世界初「16歳未満のSNS利用禁止法」がまもなく施行〜今オーストラリアで何が起きているのか〜【調査情報デジタル】

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2025年10月04日 08:01  TBS NEWS DIG

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オーストラリアは、16歳未満の子どものSNS利用を禁止する法律を世界に先駆け国家レベルで定めた。昨年成立したこの法律は、今年12月の施行に向けて現在様々な準備が進められているが、具体的な適用方法や技術的対応、そして世論や企業の反応は依然として流動的だ。そもそもなぜオーストラリアは、子どものSNS利用を禁止するのか?その背景と問題点、今後の見通しなどについてTBSテレビの飯島浩樹・シドニー通信員が考察する。

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「娘の死はSNSで助長された…」

今年9月24日(現地時間)、ニューヨークの国連本部でスピーチしたオーストラリア人女性エマ・メーソンさん(冒頭の写真、右手前の女性)。2022年、当時15歳だった娘のティリーさんを学校の同級生らによるSNSを通したいじめにより失った。

欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長や各国の首脳らが見守る中、在りし日の娘の大きな写真の前に立ち、「勇敢な小さな少女が受けた過酷なネットいじめは、誰も経験してほしくない」と目に涙を浮かべながら語った。

ティリーさんへのいじめは、彼女がまだ小学生だった2020年、生成AIによるディープフェイクの偽ヌード写真をオンライン上で拡散されるまでにエスカレートした。母親のエマさんによれば、当初わずか5人に届いたフェイク画像は、半日ほどで3000人以上に拡散されたという。

シドニー西部に位置する人口7000人ほどの小さな町バサーストで、ティリーさんへのネガティブな噂は瞬く間に広まった。その後、好きだったダンスをやめて自宅に引きこもり、学校にも通わなくなったティリーさんは、11回にわたり手首を切るなど自殺を図った。

そして2022年2月、ティリーさんは自宅の裏庭で命を絶った。

ティリーさんのスマートフォンを調べた警察によれば、彼女のアカウントには自殺や死に関連するメッセージやコンテンツが溢れていたという。母親のエマさんは「娘は小さな傷が積み重なった末に亡くなったのです。これはSNSによって悪化した“いじめによる死”でした」と訴えた。

国連の会場でメーソンさんと同席したオーストラリアのアルバニージ首相は「完全ではないかもしれないが、子どもたちをオンライン上の害から守るために必要な措置」と述べ、今年12月10日から施行される16歳未満のSNS利用禁止法についてその意図を説明した。

“世界初”画期的法規制の具体的な中身

国家レベルの法規制としては世界初の試みであるオーストラリアの「オンライン安全改正法(SNS最低年齢)2024」 =Online Safety Amendment (Social Media Minimum Age) Act 2024 は、16歳未満のユーザーが対象のSNSのアカウントを作成することを禁止し、プラットフォーム運営者に対して未成年者のアカウント作成を防ぐための合理的な措置を講じることを義務付けている。

違反した場合、最大4,950万豪ドル(約48億円)の罰金が科される可能性があり、プラットフォームはAIや行動データを活用してユーザーの年齢を推定し、16歳未満のユーザーのアカウント作成を防ぐ必要がある。プラットフォーム側が対象者のアカウントを削除する措置を講じるまでに、法律が施行される12月10日から12ヶ月の猶予期間が設けられている。保護者や子ども自身は罰則の対象にはならない。

オーストラリア政府の発表によると、Facebook、Instagram、TikTok、Snapchat、X(旧Twitter)など主要なソーシャルメディアプラットフォームの“アカウント保有”が原則として禁止される。当初対象外とされていたYouTubeも含まれることになり、政府の担当機関である 「オンライン安全監視機関」が、この法律の運用監督を行う。

世論は77%が法規制を支持

ネパールで政府のSNS禁止に抗議するデモで19人が死亡する事態が起きるなど、世界でSNSが生活に深く浸透している今、なぜオーストラリアはこのような厳しい規制を導入したのだろうか?

その背景には、前述したエマ・メーソンさんの娘ティリーさんが受けたようなオンラインでのいじめやハラスメント、性的な画像や動画を使って脅迫するセクストーション(注1)などの被害事例の急増が挙げられる。

「オンライン安全監視機関」には、2024年に約7000件の苦情が寄せられた。未成年者の被害者が関わるオーストラリア連邦警察への通報数も年々増加していて、2022–23年の963件から2023–24年には1,230件と約30%増加した。

(注1)「性的な」という意味の「セックス(Sex)」と「脅迫」を指す「エクストーション」(Extortion)を合わせた造語で、「性的脅迫」を指す

具体例の一つとしては、メルボルン在住のウェイン・ホルズワースさんの当時17歳の息子 マックさんがセクストーションの被害を受け2023年に自殺したケースがある。

マックさんは “18歳の女性” と偽る男から金銭を要求されたという。現在父親のウェインさんは「当時16歳未満のSNS禁止法があれば息子の命が救えたかもしれない」との思いを政府や関係機関に訴える活動を行っている。

こうした状況に伴い、オーストラリア国民から未成年者のSNSアクセス制限を支持する声が高まった。オンライン安全改正法が可決した2024年11月直前に行われた世論調査(YouGov調べ)では、16歳未満のSNS禁止に77%、法律違反企業への厳罰化に87%が「賛成」と答えている。

「“自分の世界”が一気に小さく」子どもたちからは嘆きや不安の声も

一方、今回の法規制で「失うものも大きい」と感じる子どもたちもいる。シドニーに住む15歳の女子高校生は「InstagramやTikTokは友達とのつながりの場で、メッセージのやりとりや趣味を共有する場。禁止されると“自分の世界”が一気に小さくなる気がする」と語った。

また、東部ブリスベンの13歳の女子中学生は「クラブ活動や学校のイベント、最新のトレンドは皆SNSで回ってくる。禁止されたら“取り残された”ように感じる」と地元メディアに答えている。

オーストラリア人権委員会は、今やSNSは「若者が自分の考えや意見を共有し、社会的・文化的活動に関わるための重要なプラットフォームになっている」と分析。SNSの利用禁止が、特に社会的に脆弱な立場だったり、遠隔地のコミュニティに住む若者を「仲間から孤立させ、必要な情報や支援へのアクセスから制限する可能性がある」としている。

法規制の実効性に疑問の声も

12月の施行を前に、法規制の運用面に不透明な部分がいまだ残っていて、技術的、倫理的見地からの懸念もある。

オーストラリア政府は9月16日付けで、IT企業向け対応指針を公表した。議論になっていた年齢確認の方法や精度については、政府は特定の方法を指示せず、企業に委ねる形とした。

すべてのユーザーのアカウントについて強制的にID提示を求める形態の年齢確認は「不合理」とみなされる可能性があり、IT企業に対しては既存データ、行動分析、AIによる年齢推定などの手段を用いることを推奨している。

またこの指針では、年齢確認技術を巡る試験結果も報告されており、「プライバシーを大きく損なうことなく実行可能」としながらも、誤判定が一定数存在し、肌の色や民族による偏りや、年齢が15歳前後の境界線付近での判別精度の低さなどの課題も提示している。

データの安全やプライバシー保護の問題も

年齢証明の過程での顔画像・政府身分証明書等の提出、データ保管・アクセスの管理に関して、データ漏洩や悪用のリスクを完全に排除することは難しい。また、VPN(注2)を使えば年齢確認を回避できる恐れがあり、これが抜け穴となって法の実効性を弱める可能性がある。

(注2)仮想プライベートネットワーク(仮想専用線)。安全にデータ通信できる技術のひとつ。

一方、子どもにも表現・参加・ネットワーク形成の権利があり、完全なアクセス禁止は過剰規制であると指摘する専門家もいる。

豪・RMIT大学の情報科学専門のリサ・ギブン教授は「子どもたちは、SNSを含むオンラインの世界を安全に利用するためのスキルを身につける必要があり、単にプラットフォームの利用を禁止することは解決策ではない」と主張。また、「年齢確認には技術的な課題があり、禁止措置を実行・施行するのは非常に困難だ。例えば、年齢確認の手段はユーザーによって簡単に回避される一方、年齢を検証する手法にはデータプライバシー上の懸念が生じる」としている。

日本への影響は…

オーストラリアの今回の取り組みは、日本にどんな影響を与えるのだろうか。

アジア・オセアニア地域各国に拠点を持つOne Asia法律事務所でオーストラリアを担当する坂本真一郎弁護士は、日本でも子どものネット依存、ネットいじめ、セクストーションなどの問題は深刻であり、政府・自治体での議論は活発化していると指摘する。

ただ、「オーストラリアが16歳未満の子どものSNS利用を禁止したからといって、今すぐに日本がそれに追従するとは考えにくいが、もし今後これが世界的潮流になるとしたら、立法を含む規制を本格的に検討する動きが出る可能性はある」と話す。

本稿の冒頭でも触れたが、今年9月の国連総会に出席した欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長はオーストラリアの法規制を「常識的な判断」として評価、EUでも同様の規制を検討する意向を示した。

EUなど世界各国でオーストラリアを参考にした動きが活発化すれば、日本にも進出している Meta, TikTok, Instagram 等のSNS大手が、国ごとの規制に対応して技術・運用を変える必要が生じる。オーストラリアでの仕様がグローバルな基準設定に影響を及ぼす可能性がある。オーストラリア側も国際協調を意識し、プラットフォーム企業との交渉の中でグローバルな標準設定を目指すだろう。

2年後には廃止も?米国トランプ政権からの圧力は?

前出の坂本弁護士は、オーストラリアの新法は国家レベルでは世界初の試みであることから、運用はいわば実験的なものになると見る。

また施行から2年後に制度の見直しが予定されており、もし施行後に十分な効果が確認できなければ、法律の撤廃も考えられる。

一方、Meta、X、Google など米国の大手I T企業がオーストラリアの規制に反発していて、今後トランプ政権に働きかけ、オーストラリアに対して報復的関税や市場アクセス制限を示唆するなど経済的圧力をかけてくる可能性もある。

ただ、米国が主権国家であるオーストラリアの法律を直接覆すことはできず、影響は外交や経済分野にとどまる。この法の行方を左右するのは、基本的には国内要因であり、国内世論や政治動向、プラットフォームとの妥協策などだろう。加えて、人権の観点から連邦裁判所で法の合憲性も問われるかもしれない。

16歳未満の子どものSNS利用禁止法は、まさに世界的に前例の少ない大胆な実験であるとも言える。子どもをネットの危険から守るという正義と、表現の自由や利用環境を守るという価値観。そのせめぎ合いをどう調和させていくのか?オーストラリアの試みに世界が注目している。

〈執筆者略歴〉
飯島 浩樹(いいじま・ひろき)
TBSテレビ・シドニー通信員(契約コーディネーター)
2000年シドニー五輪支局の代表を務めた後、シドニー通信員として特派員業務を行う。
これまで、オーストラリアやニュージーランド、南太平洋島嶼国を精力的に取材し、歴代首相や著名人への単独インタビューなどを敢行している。
著書に『アボリジナル・メッセージ』(扶桑社)、『躍進する未来国家豪州 停滞する勤勉国家日本』(いろは出版)などがある。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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  • それなのに、日本の義務教育はデジタル優先。バカなのかなと。ゆとり大失敗でこりてない
    • イイネ!2
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