
「ChatGPT」をはじめとする生成AIの普及によって、「AIが仕事を奪う」という言葉を耳にする機会が増えました。確かに、AIによって従来の業務プロセスが自動化され、人が担っていた仕事が置き換えられる事例は多数存在します。しかし現実は、目に見える形での急変ではなく、静かな構造変化として進行しています。AIによる雇用変化は、ある日突然の解雇として現れるのではなく、企業構造の見直しや転籍、再スキル化できる人材の選別といった形で、段階を経て進んでいくと考えられます。
この変化は、既に幾つかの象徴的な事例として現れ始めています。本稿は、アクセンチュア本体が約2万2000人の従業員を削減したグローバル事例と、アサヒグループホールディングス(以下、アサヒGHD)が約400人の社員を転籍させた日本事例を紹介し、その背後にある共通の構造を整理します。
●アクセンチュアの2万2000人削減 AI適応力による選別
アクセンチュア本体は2025年、世界で約2万2000人の従業員を削減する大規模な構造改革を発表しました。名目上は「人材ローテーション」とされていますが、その実態はAI統合を前提とした再スキル化の線引きにあります。
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CFOのアンジー・パーク氏は、「買収企業の売却と人材ローテーションを通じてコストを削減し、再投資をする」と説明しました。CEOのジュリー・スイート氏も「再スキル化が困難で、AI時代に適応できない人々を圧縮されたタイムラインで退出させる」と述べています。つまり、AIを使いこなせる人とそうでない人を明確に区別し、後者を短期間で整理する方針を取ったということです。
アクセンチュアでは55万人以上が生成AIの基礎教育を受けているとされますが、再スキル化に追い付かない人材がリストラ対象となりました。一方で、AI分野では1万2000人の専門家を新たに採用しています。AI導入は単なる人員削減ではなく、人材構成を最適化するための再配分を伴う取り組みです。AIは仕事を奪うのではなく、「誰がその仕事を続けられるか」を決める基準となりつつあります。
マサチューセッツ工科大学の調査によると、世界の企業の95%が大規模な再スキル化に失敗しているといいます。学習機会や文化的抵抗、時間的制約など、さまざまな要因によって再教育が追い付かない現実がある中で、AI適応力の有無が雇用の境界線になりつつあります。AIが仕事を奪うのではなく、再スキル化に間に合わない人が仕事を失う。アクセンチュアの事例は、その構造を象徴しています。
●好業績下で進む人員転籍 アサヒの構造改革
アサヒGHDは2025年9月に大規模なランサムウェア被害を受けたものの、事業継続に不可欠な成長のための戦略的な投資をしていました。
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アサヒGHDは、業績が過去最高を記録する中で、約400人の社員をアクセンチュアの子会社に転籍させる構造改革を発表しました。対象は人事、総務、経理などのバックオフィス部門で、2028年10月までに段階的な転籍を完了させる計画です。実施主体は中間持株会社であるアサヒグループジャパンで、同社が保有する子会社「アサヒプロマネジメント」の全株式をアクセンチュアへ譲渡する形で進めます。
この改革は、2025年12月期第1四半期において売上高6304億円(前年比2.2%増)、事業利益339億円(同4.3%増)と過去最高の業績を記録する中で実施されました。経営陣は「リストラではない」「アクセンチュアで新たなキャリアを形成してほしい」と説明していますが、実質的には間接部門の固定費削減と業務効率化を目的とした構造改革と考えられます。
この動きはまだAIと明示的に結び付けて語られてはいません。しかし、アクセンチュアが提供するBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービスは、AIによる業務自動化を前提にしています。経理処理や人事管理、総務業務など、これまで人が担ってきた領域でもAIツールの導入による効率化が急速に進んでいます。アサヒGHDの判断は、「AIを自社で導入するか」「AIを扱える企業に任せるか」という選択の中で、後者を選んだといえるでしょう。日本企業では「リストラ」という言葉に対する抵抗が強いため、「転籍」という形式を採用することで雇用構造を変える動きが増えています。AIを直接導入しない場合でも、AIを活用できる外部企業へ仕事を移すことで、間接的に業務再構築を進めているのです。
●AIが奪うのは「仕事」ではなく「再スキル化の時間」
これら2つの事例に共通しているのは、AI導入が単に人員削減をもたらすのではなく、雇用の構造そのものを組み替えるトリガーになっている点です。企業はAIによって人を減らすのではなく、AIを活用できる人に仕事を集中させるようになります。結果として仕事は残りますが、それを担える人が減ります。AI時代の格差は、スキルそのものの差だけでなく、「再スキル化にどれだけ時間を割けるか」という構造的条件でも生まれます。
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この変化を構造的に示したのが、下図「想定される『AIで失職するシナリオ』」です。図では、ジョイントベンチャー化や子会社化によって非中核業務が切り離され、AI導入を外部パートナーとともに進めるプロセスを整理しています。その後、AIによる業務自動化が進む中で転籍や業務委託が進み、雇用が外部化される。転籍先では再スキル化やPIP(AI適応評価)による人材選別がされ、AIツールを扱える人が残り、そうでない人は契約終了に至ります。これは未来図ではなく、今後十分に起こり得る構造変化として捉えるべきです。
重要なのは、こうした流れが「制度」として進む点です。企業はコスト削減や効率化の名目で合理化を進めますが、実質的にはAIを活用できるかどうかが選抜基準になっているのです。再スキル化は救済策であると同時に、選別装置でもあります。
●日本企業に求められる「AI時代の雇用設計」
日本では「リストラ」よりも「転籍」や「業務委託」として現れる傾向があります。AI導入を経営課題として捉えるなら、人事部門や情報システム部門、経営企画部門が連携し、雇用再設計を進める必要があります。具体的には、次の3点を明確にすることが重要です。
・AI導入によってどの業務が置き換えられるかの影響評価
・再スキル化への投資の優先順位付け
・外部パートナー(BPOやコンサル)との分担設計
特にバックオフィス領域はAIの自動化余地が大きく、外部に委託するリスクが高い領域です。今後はAIを「導入される側」ではなく「使いこなす側」に回れるかどうかが、個人と組織の生存を分ける分岐点になるでしょう。
●結論 AIが変えるのは「仕事の持ち主」
AIが奪うのは仕事そのものではありません。奪われるのは、「仕事を持つ権利」です。グローバルではリストラ、日本では転籍という形で、雇用の所有者が入れ替わりつつあります。AIを活用する企業が仕事を持ち、AIを持たない企業は仕事を委ねる構図が形成されつつあります。
AI適応力が雇用継続の新しい基準となり、企業も人も再定義を迫られています。図1のようなシナリオは現時点では予測にすぎませんが、構造的には既に兆候が見え始めています。経営層や情シス、人事がそれぞれの立場から、AI時代の雇用設計をどう描き直すか。その議論を始めるべき時期が来ています。
●著者プロフィール:久松 剛氏(エンジニアリングマネージメント 社長)
エンジニアリングマネージメントの社長兼「流しのEM」。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学で大学教員を目指した後、ワーキングプアを経て、ネットマーケティングで情シス部長を担当し上場を経験。その後レバレジーズで開発部長やレバテックの技術顧問を担当後、LIGでフィリピン・ベトナム開発拠点EMやPjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを行う。
2022年にエンジニアリングマネージメントを設立し、スタートアップやベンチャー、老舗製造業でITエンジニア採用や研修、評価給与制度作成、ブランディングといった組織改善コンサルの他、セミナーなども開催する。
Twitter : @makaibito
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