移動に欠かせない交通手段のひとつである電車。しかし、通勤や通学の時間帯は混雑するため、殺伐とした雰囲気がある。車内では譲り合いの精神を持って、お互い気持ちよく過ごしたいものだ。
今回は、マナー違反に対して勇気を出して注意したが、予想外の反応が返ってきたという2人のエピソードを紹介する。
◆「荷物邪魔ですよ」の注意で変わるかと思いきや…
朝の通勤ラッシュ。ぎゅうぎゅう詰めの車内で、岡本里奈さん(仮名・30代)は、いつものように吊り革につかまっていた。
そんななか、ふと目に入ったのは、座席にゆったりと座る女性だった。その隣の席には、大きく膨らんだエコバックが置かれていたという。
「はじめは誰かが座ってくるのかと思ったんですけど、明らかに“誰も座らないで”という雰囲気で、荷物が置いてありました」
さらに驚いたのは、その女性が手鏡を取り出し、堂々とメイクを始めたことだった。
「マスカラ塗って、アイシャドウ塗って、パウダーもはたいて……。もう完全に“自分の部屋”って感じでしたね」
周囲の乗客は窮屈そうに立っていたが、ついに我慢できなくなった岡本さんは、声をかけることにした。
「すみません、荷物が邪魔ですよ」
女性は一瞬ギョッとした表情を見せたものの、すぐにバッグを膝の上に抱え直した。
「そのときは、“やっと少し空間ができた”って、正直ホッとしました」
◆再び広げられた“私物エリア”
しかし、次の駅に到着すると、女性は何事もなかったようにバッグを座席に置き、メイクを再開したのだ。
「もう呆れて、なにも言えませんでした。“注意しても無意味”なので、諦めました」
周囲の人々も同じように、女性を避けるように立っていたという。
「たった数分のことなんですけど、本当にストレスでした。公共の場で自分だけが快適に過ごせればいいっていう態度、信じられません」
電車を降りた岡本さんは、思わず深いため息をついた。
「電車内で “自分の部屋”みたいに振る舞う人が、最近増えた気がします。これが日常にならないでほしいですよね」
◆「音、漏れてますよ」丁寧に伝えたはずが…
佐野美咲さん(仮名・20代)は、いつものように朝の満員電車に乗り込んだ。
「吊り革につかまって、スマホでニュースを見ていました。とくに変わった様子もなくて、いつも通りの朝でした」
しかし、目の前に立っていた30代くらいの男性が、ヘッドホンをつけたままスマートフォンで動画を見始めたという。
「最初は気のせいかと思ったんです。でも、明らかに“音漏れ”してて、ヘッドホンのはずなのにセリフまで聞こえてきたんです」
その男性は、どこか清潔感のない服装で、アニメ系のキーホルダーがついたリュックを背負っていたそうだ。駅に着くたびに混雑が増し、音漏れはさらに目立つようになった。
「周りの人たちも、眉をひそめたり、目線をそらしたりしていましたね」
迷った末に、佐野さんは“なるべく柔らかめに”声をかけることにした。
「ちょっと音、漏れてますよ」
注意というより、本人が音漏れに気づいていないだけかもしれない……そんな思いでかけた一言だった。
◆「うるせぇな」返ってきたのは怒鳴り声
しかし、返ってきたのは“まさかの反応”だった。
「は? うるせぇな、お前に迷惑かけたか?」
男性は目を見開いてにらみつけてきたという。想像していなかった逆ギレに、佐野さんは言葉を失った。
「一瞬、頭が真っ白になって、なにも言えませんでした」
電車内は静まり返り、周囲の乗客も気まずそうに目を逸らしていたという。誰もフォローをしてくれることはなく、その沈黙が逆に佐野さんを苦しめた。
「“私が悪いの?”って気持ちになっちゃって……。なにも言わないほうがよかったのかなって思いましたね」
男性は次の駅で降りていったが、佐野さんの胸にはモヤモヤが残ったままだった。ほんの数分の出来事だったが、その日は一日中、気分が晴れなかったという。
「最近、“ちょっとした注意”が逆にトラブルになることが多いって聞きますけど、本当にそうなんだなって。だからって何も言わないのも違うし、むずかしいですよね」
その日以来、佐野さんは今も心にわだかまりを抱えながら、毎日通勤している。
電車では個人のマナーが大いに問われる。だが、不快に感じても声をあげにくい空気があるのは事実だ。自分の何気ない行動が周囲の迷惑になっていないか、あらためて意識する必要があるだろう。
<取材・文/chimi86>
【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。