
【写真】見た目や技の意味にも注目の猗窩座
■悲劇の人間時代
猗窩座の人間時代の名前は狛治。父の薬代のために罪を重ねていたが、父が自死して行き場をなくしていたところを偶然出会った武術師範・慶蔵の道場に受け入れられる。それからは慶蔵の娘・恋雪の看護をしながら武術を学び、真っ当な生き方を模索した甲斐あって、数年後には元気になった恋雪と夫婦の契りを交わし、道場も継ぐことになる。
印象的なのは、前科持ちである自分の未来など想像もできなかった狛治が、動揺しながらも徐々に幸せを実感していく様子。その心理描写が真に迫っていたからこそ、慶蔵と恋雪が隣接する剣術道場の跡取り息子に毒殺されるという、奈落に落とされるような事実が見る者の心を抉(えぐ)る。なお、慶蔵は毒を飲んだあとも息絶えた恋雪を抱え、血を吐きながら医者の家まで走っている。その後もすぐには死ねず、数時間苦しんだという。
親を亡くし、師匠、結婚相手を殺され、逆上して剣術道場の67名を素手で斬殺した狛治は帰る場所もなくしてしまう。生まれた時から選択肢をほとんど与えられず、まだ子どもなのに“父の病死(結果的に父は自死)”“犯罪”のどちらかを選ぶしかない時点で壮絶だが、それでも懸命に生きた結果がこれではあまりにも理不尽だ。また、花火大会で狛治が恋雪の気持ちに応えるシーンを慶蔵と恋雪の死の後に見せるのも、悲劇を強調する演出として効果的に作用している。
■名前と見た目について
道場での生活の中で狛治の名を知った慶蔵は“狛”を“社を守る狛犬”に例えて「何か守るものが無いと駄目」だと言っているが、対する猗窩座の“猗”はしなやかで美しいという意味を持つ一方で、用法によっては去勢された犬という意味もある。この因果はファンによる見立てで公式な情報ではないが、“大切なものを全て失った狛治が猗窩座という鬼になった”と考えると、何ともやり切れない。また、強さを認めた相手の名前を執拗に知りたがる猗窩座の行動は、名前を明かそうとしなかった狛治に名前を聞き続けた慶蔵の行動と重なる。
|
|
服のデザインにもファンが推測する曰くがあり、羽織の襟首の模様が、“三種香”と呼ばれる組香(焚いたお香の異同を判じる遊び)で回答に用いられる香図“孤峯の雪”を逆さにした形と同じだという。孤峯の雪は『他と交わらない高潔で静寂な香り』を『人里離れた高い山の峰に静かに積もる雪の情景』に見立てた呼称で、恋雪の“雪”の字も入っている。その模様を逆さにして羽織っている猗窩座が、亡くなった恋雪を背負っているようだと話題を呼んだ。
■技の名前にも意味
猗窩座の戦闘に関する名称は人間時代の大切な思い出が土台になっている。血鬼術“破壊殺”は九星気学の凶方位を指す用語で、もし侵してしまうと仕事の失敗や近親者との離縁など予定がことごとく破壊される。これは大切なものを全て失った狛治の境遇を象徴するような内容だ。技の名前は恋雪にプロポーズした日に一緒に見た花火、構えや型は道場で学んだ武術、術式展開の模様は恋雪の髪飾りが反映されている。
あまりにも救いのない人間時代を生きた狛治。その記憶が一切ないにもかかわらず、さまざまな形で悲劇の人間時代の記憶が反映された猗窩座の設定に、SNSでは作者を「教養のあるサイコパス」と呼ぶファンもいる程だ。
■原作にはない劇場版の描写
劇場版では恋雪と過ごす狛治が手すさびにお手玉を放っていたが、これは原作にはないオリジナル描写。年月を重ねるうちに2つ3つと増えていくお手玉の色は狛治(猗窩座)、恋雪の着物、慶蔵の道着とリンクしているが、後に猗窩座のお手玉のみ外に打ち捨てられていたのが切ない。
|
|
狛治や妓夫太郎と梅(堕姫)のような悲惨な役回りも魅力的な作品作りに欠かせない要素ではあるのだが、狛治の誠実なキャラクターと不条理なエピソード、それらを効果的に見せる緻密な表現は見る者に強く感情移入させる力があり、感情移入してしまうとやりきれなくなる。結果的に作品はますます好きになるが、つらくて見ていられない…というジレンマに苦しむことになるのだ。(文:二タ子一)
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』は公開中。
※「煉」の正式表記は「火+東」
※記事初出時、狛治の父の死因について誤った記載がありました。訂正し、お詫びいたします。