのが見えてきたのもあり、発表1カ月前に『モンスターハンター3G』にタイトルを変更した」
その後、開発が難航していた「モンスターハンター4」(3DS)が2013年9月14日に発売。3の水中戦で試した、地上での立体的なアクションを実現した初めての作品となった。また新武器種として「操虫棍」「チャージアックス」を実装し、以降のシリーズでは全14種での武器を展開している。
4の発売から1年後の2014年には、モンハンシリーズが10周年を迎える。記念展示会や、アパレルやバイクなど他社とのコラボもますます増加。ゲームタイトルでも、4の拡張版に当たる「モンスターハンター4G」(3DS)を10月11日に発売した。
4では海外版を出していなかったが、4Gでは海外版を展開。このタイミングで海外のイベントなどにも積極的に参加しており、海外への意識を高め始めたタイトルだという。
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