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スマートフォンは単なる通信手段にとどまらず、決済、身分証明、そして交通機関の利用に至るまで、生活に不可欠なインフラとなっている。特に、交通系ICカードの機能をスマートフォンでも利用できる「モバイルSuica」などのサービスが移動時に欠かせない人は多いはずだ。
しかし、スマートフォンのバッテリー切れにより、改札通過に支障を来すのではないか? との不安はネット上でよく見る。このような不安から、駅構内にモバイルバッテリーのレンタルサービスを設置すべきだという具体的な要望が上がる一方で、「それは鉄道会社側に求めすぎではないか」といった自己責任を問う声も存在する。
●そもそもバッテリー切れの状態で改札は通過できる?
スマートフォンなどで利用できるモバイルSuicaには、非接触ICカード技術方式の「FeliCa」が欠かせないが、データの読み取り/書き出しの際に、端末本体のバッテリーから電力を供給する必要がある。そのため、バッテリーが全く空になると使えない。ただ、この仕様は厳密には機種によって異なる。
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モバイルSuicaに加えて「おサイフケータイ」対応のAndroidスマートフォンは、バッテリー切れで強制的に電源を切る際に、おサイフケータイの最小限機能(カードの読み書き)ができる程度のバッテリー容量を残す。ただし、バッテリーが完全に放電してしまった場合は使えなくなる。
iPhone向けのSuicaは、日本国内で2016年9月に発売されたiPhone 7、iPhone 7 Plus、そしてApple Watch Series 2以降のモデルで利用できる。iPhoneにおけるバッテリー切れ対策の鍵となるのが、2018年に発売されたiPhone XS、iPhone XS Max、iPhone XRから搭載された「予備電力機能付きエクスプレスカード」だ。この機能について、Appleの公式サポートページでは、iPhoneのバッテリーが充電を必要とする状況になっても、最大5時間はエクスプレスカードとして設定した交通系ICカードが利用できると説明されている。
つまり、予備電力機能付きエクスプレスモード対応iPhoneでは、バッテリー切れが近づくとiOSをシャットダウンする代わりに、Apple Payに登録したICカードを認証なしで利用できるようにするエクスプレスカードを最長5時間利用可能にするため、バッテリー不足で電源が切れてしまったiPhoneでも改札を通過できるとうわけだ。
なお、iPhone 7/iPhone 7 Plusの日本市場向けモデル、iPhone 8/iPhone 8 Plus、iPhone X(以下、FeliCa対応の最初期機種)では、電源が切られた状態で改札を通過することはできない。利用者自らが故意に電源をオフにした場合は、予備電力機能付きエクスプレスモード対応機種でも、同機能を使えない。
●モバイルバッテリースタンド配備も、スマホが起動しない状態では借りられない問題
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前述のような機種依存の仕様を気にすることなく、バッテリー切れの問題から解放されたいのか、一部の利用者からは駅構内へのモバイルバッテリーレンタルサービスの設置を望む声が上がっている。その代表格といえるのが、INFORICH(東京都渋谷区)が運営する「ChargeSPOT」であろう。JRや私鉄の主要駅構内をはじめ、コンビニエンスストアや商業施設など、全国各地にバッテリースタンドを配備し、手軽に借りて好きな場所で返せるという利便性から、急速に普及した。
しかし、このChargeSPOTには大きな課題が存在する。それは、レンタル手続きに専用アプリやスマホ決済アプリの起動が必須であるという点だ。つまり、サービスの最も重要なターゲットであるはずの「スマートフォンのバッテリーが切れて困っている人」が、その肝心な場面で利用できないという構造的な矛盾を抱えているのだ。INFORICHの公式サイトでも、アプリのダウンロードと決済方法の登録が必要である旨が案内されており、完全に電源が落ちたスマートフォンでは、このサービスにアクセスすることすらできないのが現状だ。
この弱点を克服すべく、新たな解決策を提示したのが、モバイルバッテリーレンタルサービス「充レン」だ。運営元のJURENによると、「ユーザーからも『スマホが完全に充電切れの時にも借りられるようにしてほしい』との要望が多く寄せられていた」という。この切実な声に応えるため、同社は2025年にリニューアルした最新モデルをベースに、クレジットカードの物理決済が可能な端末を搭載した新型の充レンを開発した。これにより、スマートフォンの状態に関わらず、クレジットカードさえ持っていれば誰でもバッテリーをレンタルできるようになった。この新型スタンドは、都心部から順次設置が進められている。
JURENは今後、街中や観光地、公共施設といった幅広いシーンでの利用を見据え、設置場所をさらに拡大していく方針だ。また、プロトタイプである交通系ICカード対応モデルの開発も継続している。スマートフォンが不要な決済手段を拡充することで、緊急時における真のセーフティネットとなることを目指しているといえよう。
●「レンタルバッテリー設備を配備しろ」の声に、「鉄道会社側に求めすぎじゃないのか?」の批判も
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こうしたレンタルサービスの進化が見られる一方で、根本的な問題として、誰がそのインフラを整備すべきかという議論は見逃せない。主要なサービスであるChargeSPOTでは、依然としてアプリ起動を必要とする仕様は変わっておらず、SNS上では「現状は専用アプリで決済をしなければ使えないので、レンタルモバイルバッテリーを改札口にも設置して、駅窓口の現金立替で使わせてあげればいいと思う」といった、既存の仕組みを活用した柔軟な対応を求める声が投稿されている。
しかし、このような「駅に充電設備を」という要望に対しては、「鉄道会社側に求めすぎではないのか?」という批判的な意見もある。鉄道会社の第一義的な責務は、安全かつ定時な旅客輸送であり、乗客個人のスマートフォンの充電環境までを保障する義務はない、という考え方だ。この立場としては、「そもそもモバイルSuicaを使用しているなら、充電が切れないように管理しておくのが利用者の当然の責務である」あるいは、「レンタルサービスに頼らず、個人でモバイルバッテリーを購入して持ち歩けば済む話ではないか」といった、自己責任を促す冷静な意見も見られる。
また、ChargeSPOTの返却スポットは、アプリ内のマップから確認できるが、課題があるようだ。一部の利用者からは、「返却する充電スポットがそこら中にあるようにマップでは表示されるのに、実際には見つからず、マップに踊らされて1時間近くさまよい、乗車するはずだった電車を逃した」といった具体的な困り感が報告されている。
こうした問題の最終的な解決策として「カード型のSuicaやPASMOに頼ればいい」という、まさに原点回帰ともいえる声がある。事実、モバイルバッテリーそのものに対する社会的な不安感も高まっている。過去には山手線の車内でモバイルバッテリーが発火する事故が大きく報道されたほか、他社路線でも発煙や発火の事例が散見され、リチウムイオン電池の危険性は広まった。
レンタル品であろうと個人所有のものであろうと、発火リスクのある物体を持ち歩くこと自体に抵抗を感じる層も一定数存在する。利便性追求の果てに生まれたモバイルへの依存から距離を置き、充電の心配が一切ない物理的な交通系ICカードへと切り替える人は、今後どれだけ現れるのだろうか。
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