「ニシン集団記憶喪失のナゾ」 高齢ニシンが激減→若いニシンが“産卵場所を教えてもらえず”回遊パターン崩壊

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2025年07月29日 08:11  ITmedia NEWS

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 ノルウェー海洋研究所などに所属する研究者らが発表した論文「Herring spawned poleward following fishery-induced collective memory loss」は、世界最大のニシン個体群として知られるノルウェーの春産卵ニシンが、漁業による集団記憶の喪失により、伝統的な産卵場所から約800km北方へ急激に移動したことが明らかになった研究報告だ。


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 ニシンのような回遊性の群れを作る魚類では、適切な生息地への移動経路が世代間の社会学習を通じて伝達される。経験豊富な高齢魚が若い世代を導くことで、何世代にもわたって移動文化を維持してきた。しかし、高齢魚を標的とする選択的漁業により、この集団記憶が失われ、移動パターンが崩壊する可能性が予測されていた。


 ノルウェーの春産卵ニシンは、伝統的に北部ノルウェー海域の越冬地から南西海岸まで最大1300kmを移動して産卵してきた。この長距離移動は高いエネルギーコストを伴うが、より温暖な海域での幼魚の生存率向上という利点があると考えられている。しかし、2021年以降、主要な産卵場がノルウェー中部のモーレ地方から北部のロフォーテン諸島へと急激に移動した。


 研究チームは、1995年から2024年にかけての漁業データ、科学調査、標識放流実験の広範なデータを分析した。その結果、この急激な変化が2016年に生まれた大規模な世代群と、漁業圧により激減した高齢魚個体群との相互作用によって引き起こされたことが判明した。


 2016年級群は12年ぶりの大規模な世代であったが、高齢世代の生物量は2019〜2023年にかけて68%減少し、約400万トンから130万トンまで落ち込んでいた。


 通常の条件下では、若い世代は高齢魚に従って徐々に移動パターンを学習する。しかし、2016年級群が成熟して産卵に参加する時期には、すでに高齢魚の数が危機的に少なくなっていた。また、気候変動の影響で夏から秋の植物プランクトンブルームが遅延。ニシンの摂餌域が南西へ拡大したことで、高齢世代と若い世代の空間的な重なりが減少した。


 この結果、効果的な文化伝達に必要な経験豊富な個体の割合が維持できなくなった。2016年級群が数的に優勢となり独自の移動文化を確立すると、残存する高齢魚がむしろ若い世代の行動パターンを採用するという、歴史的に逆転した現象を観察できた。


 個体レベルでの追跡調査でも、標識を付けたニシンが2020年までは伝統的な南方への産卵移動を示していたが、2021年以降は北部にとどまるようになったことを確認。ニシンの産卵を食料源にしている生物がいるため、この産卵場の北方移動は、沿岸生態系に影響を与える可能性がある。


 Source and Image Credits: Slotte, A., Salthaug, A., Vatnehol, S. et al. Herring spawned poleward following fishery-induced collective memory loss. Nature 642, 965-972(2025). https://doi.org/10.1038/s41586-025-08983-3


 ※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2



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