「一億総中流はとっくの昔から幻想だった!?」 日本の格差を知る一冊『新しい階級社会』

3

2025年12月09日 07:50  週プレNEWS

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

週プレNEWS

「日本の格差社会はあと10年で『完成』してしまう。それを防ぐためには、多くの人がこの問題を認識することが重要です」と語る橋本健二氏


「日本の格差社会はあと10年で『完成』してしまう。それを防ぐためには、多くの人がこの問題を認識することが重要です」と語る橋本健二氏

『新しい階級社会』という、仰々しいタイトルの本が出た。著者は格差の研究で知られる社会学者の橋本健二先生。新書だが、現代日本の格差に関する多くのデータを集めた重厚な本で、特に、最下層に位置するとされる「アンダークラス」の考察にページを割いている。

確かに格差が話題になることはあるが、今の日本が階級社会だというのは大げさでは?

【書影】『新しい階級社会 最新データが明かす<格差拡大の果て>』

* * *
 
――現代の日本に階級があるんですか?

橋本 今も日本社会が平等だと信じている日本人は少なくないですが、この本で膨大なデータによって示したように、「一億総中流」が幻想であることは、研究者にとっては常識です。学歴や所得はもちろん、心身の健康状態やいじめにあった経験の頻度まで、日本社会のあらゆる物事は、階級構造と関係があります。

しかも、日本の格差拡大は最近の出来事ではなく、1980年前後から始まっていました。この本は、半世紀近く続いた格差拡大が、日本社会をどう変えたかを描くものです。

――なんと。しかし、格差拡大が長く続いたにもかかわらず、なぜ日本は平等な社会だと信じられてきたのでしょうか。

橋本 一億総中流幻想がそれだけ根強かったんです。われわれ研究者は1990年代の終わりには格差が広がっていることを確信していましたが、一般社会とのギャップは常に感じていました。

それを痛感したのが、1998年に経済学者の橘木俊詔(たちばなき・としあき)さんが岩波新書で『日本の経済格差』を出したときです。その頃には社会学者は格差拡大の事実を知っていたのですが、経済学者の大竹文雄さんが「格差拡大は見せかけに過ぎない」として橘木さんの本に食ってかかったんですね。

大竹さんは一般メディアから引っ張りだこになって、日経新聞も「格差は見せかけ」キャンペーンを張りました。

――格差の拡大を否定したい日本人が多かったんですね。

橋本 2000年代初頭には、当時の小泉純一郎首相が「格差が広がっているように見えるのは高齢化のせいだ」という答弁をしていますが、そのように目を背けたがる人が多かった。

しかし間もなく、日本の格差拡大は誰の目にも明らかになり、2006年には「格差社会」が新語・流行語大賞の上位に入りました。大竹さんもその後、自説を事実上撤回しています。

――ようやく世間の目が格差に向き始めたんですね。

橋本 それが、必ずしもそうではないんです。というのも、階級構造の上位に位置する高学歴層が、格差を肯定し始めてしまったからです。

実は1980年代半ばまでは、高学歴層のほうがそうでない層よりも「日本社会は不公平だ」と考えていたのですが、2000年代半ばになると逆転します。

つまり、高学歴層が「学歴がある自分が豊かなのは当然だ」と、自らに都合のいい解釈をするようになったんですね。この時期には小泉首相も「格差の何が悪い」と開き直った答弁をしていますが、象徴的です。

――そういう空気の中で形成されていったのが、最も低い社会階層に置かれていると先生が書く「アンダークラス」ですね。

橋本 誤解のないよう補足すると、社会の下層を支える人々は昔からいました。日雇いの労働者などです。しかし、そういう人たちはやや例外的な存在だと見られていたし、決定的なのは、かつては日雇い労働者たちも家族を持てていた点です。すなわち「再生産」ができていた。

ところが、今のアンダークラスは900万人近い大規模な階級ですし、後で触れますが、子供を持つことができなくなっている。すなわち、社会の最下層ですり潰されていく存在です。

――アンダークラスとは具体的にどういう人々なのでしょうか。

橋本 ひと言で述べると「パート主婦を除く非正規労働者」で、典型的にはフリーターです。2022年に私たちが4万人以上を対象に集めたデータによると、平均年収は216万円で、失業者は含まれていないにもかかわらず37%以上が貧困状態。約12%の人はごく最近、必要な食べ物を買えない経験をしています。

孤立度合いが高いのも特徴で、実に3人に1人は親しい友人がゼロ。学校でいじめられた経験や親に暴力を振るわれた経験が際立って多いのも気になります。 

そして何よりも重要なのが、アンダークラスの未婚率が約70%と、ほかの階級よりもずばぬけて高いことです。つまり、アンダークラスは家族を持てず、再生産ができない階級なのです。 

――なぜ、そのようなアンダークラスが生まれたのでしょうか。

橋本 現代日本の資本主義が、いわば便利な使い捨て労働者としてのアンダークラスを前提として成り立っているからです。実は日本企業は1970年代後半から正社員の採用を絞り、非正規労働者を増やしてきたんです。

そして、1990年代までは非正規労働者の多くはパートナーがいる主婦だったのですが、やがて非正規労働に頼って暮らしを立てる人が主流になってしまいました。それがアンダークラスです。

――アンダークラスは、今後どうなっていくのでしょうか?

橋本 徐々に形成されてきたアンダークラスですが、私は、あと10年ほどでこの動きが「完成」するとみています。というのも、フリーターの第1世代は今50代くらいなのですが、彼らが高齢者になるためです。

今の高齢非正規労働者は、年金の不足分を働いて補っている人たちですが、そもそも始めから年金をもらえない人たちが高齢者になるわけです。多くの人は生活保護を受けざるをえなくなります。

しかし生活保護には抵抗のある人も多い。自ら命を絶ったり、犯罪に走る人も出てくるかもしれません。

――......どこかに突破口はないのでしょうか?

橋本 簡単ではないですね。アンダークラスを代弁する政治組織がないからです。自民党は新自由主義的ですし、リベラル政党もあまり格差に関心がない。

しかし、わずかながら希望もあります。本を出すたびに取材に来る人は増えているし、最近は証券会社など、意外なところからも講演依頼が来るんです。

どうも、格差の拡大は経済にとっても良くないと気づき始めたみたいなんですね。格差拡大は社会にとって有害である、という認識がもっと広まれば、状況は変わるかもしれません。

●橋本健二(はしもと・けんじ)
1959年生まれ、石川県出身。東京大学教育学部卒業、同大学大学院博士課程修了。早稲田大学人間科学学術院教授。博士(社会学)。専門は階級論・マルクス主義社会理論・労働社会学。著書に『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)、『アンダークラス―新たな下層階級の出現』(ちくま新書)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出新書)、『中流崩壊』(朝日新書)、『東京23区×格差と階級』(中公新書ラクレ)、『女性の階級』(PHP新書)などがある

■『新しい階級社会 最新データが明かす<格差拡大の果て>』
講談社現代新書 1320円(税込)
日本が階級社会である事実を、膨大なデータを基に示す。日本に住む人々を5つの階級に分け、それぞれの経済状況のみならず、家庭や教育、消費活動から政治参加までを描き切る。中でも、最も低い層に位置づけられた「アンダークラス」の人々の状況は、胸に迫る。読み終えたら、「日本は平等な国」などという幻想から目覚めること間違いなし。なお、2018年に同じ講談社現代新書から出た『新・日本の階級社会』の続編に当たる

取材・文/佐藤 喬

このニュースに関するつぶやき

  • 中間層、中流層を分厚くしないと、国家の発展はないんだけどね。新自由主義的な政策は止めるべき。
    • イイネ!0
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(2件)

前日のランキングへ

ニュース設定